第27話 つまらないもの

(怖い怖い……)


 由弦は愛理沙に対して若干の恐怖を感じながら、トイレに駆け込んだ。

 まるで妻に浮気がバレた夫になった気分だった。

 勿論、浮気でも何でもないし、そもそも不可抗力なのだが。


 鞄の中から箱を取り出す。

 そして慎重に包装を解き、中を確認した。


(やっぱり、手作りチョコか……)


 ハート形の“いかにも”というような手作りチョコレートだった。

 それから箱の中を確認し……手紙やメッセージの類が入ってないことを確認する。


「やっぱり、差出人は無しか……」


 相手を特定できる要素がないことを確認すると、由弦は携帯を見た。

 するとすでに二件、メッセージが来ていた。


『開けましたか?』

『何が入ってましたか?』

『誰からかわかりましたか?』


 否、メッセージを確認するのと同時にもう一つ、新たなメッセージが来たので厳密には三件だ。


「……誰からのプレゼントか知って、どうするつもりなんだ」


 愛理沙に限って、その女の子を相手に何かをすることはあるまい。

 ……と思いたいところではあるが、ここまで“誰かからの本命チョコレート“に反応しているところを見ると、絶対にそんなことはないと確証は持てなかった。


(……まあ、これはこれで可愛いけど)


 強い嫉妬心はそれほど愛理沙が由弦のことを好きでいてくれている証拠だ。

 それに由弦も愛理沙の気持ちがよく分かる。

 もし愛理沙が誰からかラブレターの類を貰ったら、気になって仕方がなくなるだろう。


『やっぱり誰からか、分からなかったよ』


 一先ず、愛理沙を安心させるために由弦はメールを送った。

 するとすぐに返信が来た。


『写真を見せて貰えたりしますか?』


 つまり中身を撮影しておくれと、愛理沙姫はご所望のようだ。

 勿論、由弦の方には特にやましいことなどないし、困るモノが入っていたわけでもない――そもそも見られて困るプレゼントって何だよという話だが――ので、素直に写真を撮影して愛理沙に送った。


 しばらくして返信が来た。


『手作りですね』


 少し待っていると、すぐに新しいメールが来た。


『危ないと思います』

『誰が作ったか分からないものは食べない方が良いと思います』

『衛生的にも確かではありません』


 文面だけを見ると由弦を気遣って、心配している内容だが……

 嫉妬心や独占欲から「食べるな」と言っているのは明白だった。


(愛理沙もこういうところがあるんだな……)


 否、こちらが愛理沙の素なのだろう。

 元々、嫉妬心や独占欲が強い、我儘な子なのだ。

 普段は抑圧されていて、表に出てこないだけで。


『分かっているから、大丈夫だよ』


 由弦は愛理沙に対し、そう返した。

 もし仮に……貰ったチョコレートが市販品ならば、食べ物を粗末にするわけにはいかないと食べただろう。

 また、もし差出人が分かっていて、それが信用のおける人物であったなら手作りでも食べたし、由弦への想いを伝える手紙が入っていたら、直接その女の子と会って、断りの言葉を口にしただろう。


 愛理沙にダメだと言われても、そうした。

 貰ったものは口にする、返事はちゃんと返す。

 それが最低限の相手への礼儀だと思っているからだ。


 だが差出人不明の手作りチョコレートとなると話は別だ。


 愛理沙の言う通り衛生的にどうしても不安が残る。

 それに“何が入っているか”分からないという問題があった。


 実は由弦は両親から「誰が作ったか分からないものは食べるな」と厳命されていた。


 高瀬川家は良くも悪くも大きな力を持っている家なので、至る所で恨みを買っている。

 それに逆恨みだけではなく、純粋に高瀬川家が没落することで利益を得る者も中にはいるだろう。

 

 また由弦が死ねば高瀬川家宗家の次期後継者の席が空く。

 その席を欲している者が絶対にいないとは限らない。


 ……まあ、勿論常日頃から命を狙われているというわけではないし、日常生活を送る上では特に問題はないのだが。

 そもそも、少し調べれば分かりそうな杜撰な犯行をするとは思えない。


 それでも用心するのに越したことはない。

 差出人不明の食べ物は危険が多いのだ。


 そういうわけで作ってくれた女子には大変申し訳ないのだが、由弦はこのチョコレートを口にすることができない。

 愛理沙が望もうと、望まなかろうとも、だ。


『親から、作った人の分からないものは食べるなと言われている』

『そうですか。それなら良かったです』


 由弦の返答に愛理沙は安心したらしい。

 由弦もまた、ほっと息をつく。


 ……そして安心すると、少しだけ腹が立ってくる。


 別に悪いことをしたわけでもないのに、どうして責められたような気分にならなければならないのか。

 嫉妬する愛理沙は可愛いが、しかし限度というものは存在するのだ。


『やっぱり、プレゼントは手渡しが一番だね』


 少しだけ反撃したくなった由弦はそんなメールを送った。

 勿論、愛理沙からのバレンタインチョコレートを急かす意図だ。


 しかし……


「……え?」


 五分待ったが、返信が返ってこなかった。


 まさかの既読スルーだ。


(……怒らせちゃった?)


 由弦は不安に駆られた。






 さて、それからモヤモヤしながら由弦は昼休みを過ごした。

 それからいくら待ってもチョコレートは勿論、返信すら帰ってこず……ホームルームを迎えてしまった。


(……まさか、貰えずに一日が終わってしまうとは)


 愛理沙からチョコレートを貰えるとばかり思っていたので、純粋に貰えないのはショックだった。

 加えてバレンタインでチョコレートを貰えないということはホワイトデーで自然なお返しができないということであり……

 “計画”の練り直しが必要なことを意味していた。


「……まあ、やむを得ないか」


 ホームルームが終わった後、由弦は立ち上がってそう呟いた。

 いつまでも気落ちしていても仕方がない。

 それに学校では貰えずとも、後で貰える可能性もあるのだ。

 諦めるには早すぎるだろう。

 少なくとも、愛理沙がチョコレートを用意してくれているのは確かなのだから。


 最終手段として、由弦の方から愛理沙にチョコレートが欲しいと言う手もある。

 そんなことを思いながら、由弦は鞄を手に取り、そさくさと教室を去ろうとして……





「由弦さん!!!」




 透き通るような綺麗な声に呼び止められた。

 振り向くと、そこには由弦の想い人が、雪城愛理沙がいた。


 愛理沙は胸に何かを抱いたまま、俯いていた。


「……愛理沙?」


 由弦が問いかけると、愛理沙はゆっくりと顔を上げた。

 その顔は真っ赤に染まっていた。


「これ、どうぞ……つまらないものですが。受け取ってください!!」


 愛理沙は大きな声でそう言うと、胸に抱いていた物を……

 可愛らしくラッピングされた小包を由弦に押し付けるように渡してきた。


「で、では……さようなら!!」


 由弦がお礼を言う間もなく、愛理沙は走り去ってしまった。

 その背中はみるみるうちに遠くなり……そしてあっという間に見えなくなってしまった。


「……参ったな」


 クラスメイトたちから注目を浴びてしまった由弦は、顔を真っ赤にしたまま。誤魔化すように頬を掻くのだった。 




______________________________________



新デレ度60%→85%








尚、「好きです」とは言ってない模様。

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