第11話 “婚約者”とブランド物
食事を終えると、由弦たちは聖たちと分かれた。
二人を見送ってから……愛理沙はぽつりと呟く。
「あっさり、引き下がってくれましたね」
「そうだな。二人とも、理解が早くて少し助かった」
由弦と愛理沙が恋人同士ではないことだけは、しっかりと伝わった。
かと言って、ただの友人同士でもないことも勘づいている様子ではあったが、しかしそこからは詮索しないでくれたことは、とてもありがたい。
「でも、由弦さん。……佐竹さんには話したのに、良善寺さんには話さないというのは、その、大丈夫ですか?」
「俺の交友関係のことか?」
「はい」
「聖はそんなことで臍を曲げたりはしない。まぁー、悪いとは思うが」
聖も宗一郎も、由弦にとっては対等な友人である。
ならば宗一郎に話した以上、聖にも話しておくのが筋と言えば筋なのだが……
しかし情報というものはどこからどう漏れるのか分からないわけで、伏せることができるならば伏せておくのが無難だ。
宗一郎の時は、プールで水着という、言い逃れのできないような状態だった。
そして非常に勘がよく、鋭い亜夜香もいた。
それに対し、今回はある程度、誤魔化しが効く状態だったのだ。
加えて……
「聖はああ見えて口が堅いし、付き合いも長いから信用できる。でも、凪梨さんの人柄は、俺は全く分からないからなぁ」
あの場には聖だけでなく、天香もいたのだ。
由弦は聖の人格に関しては太鼓判を押せるが、天香についてはそういうわけでもない。
「凪梨さん、悪い人ではなさそうでしたけれどね。……性格はあまり良くありませんが」
散々に笑われたことを少し根に持っているらしい。
愛理沙は美しい眉を寄せた。
由弦は苦笑をする。
「まあ……双方、どちらかが信用できると判断できない限りは、伏せておく方針が無難だろう。ところで、後日、聖に追及されたりして、誤魔化しようがなかったら……」
「由弦さんは良善寺さんを信用しているんですよね? なら、大丈夫です。私は良善寺さんは信用することはできませんが、由弦さんのことは信用できます」
「そう言って頂けるとありがたい」
勿論、由弦の人を見る目を信用しているというのもあるが……
それ以上に由弦の人間関係の心配をしてくれているのだろう。
自分を庇うために由弦の友人関係が破壊されるようなことがあっては良くないという申し訳なさから来る心配かもしれないが、それでも愛理沙の心遣いは、由弦にとってはありがたかった。
さて、このまま「はい、さようなら」というのはあまりにも味気がないので、由弦と愛理沙は近くにあったショッピングモールを見て回ることにした。
「由弦さん、何か見たいものとか、買いたいものとか、ありますか? 私は秋物の服を……予算が足りれば、コートを買おうかなと思っています」
「そうだな。……少しアクセサリーを買いたいと、思ってる」
由弦がそう答えると、少し意外そうに愛理沙は目を見開いた。
別に服装に気を遣っていないわけではないが、しかしお洒落が好きというわけでもなさそうな由弦が、そういうものを欲しがるのは意外だったのだろう。
由弦も思うところがあり、少し気恥しい気持ちを抱きながら誤魔化すように言った。
「いや、ほら……君はお洒落だろう? 並んで歩く以上、俺もレベルを上げて行かないと。君に失礼かと、思ってね」
「それは良い心掛けです」
由弦の言葉に気を良くしたのか、愛理沙は機嫌良さそうに言った。
ふざけ半分ではあるが、どこか偉そうな口調に由弦は苦笑する。
「何様だよ、君は」
「婚約者様、ですかね?」
「そう言えばそうだったね。愛理沙様」
最初に買いたいものがある程度、定まっている由弦の用事から済ませてしまおうということで、二人は時計や宝石などの貴金属が売られているエリアへと向かった。
貴金属と言っても、割とピンからキリである。
由弦が買いたいのは、高校生が身に着けても違和感のないような安物だ。
「どういうのが欲しいんですか?」
「そうだなぁ。まあ、手首は腕時計があるし、首元かな。価格は……一万円を超えない程度で良いかな」
由弦がそう答えると、愛理沙はお店の一角を指さした。
「あれなんて、どうですか? カッコいいと思いますよ」
「シンプルな感じで良いな」
愛理沙が見つけ出したのは、ブラックスピネルという黒い宝石で出来たシンプルなネックレスだ。
価格はおよそ三千円ほど。
割とお手軽な価格で、高校生が身に着けても違和感はない。
一度店員に許可をもらってから、由弦はブラックスピネルを手に取った。
そして首元に翳し、愛理沙に見て貰う。
「どうかな?」
「よくお似合いです。……少し、色気が増したように見えます」
愛理沙は美しい睫毛に覆われた翡翠色の瞳を少し伏せながら言った。
お世辞で言っているわけではないようだ。
「色気、ね……」
男の色気というのは具体的にどういうものか。
そもそも自分に色気があるのか、由弦にはイマイチ理解できなかったが……
愛理沙の言葉を信じ、それを購入することにした。
「あの、由弦さん」
「どうした、愛理沙」
「……そのネックレス、私と一緒の時以外、付けちゃダメですよ。あと、学校もダメです」
「はぁ……まあ、良いけど。どうして?」
不思議なことを言うもんだと由弦は首を傾げる。
すると愛理沙は僅かに肌を薔薇色に染めた。
「由弦さんが女の子にモテたら、困ってしまいます。……偽とは言え、由弦さんの婚約者は私なんですから」
「大袈裟だな、君は」
「大袈裟じゃないです。……それに、選んだのは私なんですから」
絶対、ダメですよ!
