第21話 幼馴染と信用

 まず宗一郎は近くにある飲食店を指さした。


「ここからは店にでも入って、食事をしながら話をしないか?」


 もとより、ここには食事をするために来たのだ。

 それに下手に逃げるよりも、ちゃんと説明した方が良いだろう。

 由弦は愛理沙と目配せしてから、一緒に首を縦に振った。


「息ピッタリじゃん。私の予想通り、ゆづるんと雪城さんは恋人……痛い! ゆづるんがぶったぁ!」

「早とちりするな」


 由弦は亜夜香の頭を軽く叩いた。




 テーブルに着き、料理を注文し終えてから愛理沙は三人に向かって挨拶をした。


「改めて、雪城愛理沙です。初めまして……橘さん、上西さん、佐竹さん」

 

 すると三人は揃って軽く頭を下げ、口々に挨拶を返した。


「佐竹宗一郎だ。よろしく」

「橘亜夜香だよ。よろしくね」

「上西千春です。宜しくお願いします」


 挨拶が済んだところで……

 三人の視線が一斉に由弦へと向いた。


「それで由弦。やっぱり、雪城さんとはそういう関係なのか?」

「どういう関係だ?」

「惚けないでよ。恋人同士かって、質問」

「それはノーだ」

「またまた……恋人同士じゃないのに男女でプールに来ますか? 恋人同士じゃないにしても、満更でもない気持ちがないと普通は来ませんよ」

「それは……」


 さて、どうするかと由弦は途方に暮れた。

 共に水着姿でプールにいるところを目撃されてしまった以上、下手な誤魔化しは通用しないだろう


「……高瀬川さん。お三方は口の堅い、信用のできる方ですか?」


 愛理沙は小声で由弦に尋ねた。

 それについては問題ない。

 三人とも心の清らかな聖人とは言えないが、しかし友人の秘密を口にするような人間ではない。


 ……そもそもビジネスにおいて、信用ほど大切なものはないのだ。

 ここで由弦の信用を損ねるのは、将来的に三人の不利益に繋がる。


「勿論。……それについては約束できる。だけど、何が切っ掛けで情報が流出するか……」

「事情をある程度話して、私たちにとって非常に重要で、真剣なことであると、分かって貰った方が安全なのでは?」

「それは……確かにそうかもしれない」


 当然のことながら、口の堅さは情報の重要性次第だ。

 だから本当に黙っていて欲しいならば、しっかりと事情を説明する必要はあるが……

 事情説明にはどうしても、愛理沙の家庭事情について触れる必要がある。


 由弦にとって三人は友人だが、愛理沙からすると三人は他人だろう。


「……よし、分かった。説明しよう」


 ここは愛理沙の家庭事情については触れず、上手く話すしかない。

 そう考えた由弦は一部の情報を隠し、大まかな事情の説明をした。

 全てを聞いた亜夜香は開口一番、こう言った。


「ゆづるん、随分と面白いことになっているんだね」

「……自覚はしているよ」


 ニヤニヤと亜夜香に対し、由弦はため息混じりに呟いた。

 他人事なら、これほど面白いことはないだろう。

 漫画やドラマみたいなことが身近で起きているのだから。


「しかし、本当に雪城さんが来たんだな。お前の爺さん、凄いな」

「そうだよ……舐めてたわ。もっとあり得ないような設定にしておくべきだったね。宇宙人とか異世界人とか超能力者とか未来人とか」


 感心したような表情を浮かべている宗一郎に対し、由弦はなげやりに返した。

 もっとも、そもそも愛理沙は金髪ではないし、碧眼でもないので、条件は満たしていない。

 突っぱねようと思えば、突っぱねられただろう。


 それでも由弦がそうしなかったのは……


「しかし由弦さん。雪城さんは金髪碧眼ではないですよ。それを理由に断れば良かったじゃないですか。……本当はそこそこ乗り気なんじゃないですか?」


 矛盾を突いてやったぞ。

 とでも言いたげな顔で千春は言った。


 確かに由弦の説明ではその部分は大きな矛盾点である。

 本来は断ろうと思えば断れるにも関わらず由弦がそれを受けた……その理由は由弦の方が愛理沙のことをそこそこ気に入っているからではないか?

