第12話 高瀬川と上西

 千春のその言葉を聞いた時。

 なるほどなと、由弦は一人で納得した。


 亜夜香や千春、天香は愛理沙の友人だ。

 ここで言う友人とは、実質は勿論のこと、周囲からの認識も含めてである。


 勉強会以降、四人は(クラスが異なることもあり決して頻繁にとは言えないが)共に昼食を食べたり、おしゃべりを楽しんだりしている。

 その姿は周囲も目撃している。


 だから亜夜香や千春が愛理沙を食事に誘うことは別に珍しいことではない。


 そしてまた……亜夜香や千春が由弦を誘うことも、別に珍しくはない。

 由弦と亜夜香たちが親しいことも周知の事実だからだ。


 由弦と愛理沙の二人には、学校の人間関係上では接点はない。

 が亜夜香たちを仲介すれば、強固な接点があるのだ。


 亜夜香を仲介にして親しくなり、惹かれ合った。

 自然な筋書きだ。


「……ああ、良いよ」


 さて、思考の海から浮上した由弦は亜夜香に対してそう言った。

 それから自分の背後へ、愛理沙へと視線を向ける。


「雪城さん《・・・・》はどうする?」


 懐かしい呼び方だなと。

 少しだけ懐古に浸りながらも由弦は愛理沙にそう尋ねた。


 一方、由弦に呼びかけられた愛理沙は最初は呆気に取られたような表情を浮かべていたが…… 

 すぐに我に返って、微笑んだ。


「私も構いませんよ。高瀬川さん・・・・・


 その響きは少しだけ、懐かしかった。






 さて、昼食の場として選ばれたのは食堂だった。

 亜夜香と千春、由弦と愛理沙、そして宗一郎と聖と天香という面々だ。


 もっとも……


「……この七人が学校で集まったのは初めてだな」


 ポツリと聖がそう溢した。

 七人が集まったのは勉強会の時以来であり、そして学校で同時に顔を合わせたのは初めてだった。


「そうね。ようやく、公的な意味でのお友達になれたというところかしら」


 とそんな意味深な発言をしたのは天香だった。

 そんな天香の言葉を目敏く、拾い上げたのは聖だった。


「腹黒女め……」

「あら、失礼ね。亜夜香さんや高瀬川君、佐竹君と、お近づきになりたいなと思うのは……当然のことでしょう?」


 堂々とそう言い切った。

 それは天香や由弦や亜夜香、宗一郎と接触を図ったのは、家柄が目当てであると公言したに等しかった。


 ……もっとも、別に三人もそのようなことでショックを受けたりはしない。

 天香の意図など、最初から知っていたからだ。

 

 凪梨家としては高瀬川や橘の庇護を……受けられずとも、縁を繋ぎたいと思うのは当然のことだ。

 いつか接触を図ってくるだろうなとは考えていたし、そして接触を図ってきた時もやはりなと思っていた。


 故に由弦と亜夜香にとって重要なのは、天香がそのことを堂々と公言したということだ。

 それはつまり……


「これからもどうぞ、御贔屓に。皆さん」

 

 悪戯っぽく、天香は微笑んだ。

 そして僅かに舌を出す。


 小悪魔。


 そんな単語が由弦の脳裏を過った。


 皆さんの家柄を目当てで接触しました、と堂々と白状するくらい皆さんとは仲良くなったつもりです。

 これからも、友人として、そしてビジネス上のパートナーとしても仲良くしてください。


 と、由弦は天香の言葉を読み取った。

 思わず由弦は苦笑する。


 相手に悪印象を持たせない、上手い言い回しだ。

 さすがは凪梨の、宗教家の跡取り娘と言うべきか。

 口を回すのが達者だ。

 

 と、ここまでは由弦にとってはそれほど驚くことではなかったのだが……


「是非、機会があったら恩を売らせてくださいね?」


 そうウィンクをしながら、微笑まれた由弦は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。

 天香の視線は由弦と愛理沙の弁当箱へと注がれている。


 そう……二人の弁当箱の内容は全く同じなのだ。


 勿論、由弦が愛理沙に弁当を作って貰っていることはすでにこのメンバーにとっては周知の事実である。

 故に先ほどの視線と合わせて、敢えて由弦と愛理沙の弁当へとわざとらしく視線を向けたことの意図は……


 恋の相談に乗ってあげても良いよ、と。

 応援しているよ、と。


 そう捉えて良いだろう。


(あぁ……聖との連携か)


