第28話 “婚約者”は猫ちゃん

 折角、愛理沙が作って来てくれたので、由弦は早速かぼちゃプリンを食べてみることにした。

 スプーンをカップに差し込む。


 どうやら固めのタイプのようだ。


 口に含むと濃厚な卵の味とかぼちゃの風味と甘みが口に広がる。

 舌触りも良い。


 底のカラメルソースと一緒に食べると、苦味と甘みが加わり、また違った味になる。


「どうですか?」

「うん、美味しいよ。前のケーキもそうだが、お菓子作りも得意なんだね」


 由弦がそう言って褒めると、愛理沙は恥ずかしそうに首を横に振った。


「そんなことはないですよ。確かに余った小麦粉や卵、牛乳でたまに作ったりはしますので、他の人よりはできるかもしれませんが。……レシピ通りにやれば、誰でも簡単に作れると思います」


「それは君の料理スキルが高いからだと思うけどな……」


 ここで一つ、疑問を浮かぶ。

 愛理沙はどんな料理も作れるのか? 苦手なものはあるのか?


「君は苦手な料理とか、あるのか? 勿論、作るのが、という意味で」

「そうですね。……中華は苦手ですね。難しい気がします」

「……そう言えば君の中華料理はあまり食べた記憶がないな」


 料理上手の愛理沙のいう「苦手」というのは、一般的には上手な方な気がする。


 しかしあまり自信がないのは事実のようで、基本的に愛理沙が作るのは和食や、もしくはコロッケやエビフライ、オムライスなどの洋食が主だ。


 中華料理は一度も作ったことがないのかもしれない。


「鰹だしや昆布だしとは違って、中華の味は旨味調味料に頼らざるを得ませんから」

「愛理沙はそういうのは否定的な立場だっけ?」


 ちなみに由弦は母親の「味の素」で育っているので、別に抵抗はない。

 勿論、愛理沙の味付けの方が好きなのだが。


「まさか、私も場合によっては使いますし。ただ……何というか、負けた気がします。屈辱です」

「……なるほど」


 全く理解できなかった。

 そもそも何に負けた気がするというのか?

 中華料理という文化か?

 それとも味覇にか?


 勝ったところで愛理沙は何を得るというのか?

 と、疑問に思ったが口には出さなかった。


「あと、火力が足りない気がします。炒飯は納得のいく味を出せたことがありません」

「炒飯か……まあ、あれは奥が深いな」


 炒飯くらいなら、由弦も何度か作ったことがある。

 ペペロンチーノと炒飯は簡単だが奥が深い料理であり……妙に拘る人間が多いイメージがある。


「……中華料理と言えば、亜夜香は得意だぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。何回かご馳走してもらったが、美味しかった。知り合いの中国人の料理人に教わったらしい」


 亜夜香はああ見えて、料理上手だ。

 中華は特に得意で、鉄鍋を育てるほど拘っている。


「……頼んだら教えてくれますかね?」

「喜んで教えてくれると思うよ」


 きっとドヤ顔で教えてくれることだろう。

 