 と、考えることができる。


 実際、愛理沙は美人なので普通の男はあわよくばと考えるだろうし、由弦も愛理沙の水着姿を見て「本物の恋人なら良かった」と冗談半分本気半分で思ったのは事実だ。


「好みのタイプを連れて来いと言って、それが来ないならよし、来るなら来るでそれもよし。なるほど、ゆづるんも考えたねぇー」

「さすが、謀略の“高瀬川”ですねぇ」

「雪城さんは別にタイプではないと、俺に言ってたのは照れ隠しだったわけか」


 亜夜香と千春と宗一郎の三人とも微妙に事実とは異なる勘違いをしていく。


 これでは由弦が少し腹黒い男になってしまうが……

 隠したい部分を隠して、上手く説明する自信がなかった由弦はそういうことにしておこうと考えた。


「違うんです」

  

 が、しかし愛理沙は宗一郎たちの考えを否定するようにそう言った。

 由弦は思わず、愛理沙の方を見た。


「おい、雪城」

「高瀬川さんは……私を庇うために、この話を受けてくれたんです」


 愛理沙は由弦が彼女のプライバシーを守るために隠していたこと、つまり自分が結納金目当ての政略結婚の駒にされそうになっていたことを、全て話してしまった。


「確かに高瀬川さんは、断れる立場にあります。でも、それは下心からじゃなくて……私のために、そうしてくれているんです。…………いや、全く下心がないわけではないかもしれませんが」

「いや、そこは最後まできっちり否定してくれ」


 何故か後半、自信なさそうに言う愛理沙に対して思わず突っ込んだ。

 一方、宗一郎たちは少し驚いた様子だ。


「へぇ……お前、やっぱりいい奴だな。いや、俺は最初から信じていたぞ」

「さすがゆづるん。勿論、私もきっとそうだと思っていたよ」

「私の中で由弦さんの株価が急上昇中です。ああ、勿論。最初からそれは予期していました」


「絶対、嘘だろ」


 由弦が軽く睨むと、三人は肩を竦めた。

 丁度、そのタイミングで料理が運ばれてきた。


 会話は一時中断し、五人は料理を食べ始める……

 ということにはならなかった。


「ねぇねぇ、雪城さん。あなたのこと、愛理沙ちゃんって呼んでいい? 私のことは亜夜香で良いからさ」

「あ、私のことも千春で良いですよ。代わりに愛理沙さんと、呼ばせて頂いても良いですか?」

「え? ……別に良いですけど。えっと、亜夜香……さん、千春……さん?」


 亜夜香と千春の二人に詰め寄るように言われた愛理沙は、困惑した表情で小さく頷いた。

 すると二人はさらに精神的な距離を詰める。


「私さ、愛理沙ちゃんに妙な親近感があってさぁ」

「え、えっと……そうですか?」

「ほら、名前が似てるじゃん?」


「“あ”と“三文字”ってところしか共通点、ないだろ」


 思わず由弦は突っ込んでしまった。

 『ちはる』と『ゆづる』の名前が似ている並みの暴論だろう。


「ところで、愛理沙さんって綺麗ですよね」

「それは……ありがとう、ございます」


 唐突に千春に褒められた愛理沙は、少し驚いた表情でお礼を返した。

 しかし千春に対して、その対応は誤りだ。


「髪の毛もさらさらしてて、綺麗ですし、肌も白くて、染み一つなくて……お胸とお尻も大きいですよね。でもお腹の部分はキュッとしてて。顔立ちも凄く整ってて……正直、タイプな感じです」


「あー、分かる。愛理沙ちゃん、可愛いよね。私も好みかも。白い肌に黒い水着が良く映えているよね。というか、清楚な雰囲気なのに意外に大胆というか……そうだ! ねぇ、日本人っぽくない顔しているけど、どこの国の人とのミックス? ちなみに私は高祖母がイギリス人で……痛い痛い!」


