第10話 同級生のご両親の“ご職業”

 その後。

 昼時ということで、由弦たちは近くの喫茶店で共に食事をすることにした。


「っぷ!!」


 料理を注文した後。

 愛理沙の顔を見た天香は、小さく噴き出した。


 そして顔を逸らし、肩を震わせ、笑い声を漏らす。


「凪梨さん、いい加減、笑わないでくれないかな? ……俺の足が痛いんだ」


 ガシガシ、ガシガシ。

 そんな擬音語が聞こえそうなほど、愛理沙は由弦の足を蹴り続けていた。


 ムッとした表情で。

 私は怒っているんだぞ、とアピールする。


 あまり親しくない天香に当たるわけにはいかない分、その怒りの矛先は由弦へと向かっていた。


「あのさ、愛理沙。確かに悪かったとは思っているけど、でも凪梨さんに頼まなかったら、君は花を摘みに行けなかったじゃないか」

「……別に、いけました」

「なら、今から一度、ちょっと行ってきてくれないか?」

「……」


 愛理沙は気まずそうな表情で目を逸らした。

 まだ恐怖が抜けきっていない様子で、一人ではトイレにいけないようだ。


 そんな由弦と愛理沙のやり取りを見て、再び笑い始める天香。

 どうやらツボに嵌まってしまったらしい。


(……悪魔のような女、ね)


 由弦は聖がそう評した理由の一端が分かった気がした。

 お世辞にも彼女はあまり性格が良いとは言えない。


 ……もっとも聖も性格が良いかと言われると、そうでもない気がするので、ある意味ではお似合いではあるが。


「随分と、仲が良さそうだな。由弦」


 案の定。

 ニヤニヤと笑いながら聖が由弦に尋ねてきた。


 さすがに「たまたま、映画館で出会った」という言い訳は通用しないだろう。


「まるで恋人みたいね」


 そう言って天香は目を細めた。

 以前の御淑やかで大人しそうな雰囲気はどこかへ消え去り、今はやや邪悪な笑みを浮かべている。


「恋人ではないな」

「そうですね」


 由弦と愛理沙はきっぱりと、そのあたりは否定した。

 もっとも、聖と天香はそれをあまり信じていない様子だ。


 お互い、揃って「またまた、そんなこと言っちゃってー」とでも言いたそうな表情だ。

 ……似た者カップルとは、このことだ。


「君たちも、一緒に映画館に行く関係なんだね」


 由弦は聖と天香に尋ねた。

 それに対し……二人とも、もはや隠し事はできないと判断したらしい。

 肩を竦めた。


「良善寺と凪梨が、今、事業提携しているのは知ってるだろ?」

「事業、とはまた、聞こえの良い言い方だな」

「事業は事業だ」


 由弦に対し、聖は開き直るように言った。

 何か、不穏なモノを感じ取ったらしい愛理沙は聖と天香に尋ねた。


「良善寺さんと凪梨さんの……ご両親は何のご職業を?」


 すると二人は白々しい表情で答える。


「うちは人材派遣業兼弁護士事務所だな」

「カウンセラー、かしらね」

「へぇー」


 心優しい愛理沙はあっさりと騙されたので、由弦が真実を口にする。


「要するにヤクザとカルトだ」

「えぇ……」


 引き攣った表情を浮かべる愛理沙。

 そして小さな声で呟く。


「……養父が注意しろと言ったのは、そういう理由ですか。なるほど」


 しかし由弦と愛理沙のその言い様には、二人とも不満があるらしい。

 まず聖が苦情を口にする。


「うちは暴対法の指定範囲外だから、そもそもヤクザじゃねぇ。ついでに言うなら、法に触れたことも一切、していない。紛らわしい言い方をすんな。あくまで、人材派遣業兼弁護士事務所だ。そこんところは、はっきりしておいてくれや」


「カルトってのは、レッテル張りなのよね。やめて貰いたいわ。新興宗教なのは認めるけど。うちは如何わしいことは一切していない、真っ当かつ健全な宗教結社だから。それに関東だとまだマイナーだけど、関西地元だとそこそこ信者いるから」


「おぉ、そうだな。分かった分かった、俺が悪かった」


 二人とも目がガチだったので、由弦は両手を上げて降参の意を示した。

 良善寺が暴対法の指定範囲外――つまり厳密な定義の上ではヤクザではない――なのは間違いない事実であり、また凪梨の宗教が反社会的な行動を取っていないことも事実だ。


「いや、でもお前のところはかなり胡散臭いだろ。何が真っ当かつ健全だ。白々しい」

「それはあんたのところでしょ? ヤクザが弁護士やってるんじゃないわよ」

「あぁ? 喧嘩売ってんのか?」

「何? やんの? 喧嘩なら買うわよ」


 唐突に喧嘩を始める聖と天香。

 由弦と愛理沙は紅茶を飲みながら、それを見物する。


 二人が互いに掴みかかろうとしたところで、由弦は制止をした。


「まあ、何でも良いんだが。で……凪梨が関東に進出するために、良善寺が協力しているってのは俺も聞いている。続きを話してくれ」


 由弦は強引に軌道修正した。

 すると聖はぶっきらぼうに答えた。


「なら、分かるだろ。それで付き合いがあるんだよ」

「つまり付き合っているという認識で良いか?」

「「それは違う」」


 二人は揃って言った。

 それからタイミングが一緒になったことに、不快そうに眉を顰めた。


「私、あの映画、見たかったの。でも、一人で映画館に行くのは間抜けでしょ? それにカップル料金ならお得だし。だからダメ元で聖君を誘ったの。そうしたら、首を縦に振ってくれたわ」

「何がダメ元だ。怖いの? って、煽ってきたのはてめぇだろうが」


 微妙に認識の相違はあるようだが、一応二人はただの異性の友人同士のようだった。

 なら自分たちもその設定で行こうと、由弦と愛理沙はアイコンタクトで承諾し合う。


「で、俺たちは話した。今度はお前の番だぞ、由弦」


 そう尋ねる聖に対し、由弦は落ち着いた様子で答えた。


「俺たちも似たようなものだ。愛理沙に誘われたんだ。……まあ、煽られはしなかったけど」

「一人で見るのは怖かったもので。由弦さんを誘いました。……あくまで友人の域は出ません」


 愛理沙もまた、いつもの平静な声音で答える。


 由弦と愛理沙の言葉に天香は納得の表情。

 が、聖はあまり納得していない様子だ。


「本当に友人なのか?」

「何か疑う要素があるか?」

「うん……まあ、そういうことにしておこう」


 聖は由弦が何かを隠したがっているということに、気付いたらしい。

 友人として詮索しないという選択肢を選んだようだ。


「悪いな」


 由弦は小さく謝った。

 宗一郎にも話した以上は同じ友人である聖にも話すのが筋ではあるのかもしれないが……

 やはり誤魔化せる範囲内であれば、誤魔化したい。


 いくら仲の良い友人同士でもプールに二人っきりで行くことはあまりないかもしれないが、映画程度ならば十分にあり得るわけで……

 友人、という言い訳が通用する範囲内であれば、それで押し通したい。


「……私、騒がれるのが苦手なので。他言無用でお願いできますか?」


 愛理沙は聖と天香にそう頼んだ。

 二人は揃って頷いた。


「別に言い触らしたりはしねぇよ」

「私たちのことも、言わないでもらえると助かるわ」


 聖と天香の二人も、由弦たちにそう頼んだ。

 お互い、秘密を共有する関係になった。


 これで学校に広まるような事態は避けられると、由弦と愛理沙はホッと息をつくのだった。

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