とでも言いたげに、愛理沙は由弦を睨みつけた。
整った眉を寄せ、エメラルドの瞳を吊り上げ、口をへの字に曲げている。
「分かったよ、約束する」
妙な独占欲を発揮し始めた愛理沙に由弦は少し戸惑いながらも、そう返した。
それからせっかく、アクセサリーのエリアに来たということで、女性物の装飾品を見て回る。
「綺麗、ですよねぇ……宝石」
うっとりとした表情で愛理沙は美しいエメラルドを眺める。
少し世の中の女性とはズレているところがある愛理沙だが、こういう宝石類は普通に好きな様子だ。
「君の瞳のようだね」
愛理沙がエメラルドを見ていたので、由弦は冗談半分にそう言った。
すると愛理沙はポカっと由弦の胸を叩いた。
「や、やめてくださいっ! バカップルみたいじゃないですか」
そういう愛理沙の顔は真っ赤に染まっていた。
由弦も少し顔が熱くなるのを感じながら、頬を掻く。
「いやぁ……俺も言ってから、臭すぎたなと」
「全く、もう……」
愛理沙は怒っているぞと言いたげではあるが、しかし口元は少し緩んでいた。
こういう臭い台詞も、好きなようだ。
「ちなみに……この中だとどういうのが好きなんだ? 後学のために教えてくれ」
「そうですねー」
店内を歩き回りながら、ジュエリーの一つ一つに「これは好きです」「これは趣味じゃないです」と評価を付けていく愛理沙。
可愛らしいデザインの物は勿論、豪華で派手なデザインの物もそこそこ好きな様子だ。
そして共通して言えることだが、値段が高い。
勿論、良いデザインの物や質の高い石を使っていれば高くなるのは当然なので、それは愛理沙の鑑定眼が優れていることの証なのだが……
スーパーで買い物をするときは割と節約志向な愛理沙が、そこそこ高そうな物を好むというのは由弦にとっては意外な発見だ。
(いや、普段はいろいろと抑圧されたり、こういうものが手に入らないから……本当は欲しいんだな。こういうの)
少しだけ涙腺がウルっとした。
「俺、ジュエラーの名前とかあまり知らないんだけど……愛理沙は詳しい?」
「詳しくなんて、ないですよ。人並みには知ってますけど」
「有名どころだと、どういうのがあるかな?」
「ティファニー、カルティエ、ブルガリ、ヴァンクリーフ&アーペル、ハリーウィンストンなんかは五大ジュエラーとして、有名ですよね」
「へぇー」
すらすらと名前を口にする愛理沙。
五つのうち、由弦が知っていたのはティファニーとハリーウィンストンだけだった。
他にもいくつもブランド名を挙げる愛理沙。
思っていた以上に詳しい。
「日本だと4℃とかが……どうしましたか? 由弦さん。変な顔して」
「いや、何でもないよ」
そう言えば愛理沙は少しお高い石鹸すらも買って貰えない(遠慮して言い出せない)子だったなと思い出し、不憫過ぎて涙が出そうになったなどと、口にするわけにはいかなかった。
それは愛理沙の自尊心を傷つけるだろう。
「そろそろ服を見に行かないか」
少なくとも由弦の用事は終わったのだ。
次は愛理沙の番だろうと、そう提案すると彼女は頷いた。
「そうですね。見に行きましょう」
愛理沙は小さく、頷いた。
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