 そしてここで由弦はここまでの会話の流れが、天香と聖の二人が作り出した作為的なものであることに気付いた。

 

 ……応援してもらえたことは嬉しいが、少しだけ揶揄われたような気分になった。

 否、間違いなく揶揄いの意図が含まれていることだろう。


 このまま言われたままは高瀬川家としても、由弦本人としても引けない。


「あぁ……是非、頼らせてもらうよ。……そして凪梨さんも、俺を頼ってくれて良い。良善寺の盟友である凪梨は、高瀬川の盟友であると同義だからね」


 一見すると、まるで他人事で無機質な、家同士の繋がりを強調した言葉だ。

 しかし……聖と天香の仲の良さを踏まえれば、一転して二人の関係を揶揄う言葉になる。


 そして由弦の意図はしっかりと、聖と天香に伝わったらしい。

 二人とも微妙な表情を浮かべた。


「そう言えば、良善寺さんと天香さんはいつ頃、お知り合いになったんですか?」


 そして追撃と言わんばかりに愛理沙が二人にそう尋ねた。

 愛理沙は決して馬鹿ではない……むしろ賢い少女だ。


 由弦や亜夜香、天香のようなある種の“舌戦”の訓練は受けてはいないが、揶揄われていることには気付くし、その反撃もできる。


「ん……まあ、中学の頃からだな」

「そうね。……元々家同士の付き合いはあったけど、数年前から結びつきが強くなったから」


 家同士ではなく、お前たちの関係の方を聞いているんだ。

 と由弦と愛理沙が追撃をしようとした時。

 あからさまに聖が話題を逸らす。


「高瀬川と上西の関係改善と、パラレルになってるな」

「そうね。高瀬川と良善寺、上西と凪梨はそれぞれ関係が深いから……まず高瀬川と上西の関係が改善して、それから良善寺と凪梨が接近したという順番ね」

 

 高瀬川と良善寺の関係は、戦後期からだ。

 聖の曾祖父に当たる人物に対して高瀬川が政治的・金銭的な支援をしたことで、良善寺は興った。

 当時の良善寺は、高瀬川の下部組織のような存在だった。


 今はすでに良善寺は高瀬川から『独立』しているが、それでも良善寺は高瀬川への恩義を忘れてはいない。また高瀬川が良善寺のお得意様であることも変わらない。

 高瀬川は良くも悪くも“巨大”なので、良善寺のような「何でも屋」の存在はいろいろと便利なのだ。


 一方、上西と凪梨の関係はもっと単純だ。

 上西は近畿地方の、いわば“ボス”である。

 加えて同じ『宗教家』となれば、凪梨が上西に対していろいろとお伺いを立てるのは自然なことだろう。


 そういうわけで高瀬川と上西の関係が悪いうちは、良善寺と凪梨も両家に気を使う。

 逆に言えば両家の関係が改善すれば、良善寺と凪梨も接近しやすい。

 

(まあ、実際には“逆”だろうけど)


 由弦の記憶が正しければ、良善寺と凪梨の接近はもう少し前、由弦が生まれる以前のことだったはずだ。

 良善寺と凪梨が接近し、それを仲介にして高瀬川と上西が距離を詰めたという順番が適切であり、自然だ。


 ……亜夜香や千春が由弦と愛理沙の表向きの橋渡しをしてくれたように。


「……改善? 由弦さんのお家と千春さんのお家は、あまり仲が良くなかったんですか?」


 そこで愛理沙が首を傾げた。

 そう言えば由弦は愛理沙に対し、高瀬川と上西の関係については話したことがなかったなと思い出す。


「ふむ、知らないのか。……上西と高瀬川の仲の悪さは有名だと思っていたが」

「私、そういうことには疎いので……」


 宗一郎の言葉に対して愛理沙はそう言って縮こまった。

 次期当主としてその辺りの教育を受けている由弦とは異なり、愛理沙にはその辺りの知識が欠けているようだった。

 どうやら天城直樹氏は愛理沙に対してその辺りのことを教えていないらしい。 

 もっとも彼自身が疎い可能性もあるのだが。

 

