第26話 高瀬川side

 日本某所。

 和風の邸宅。


 大きな門には『高瀬川』の表札。

 

 畳のある間で、四人家族が夕食を食べていた。

 四人とも、和装で身を包んでいる。  

 

「最近、天城の娘さんとはどうなんだ? 由弦」


 夕食の席で由弦にそう尋ねたのは……高瀬川和弥(たかせがわ かずや)。

 由弦の父親だ。

 クォーターである彼は、その容姿に西欧人らしい特徴が少しだけ見られる。

 由弦にも受け継がれている、青い瞳はその遺伝子をはっきりと証明していた。


 お見合いの席に祖父と共にいた和弥だが、彼自身はあまり由弦と愛理沙の結婚にそれほど熱を入れている様子はない。

 なので、その父親から愛理沙との関係を聞かれたのは由弦にとって少し驚きだった。


 尚、もっとも結婚に積極的な由弦の祖父母はアメリカへ旅行中だ。

 引退を決め込み、しょっちゅう海外へと旅行に行っている二人だが……特にアメリカがお気に入りの様子だ。

 由弦の祖父の母親(つまり由弦の曾祖母)はアメリカ人だから当然と言えば当然なのかもしれないが。


「雪城と? ……昨日、プールに行っただろ? それなりに良い感じだよ」


 由弦は適当に答えながら、味噌汁を口に運ぶ。

 母親の作った味噌汁は決して不味くはないが……


(雪城の方が美味いな)


 早くも愛理沙の手料理中毒の症状が出てきた気がする。

 夏季休暇が終わり学校に行くのは面倒だが、しかし愛理沙の手料理は食べたい。

 非常に複雑な気持ちだ。


 そんなことを考えていたことを察したのか、由弦の母親――高瀬川彩由(たかせがわ さより)――が尋ねてきた。


「愛理沙さんの料理と私の料理、どっちが美味しい?」

「雪城」

「即答だなんて。やだぁ、ベタ惚れじゃない! もしかしたら、早くも孫の顔が見れちゃうかもねぇ」


 祖父母の次に由弦の結婚を推奨しているのが、彩由だ。

 もっとも、どちらかといえば色恋沙汰が好きで騒いでいるだけだが。


 いい年して何をしているんだと、言いたいところではあるが……

 若作りの結果か、年の割には若く見える。もっとも、彼女の前で年齢は禁句だが。


「お母さん、大して料理、上手じゃないんだから……そのレベルを超えるなんて、そんなに難しいことでもないでしょ」


 呆れ声でそう言ったのは、由弦の妹。

 高瀬川彩弓(たかせがわ あゆみ)だ。

 現在、中学二年生である。  

 性格は少々、小生意気ではあるが……妹であることから贔屓目に見ていることを差し引いても、可愛らしい容姿をしている。

 澄んだような青い瞳が印象的だ。


「でも、そんなに美味しいなら食べてみたいかな。評価してあげる」

「もう小姑の気分か……呆れた」

「兄さんがお世辞なのか、本気で言っているのか、そりゃあ気になるでしょ?」


 漬物を食べながら、飄々と言う彩弓。

 もっとも……由弦と愛理沙が結婚することは実際にはないので、彼女が小姑になる可能性もないのだが。


「でも、兄さん。そんなに好きなのに……まだ“雪城”って苗字で呼んでるんだ」


 痛いところを突いてくる妹。

 由弦は自分自身、察しが良い方であると思っているが……彩弓もこういう勘が働くタイプだ。

 だから気を抜くことができない。


「……呼び方を変えるってのはな、気恥しいものなんだ」

「ふぅーん」


 幸いなことに、彩弓は特に探りを入れてくることはなかった。

 生意気なことに、ニヤニヤと笑っていたが。


「まあ……今は少しぎこちないところがあるかもしれないが、由弦。お互いに好きになろうと思っていれば、ちゃんと好きになれるものだよ。お見合い結婚というのは、案外に悪くないものだ」


「そうねぇー。私も最初は和弥さんと一緒にやっていけるか不安だったけど……探してみると素敵なところがいっぱいあるのよねぇ」


 まーた始まったよ。

 という顔で両親を見る由弦と彩弓。


 二人の両親である和弥と彩由はお見合い結婚で結ばれたのだ。

 だからお見合い結婚にかなり好意的である。


 おそらくは彩弓に対しても、何らかの形で縁談を勧めようと考えているだろう。

 もっとも、無理強いはしないだろうが。


「そんなものなのかなぁー」


 そして彩弓もそういう両親と、そして婚約者と仲睦まじい(ということになっている)由弦の姿を見ているためか、お見合い結婚に対してそれほど否定的ではなかった。


 由弦自身も、実はお見合い結婚というものを嫌ってはいない。

 さすがに十五歳では早すぎるだろうと、そう思っているだけだ。

 大学卒業後ならば、反発はしなかっただろう。


「そうそう、由弦。……一週間後、近くで夏祭りがあるだろう?」


 唐突にそんなことを言い始める和弥。

 由弦はすぐに、父親の意図を察した。


「雪城を誘え、と?」

「話が早い。まあ無理にとは言わないけどね」


 そうは言うものの、近所で祭りがあるというのに恋人を誘わないというのは少し変な話だ。

 必然的に愛理沙を誘うことになるだろう。


「まあ……そうだな。でも、彩弓は良いのか?」


 去年までは由弦は彩弓と共に夏祭りへ行ったのだ。

 兄のエスコートが無くて大丈夫か? と由弦は妹に尋ねる。


「友達がいるから良いよ。でも、ちゃんと私にも紹介してよ。顔写真でしか、知らないんだもん。兄さんの愛しい人」

「はいはい」


 適当に返事をしつつ……

 また愛理沙に電話をしなければ、と由弦は思うのだった。

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