「や、やめて! 宗一郎さん!!」


 亜夜香と千春の暴走はそこまでだった。

 宗一郎が二人の首を背後から鷲掴みに、強引に引っ張ったからだ。


「雪城さんが困ってるだろう。全く……」


 身を乗り出していた亜夜香と千春の二人を強引に着席させる。

 それから愛理沙に向かって、軽く頭を下げた。


「アホ二人が迷惑をかけた。……この二人はちょっと、キツ目に言わないと分からないタイプだからさ。嫌なら嫌と、ムカついたら死ねと、言ってやってくれ」


「あ、いえ……大丈夫です。少しびっくりしただけなので。……私は母がロシア四分の三と日本四分の一、父がフランスと日本の半々。そう記憶しています」


 亜夜香の質問に対し、愛理沙は律儀に答えた。

 どこの国とのミックスなのかは直接聞いたことはないが……お見合いの時に事前情報ですでに聞いていたので、由弦としては驚きはない。


 由弦の記憶が正しければ、“雪城”は愛理沙の父親の方だ。

 貿易商を営んでいたらしい。


 そして愛理沙の養父母のうち、直接血の繋がりがあるのは養母の方である。

 愛理沙にとっては伯母(もしくは叔母)に当たる。

 以前、お見合いの場で顔を合わせたが、確かに東欧人の傾向が強い顔をしていた。


 尚、“天城”は愛理沙の養父の姓だ。

 養父は普通の日本人であり、愛理沙とは血縁上の繋がりはない。


「へぇー、ちなみにそこのゆづるんだけど。ゆづるんの曾祖母、ひいおばあちゃんは北欧系のアメリカ人なんだよね」

「え、そうなんですか?」


 少し驚いた様子で愛理沙は由弦の方を見た

 由弦は小さく頷く。


「まあね。かなり遠いし……誤差の範囲ではあるけど」


 ほぼほぼ、日本人なのだから少なくとも外見からは分からないだろう。

 言われればそんな気がしなくもない……いや、しないかなぁー、とそんな顔立ちをしている。

 強いて言えば、青い瞳くらいだろうか。


 ちなみに曾祖父からさらに二代遡った、高祖父の母親に当たる人物はドイツ人女性だったりする。

 ここまで来ると明治、大正時代の話なので由弦からすると“古典”の範囲だ。


 それぞれの家庭事情(もしくは家系事情)で盛り上がっているうちに、五人は食事を終えた。

 店を出ると、亜夜香はこんな提案をした。


「せっかくだしさ、みんなで遊ばない?」

 

 ここで言うみんなとは、由弦と愛理沙を含めた五人の事だろう。

 由弦からすると、亜夜香も千春も宗一郎も幼馴染なので何の問題もないが……


「いや……しかし今日は雪城と来たわけだし」


 愛理沙からすると、三人は他人だ。

 自分以外の四人が親しい関係の中に入るのは、少し気まずいだろう。

 それは想像に難くない。


 もっとも愛理沙からはそれを断り辛いだろうと考え、由弦はそう口にした。

 すると亜夜香は……


「私、愛理沙ちゃんと遊びたいなぁ。まあ、ゆづるんと愛理沙ちゃんが二人っきりで、イチャイチャしたいというなら話は別だけど?」

「せっかくだし、男女で別れませんか? 女の子同士、気兼ねなく遊びたいです」


 自分たちは愛理沙に用があるのだ。

 と、暗に愛理沙だけを省くような真似はしないと口にする亜夜香と千春。


 常にふざけているように見えるが、彼女たちはこう見えてもこういう察しは良いのだ。


「名案だな。……俺も亜夜香と千春の御守りは正直、疲れた」


 亜夜香と千春に乗りかかる形で、宗一郎はそう言った。 

 これも愛理沙を気遣っての言葉だが……表情に疲れの色が見える辺り、割と本心でもあるのだろう。


「私は良いですよ。皆さんとお近づきになりたいです」


 愛理沙は自然な表情でそう答えた。

 ……特に嫌がっている様子は見られない。

 もしかしたら三人の気遣いが伝わったらしい。


「まあ、君がそう言うなら……そうしようか」

 

 一度、男女で別れて遊ぶことになった。

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