「えっと、由弦さんのお家と亜夜香さんのお家の関係……みたいな感じですか?」

「あはは、確かに橘と高瀬川は仲が悪いけど……同時に親戚同士だし、プロセスみたいなものだよ。……一昔前の高瀬川と上西ほど、悪くはないね」


 愛理沙の問いに対して亜夜香が答えた。

 と、そこで聖と天香の二人が身を乗り出した。


「高瀬川と上西の関係が最悪だったとは聞いたことはあるが、詳しくは知らないな」

「せっかく当事者がいらっしゃることだし、是非詳しい話を聞きたいわね」

 

 聖と天香の言葉には嘘はない。

 が、しかしどちらかと言えば興味本位の言葉というよりは、愛理沙を気遣ってのことだろう。

 そして自然に由弦と千春に対し、愛理沙への説明を促すためでもあった。


「雑に説明すると、明治維新の時に揉めたんですよね。土地の買収や旧権益の争いで」

「政治方面だと廃仏毀釈とか、国家神道とかね……」

「うちの神社は神仏習合もやってるし、そもそも伊勢神宮とは信仰の系列が違いますので。そういうのを押し付けられると困るんですよねぇ」

「高瀬川は元々討幕派で、新政府側の急先鋒だったからな。それに対して……」

「うちは佐幕派よりの中立でしたから。その所為で目を付けられたみたいですね」

「それで小競り合いが……」

「以降、絶縁状態だったというわけですね」

「もっとも、今は関係がかなり改善されているから気にしなくても良いけど」


 と、そんな感じの説明を愛理沙にした。

 実際、由弦と千春の間で縁談の話が出てくる程度には関係が改善されているが……そのことは愛理沙から要らぬ誤解や勘繰りを招くので、由弦は言わなかった。


「なるほど。……信仰の系列が違うというのは、どういう感じなんですか?」


 愛理沙の興味は千春の神社の方へと移ったようだ。

 あまり「高瀬川・上西仲悪い話」は良くないと判断したのか、それとも純粋に興味を惹かれたのか。

 おそらくは両方だろう。


「うちの神社は結構、古いんですよ。伝承では二千年以上も前からありまして……」


 家のことを聞かれた千春は、機嫌良くそう答えた。

 千春の家はこの中のメンバーの誰よりも古い。

 ……が、しかしそれはあくまで伝承に過ぎないので鵜呑みにするべきではない。

 確定的なのはおよそ千年ほどだ。もっとも、それでも断トツで“古い”のだが。


「へぇ……それは凄いですね! 何か、他に特徴とかあるんですか?」

「そうですね。一番の特徴は……母系相続という点ですかね。よく、研究者の人が来ますよ。日本が大昔は母系社会だった頃の名残が云々みたいで、結構貴重な資料らしいですよ?」


 母系相続。

 つまり母から子へと、財産や儀式が受け継がれているということだ。

 よって、千春の息子……の息子や娘には、上西の家督相続権は与えられないということになる。


「面白いですね……ということは千春さんはいつか、お婿さんを迎えるということですか?」


 一瞬だけ愛理沙は宗一郎へと視線を向けた。

 一方千春は首を左右に振った。


「いえ、婿は取りませんよ。上西の家督を相続する以上、結婚はできません。ふふ、神様に身を捧げるということですからね」


 どこか自信満々に千春はそう言って、自分の胸に手を置いた。

 その言葉は非常に誇らしげであり、将来に対して一抹の不安も不満も感じられない。


 一方の愛理沙は少し困惑した表情を浮かべる。

 “結婚ができない”というのはあまり幸福そうではなく、そもそも結婚をせずにどうやって「母系相続」をするのか理解ができないからだ。


「えっと……じゃあ、その、どうするんですか? ……その、子供、というか、後継者は。養子を取るんですか?」


「まさか。私が生むんですよ」


「……?」

 

 愛理沙はきょとん、と首を傾げる。

 一方、千春はニヤニヤとした意地悪い笑みを浮かべていた。

 そして由弦の方に目配せをしてくる。

 ネタバレをするなよ、と。


 由弦と宗一郎、亜夜香、そして天香はネタが分かっている。

 一方聖の方は僅かに身を乗り出している辺り、上西の信仰に関しては詳しく知らない様子だ。


「でも、結婚は……できないんですよね? えっと、その、誰と?」


 愛理沙の質問に対し、千春は待ってましたと言わんばかりに答えた。







「そりゃあ、もう。お父さんですよ」

「……!?!?!?!?」


 愛理沙の目が点になった。

 ついでに聖は箸を落とした。





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