第6話 “婚約者”と家族と手料理

 話し合いの結果。

 昼は彩由の作ったそうめんなどの軽めの食事にし、夕方の少し早い時間帯に愛理沙が夕食を作るということで決まった。


 そして昼食後。


「それで、愛理沙様。何を買いましょうか」


 スーパーを訪れた由弦は愛理沙にそう尋ねた。

 当然のことながら、由弦は普段から愛理沙の買い物について行き、荷物持ちに徹している。


 今回は由弦のせいで愛理沙に家事労働をさせることになったのだから、“お付きの人”として来るのは当然のことだった。


「夏ですし、夏野菜が良いかなと思っているんです。……ところで由弦さんのご家族は何か、好き嫌いはありますか?」

「安心しろ。嫌いなモノは特になかったと記憶している」


 由弦を含め、高瀬川家の面々には特に嫌いなモノはない。

 どんなものでも食べることができる。


「それは良かった。……好きなモノは?」

「うーん、彩弓と父さんは割と子供っぽいモノが好きなイメージがあるな。カレーとか、ハンバーグとか、オムライスとか」

「なるほど。由弦さんは……お魚が好きでしたよね?」


 愛理沙の問いに対し、由弦は頷いた。


「あぁ……母さんと俺は食の好みは似ているかもな」


 愛理沙は顎に手を当てて、考え込み始める。

 おそらくは今日の献立を考えているのだろう。


 由弦は邪魔をしないように、じっと見守る。


「決めました。和風ハンバーグと、あと何かお魚料理を付けましょう」

「……大変じゃないかな? もっと適当で良いけど」

「こう見えても、張り切っています」


 ギュッと両手を握りしめながら愛理沙は言った。

 由弦の家族に料理を振舞うことは吝かではない、と語ったのは嘘ではないようだ。


「じゃあ、まずはお野菜から。夏野菜が良いですね」


 まずは野菜コーナーに赴く。

 すでに愛理沙の頭の中には何を作るのか、浮かんでいるらしい。


 オクラ、胡瓜、大葉、茄子、ミョウガ、生姜、葱、玉ねぎをカゴへと放り込んでいく。


 それから肉のコーナーへ。

 牛と豚の合挽き肉を購入。


 今度は魚だが……


「この鯵、立派ですね。生食できるようですし、これにしましょうか」


 氷に浸かった大きな鯵を見て、愛理沙は嬉しそうに言った。

 どうやら切り身を使うわけではなく、自分の手で捌いて使うつもりのようだ。


 愛理沙が魚を捌けることは当然、知っていたが……

 よくもまあ、やるものだと由弦は感心するばかりだ。


 彩由は魚好きだが、調理は嫌いな様子で、基本的には捌かない。


「これで終わりか?」

「あとはお豆腐を買って終わりです」


 和風ハンバーグは確定として、他に何を作るつもりなのだろうか?

 由弦は期待に胸を膨らませた。




 四時半ごろ。

 由弦たちは愛理沙の料理を今か今かと待っていた。


「楽しみだなぁー、愛理沙さんの手料理。兄さんの絶賛だから、期待しちゃう」


 ウキウキとした様子で彩弓は言った。

 それに対し、彩由は複雑そうな表情だった。


「私も愛理沙ちゃんの料理、楽しみだわ。……でも、私、ドラマで出てくる姑みたいに、息子のお嫁さんに自分の家の味を教えるみたいなことも、やってみたかったのよねぇ。複雑な気持ちだわ」


 そんな彩由に対し、由弦と彩弓は揃って突っ込みを入れた。


「母さんの味は、味の素だろう?」

「教えるまでもないよね。再現余裕」

「あなたたちね、料理まともに作ったこともないくせによく言うわね」


 確かに由弦も彩弓も料理はできないので、それについては反論できない。

 が、しかし言われたままは悔しいので話を少しすり替えて反論する。


「そういう母さんは、愛理沙を手伝わなくて良いのか?」

「手伝うって、言ったわよ? そうしたら『お母様のお手を煩わせるわけにはいきませんから』って。良い子よねぇ」

「それ、戦力外通告されただけじゃないの?」

「黙りなさい」


 由弦と彩弓と彩由が言い合っていると、和弥が苦言を口にする。


「君たちね……みっともない喧嘩はやめてくれよ?」


 どうやら高瀬川家の醜い喧嘩を愛理沙に見られたくないようだ。

 家の評判を気にしての事だが……

 由弦も自分と母親の言い争いを愛理沙に見られるのは何となく嫌だったので、矛を収める。


 一方で彩弓と彩由はその後も戦い続けていたが……


「料理、できましたよ」


 そう言って愛理沙が料理を運んできたので、喧嘩を止めた。

 そしてせめて配膳くらいは手伝おうと、テーブルに並べる。


「それにしても……随分と張り切ったね」

「はい。少し本気を出しました」


 由弦が愛理沙を労うと、彼女はいつものクールな表情でそう答えた。

 一方、和弥、彩由、彩弓の三名は思っていたよりも豪華な料理が出てきたことに驚いていた。


「これはまた……本当に申し訳ありません。愛理沙さん」

「……うん、負けたわ。教えたいなんて、おこがましかったわ」

「うわぁー、凄い」


 和弥と彩由は愛理沙に謝り、彩弓は目を輝かせた。

 三人にそんな反応をさせた料理の内容はと言うと……


 白米。

 鯵のつみれの味噌汁。

 和風ハンバーグ。

 鯵のなめろう、刺身。

 茄子の煮物。

 冷奴。

 そして妙にねばねばした謎の物体。


「愛理沙、これって山形の『だし』ってやつで合ってるか?」


 由弦はネバっとしているモノを指さして尋ねた。

 小さく刻んだオクラ、胡瓜、大葉、みょうが、茄子をめんつゆで合わせたモノのようだ。


「そうです。一応、冷奴に掛ける用途で作りました。でもご飯にかけても美味しいですよ」


 愛理沙がそう言うので、「いただきます」をしてから由弦は早速、だしに手を出した。

 冷奴に掛けてから、口に運ぶ。


「どうでしょうか?」

「美味しいね。涼し気があって良いし、それにこの季節、こういう冷たくて粘りがあるものは、箸が進みやすい気がする」


 これなら自分も作れそうなので、後でレシピでも教えて貰おうと由弦は思った。

 九月になって夏季休暇が明けた後も、暑い日は続く。

 これがあれば残暑を乗り切れる気がした。


「この鯵のなめろう、良いね。……日本酒が飲みたくなるよ」

「ハンバーグ、美味しいですね。とても柔らかいです」

「お味噌汁、美味しいわね……お魚の味がしっかりして、臭みもなくて」

「茄子の煮物も美味い。愛理沙の作った煮物は、本当に美味しい」


 和弥、彩弓、彩由、由弦は口々に愛理沙の料理を褒めた。

 すると彼女は頬を赤らめ、顔を伏せながら、小さな声を漏らす。


「あ、ありがとうございます。……お、お代わりはありますから、もし、良かったら」


 そんな愛理沙の仕草を見た彩弓と彩由は顔を見合わせた。

 そして苦笑する。


「兄さんが骨抜きになった理由が分かった気がした」

「愛理沙ちゃん、本当に可愛いわね。うちの娘になって欲しいくらい……あ、なるんだっけ」


 何を言っているんだか。

 由弦は内心でそう思いながら、つみれの味噌汁を飲んだ。


 ……少し恥ずかしく思ってしまったのは秘密だ。

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