「じゃあ、頼んでみます。……美味しい中華料理をご馳走できるように頑張りますね」

「楽しみに待っているよ。君の料理は俺にとって、毎週の楽しみだから」

「そんなに、ですか?」

「ああ、毎日、食べたいくらいだ」


 もし愛理沙の料理を毎日食べることができたら、それはとても幸せなことだ。

 天城家の人間は自分たちが幸せ者であることを自覚した方が良いだろう。


「……毎日、ですか。じゃあ、作りますか?」

「え?」


 愛理沙の提案に由弦は目を見開いた。

 それは願ってもないような話で、毎日作ってくれるならそれに越したことはないが……


「毎日、ここに来るってことか?」

「さすがにそれは厳しいので……その、お弁当をお作りしようかなと」

「弁当!?」


 可愛らしい女の子に毎日、お弁当を作って貰える。

 男としては非常に喜ばしい展開だ。


「……いや、でもそれは大変じゃないか?」

「私、毎朝自分でお弁当を作ってますから。手間は同じですよ。あ、でも材料費はください」

「材料費だけで良いのか?」


 手間は同じと言っても、作業は増えるのだ。

 由弦としては愛理沙の“人件費”を支払わないのは申し訳ないのだが……


「ご心配なく。由弦さんにはコートの代金を立て替えて貰ったりとか、いろいろとお世話になっていますから。それに……作りたいんです。由弦さんに」


 僅かに頬を紅潮させて、愛理沙はそう言った。

 作りたい、とそう言われた以上、無理に“人件費”を支払おうとするのは愛理沙に失礼な気がした。


「じゃあ、お言葉に甘えよう。……今度、何かの機会にお礼をするよ」

「別にお礼はいりませんが……」

「お礼をしたい。って、言えばさせて貰えるかな?」


 由弦がそう言うと、愛理沙は苦笑した。

 そして小さく頷いた。


 そんな話をしているうちに、由弦はプリンを食べ終わった。

 ついでにケーキの方も食べてしまおうと、先ほど冷蔵庫にしまった箱を取り出し、皿に出した。


「これ、プリンのお返しだ」

「ありがとうございます」


 じっと、愛理沙はケーキを見つめた。

 そして由弦の方を見上げる。


「どうした?」

「いえ、そう言えば……ハロウィンの決め台詞と言いますか、お決まりの言葉を言ってなかったなと」


 お決まりの言葉。

 つまり「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ?」である。


「お決まりと言えば、仮装もしていないな。……する意味があるかは不明だが」


 苦笑いを浮かべながら由弦がそう言うと……

 愛理沙は紙袋から、何かを取り出した。

 それは二種類のカチューシャだった。

 一つは猫耳、もう一つは犬耳だ。


「……準備良いな」

「亜夜香さんに貰ったんです」

「納得した」


 明日、ゆづるんとハロウィンパーティーやりなよ。

 とでも言いながら愛理沙に対し、無理矢理コスプレグッズを押し付ける亜夜香の姿が脳裏に浮かんだ。


「由弦さん、犬派ですよね。犬耳をあげます」

「……どうも」


 取り敢えず、由弦は犬耳を付けて見せた。

 そして愛理沙に尋ねる。


「どう?」

「……ふふ、似合ってますよ」

「今、笑っただろ?」

「笑ってないです」

「……まあ、良い。俺は付けたんだし、君も付けるべきだろう」


 由弦は中々、猫耳を付けようとしない愛理沙に対して付けるように促した。

 愛理沙はしばらく葛藤した末に、頭にカチューシャを付けた。

 そして恥ずかしそうに目を伏せ、僅かに頬を赤らめながら由弦に尋ねる。


「……どうですか?」

「可愛いな……」


 由弦とは異なり、愛理沙には猫耳がとても似合っていた。

 愛理沙の性格を考えると猫耳よりも犬耳の方が似合うような気がしないでもないが、しかしそれを抜きにしても可愛らしい。


「そ、そうですか……その、由弦さん」


 愛理沙は由弦に向き直った。

 そして顔を真っ赤に染め、軽く咳払いをしてから、猫の物真似をするように手首を曲げた。


「お菓子をくれなきゃ……悪戯しちゃう、ニャン」

「……」

「あ、あの! 由弦さん! 無言は一番、困ります!!」


 愛理沙は顔を茹蛸のようにしながら、由弦の肩を掴み、激しく揺すぶった。

 一方、愛理沙の可愛らしさに悶絶した由弦は、興奮と照れと共感羞恥で熱くなり始めた自分の顔を片手で覆い隠す。


「……プリン、返すから悪戯しちゃダメかな?」

「ダメに決まってるじゃないですか! というか、どう返すつもりですか!?」


 バシバシと、愛理沙は由弦の体を拳で叩き続けた。



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