第3話 家族旅行

 

「ねぇねぇ、兄さん! どう、似合う?」


 由弦の目の前でラッシュガードを脱ぎ、クルっと目の前で回転して見せたのは美しい黒髪に、澄んだような碧い瞳の少女だった。

 ピンク色の可愛らしいビキニにパレオを巻いている。


 記憶よりも発育が良くなっている、来月で中学三年生になる妹――高瀬川彩弓(たかせがわ あゆみ)――の問いに対し、由弦は僅かな愛想笑いを浮かべて答えた。


「似合っているよ」


 本音半分、社交辞令半分で由弦がそう返すと彩弓は両手で体を隠した。


「えぇー、兄さんのエッチ!」

「じゃあ似合ってない」

「えぇー、兄さん酷い!」

「じゃあ、何て言えばいいんだよ」

「あはははは」


 何が楽しいのか、ケラケラと大笑いする彩弓。

 リゾート気分もあってか、ご機嫌な様子だ。


 そういうところはまだまだ子供だなと、由弦は自分を棚に上げた。


 ……ハイテンションの彩弓に付き合ってあげられるほど、由弦も気分が良いからだ。


「天気が良くて良かったな」

「そうだねぇー」


 由弦と彩弓は目の前に広がる、美しい海へと視線を向ける。


 わざわざ説明するまでもない。

 絵に描いたような南国のリゾート地だ。


「日本はまだ寒いし……帰りたくないなぁー」

「そんなことを言って。どうせ、あと一週間もしたら早く日本に帰りたいと言うんだろう? 君はいつもそうだ」

「今回は違うもん!」

「それは結構。駄々を捏ねないでくれよ」

「そんな年じゃないし!」


 と主張する彩弓の言葉は嘘ではない。

 少なくとも去年は「帰りたい」と言って両親を困らせることはなかった。

 もっとも一昨年は散々に駄々を捏ねたのだが。


「あぁ……そうだ」


 日本に帰りたい。

 と、そんな話題をしたところで由弦はふと思いつき……


 水着のポケットに入れていた携帯を取り出した。


「写真撮るの? 珍しい」

「愛理沙に送ろうかなって」

「あぁー……」


 彩弓は納得の声を上げた。

 その表情には呆れと揶揄いの色が浮かんでいた。


 由弦はそんな彩弓の態度に鼻を鳴らしながら、数枚の写真を撮る。

 とそこで……

 

「ねえねえ、兄さん。私も撮って!」


 彩弓はピースをしながら携帯の前に出てきた。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべている。


「インスタに乗せるから」

「……まあ、良いけど。個人情報には気を付けろよ」

「分かってる、分かってる」


 カシャリ、カシャリと由弦は写真を撮る。

 最初はただのピースだった彩弓だが、気分が乗ってきたのかまるでモデルのような大胆なポーズを撮り始める。


「どう、兄さん。セクシー?」

「うんうん、セクシーセクシー」

「ちょっとさぁ、そんな環境問題扱うみたいな口調で言わないでよね」

「その苦情はセクシーじゃないね」


 と、そんなやり取り。

 それから彩弓は自らの携帯も取り出した。


「兄さんも一緒に写って」

「別に構わないが……ネットに乗せるのはやめてくれよ。あまりそういうのは好きじゃない」

「分かってるって。友達に見せるだけだから」

「……俺の写真を?」

「可愛い妹が、自慢のお兄さんを見せびらかすの。別におかしくないでしょう?」


 そう言って彩弓はニヤリと笑った。

 その表情は先ほどまでの無邪気な笑みとは、少し雰囲気が違っていた。


(はぁ……なるほど。女の世界は大変だな)


 こう見えて、と言うべきか、それとも見ての通りと言うべきか。

 高瀬川彩弓という少女は、中学校では女王様として君臨している。

 どうやら“カッコいい兄貴の写真”は女王様にとっては権力誇示の道具の一つらしい。


 まあ、女性向け恋愛物に出てくる悪役のような振る舞いをしていないのであれば由弦としては特に言うことはない。


 由弦は彩弓の自撮り写真に付き合ってあげることにした。

 パシャパシャと慣れた手つきで写真を撮る彩弓。


「そうだ、後はお父さんとお母さんも……」


 と、彩弓は自身の両親も誘おうと二人がいる方向を向いた。 

 が、しかしすぐに押し黙った。


 というのも……


「もう、和弥(かずや)さんのえっちぃ―」

「俺は普通に塗っているだけだろ? 悪いのは君だよ」


 イチャコラと、サンオイルを塗り合う高瀬川和弥(たかせがわ かずや)と高瀬川彩由(たかせがわ さゆり)の姿がそこにはあった。


 ビーチパラソルの下で、子供たちの目を気にせず、イチャイチャとしている。


(しっかし、よくもまあ、あの年であんな大胆な水着を着る気になるな……)


 彩弓どころか。

 去年の愛理沙の水着以上に“セクシー”な水着を着こなしている母親に対して、由弦は呆れれば良いのか尊敬すれば良いのか分からなかった。


「……邪魔しちゃ悪いね」

「まあ、そうだね」


 幸いにもこのビーチは現在、貸し切り状態。

 由弦と彩弓が邪魔をしなければ、二人の世界が壊される心配はないのだ。


 子供の手が掛からなくなり、二度目の春を満喫している両親をわざわざ邪魔するほど二人は野暮ではなかった。


 尚……

 ここは貸し切り状態ではあるが、高瀬川家の人間しかいないというわけでは決してない。


「Could you take a picture?」


 さりげなく由弦と彩弓の背後に控えていた現地ガイドに、彩弓はそう依頼した。

 一方現地ガイドはにっこりと笑みを浮かべて答える。


「OK!」

 

 彩弓から携帯を受け取ると、ガイドは慣れた手つきで由弦と彩弓のツーショット写真を撮ってくれた。


「Merci beaucoup.」


 由弦が感謝の言葉を伝えると、現地ガイドは柔和な笑みを浮かべた。


「Je vous en prie!」


 ボディーガード兼ガイドとの意思疎通に関しては問題ないことを確認した由弦と彩弓は顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「あの人たちは放っておいて、シュノーケリングでもしようか」

「うん、そうだね」


 由弦と彩弓は揃って海へと駆けだした。



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次回は愛理沙ちゃんとのラブラブ電話です。

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