第11話
火事で失われた父さんの鏡に伝承があったかも……しれない、という所まで掴んだ。
暇なので王宮の図書室まで足を伸ばして、書物を漁っていたのだ。私はあまり読書は好きではない。どちらかというと、実際に訪れてみるほうが好きだ。
だがこれらに関しては調べてみないと解らない。
「……どうした物か」
宝自体には興味がない。そんなもの、欲しいと思ったこともない。
私は宝飾類より、酒と肴のほうが好きだ。私は古本特有の香りのしている本を、両手で音を立てて閉じて棚へと返し、借りてゆこうと考えていた本を抱えて部屋へと戻った。
国を混乱に陥れた国王は、まだ小康状態を保っている。むしろ娘の行く末を案じて、生きる気力が舞い戻ってきたらしい。それ自体は良いのだが……
修道女となっていたジャクリーヌ姫だが、まだ正式に国王の娘だと認められたわけではない。こういうのは秘密にしていた期間が長ければ長い程、真実だという証拠が失われてしまうので立証するのは難しい。
国王はネストール皇子と私を離婚させて、娘と結婚させて国を継がせて安心したいという所なのだが……病によって愚鈍になったのだろうか、それとも元々”こう”だったのかは解らないけれども、とにかく周囲を納得させられない言動ばかりで、ほとんどの人が耳を貸さない状態になっている。
だってさ、自分が王妃を裏切る……とは言わないのかも知れないけれど、とにかく王妃以外に好きな相手がいたというのに、ネストール皇子には《皇太子でいたければ、アレナと別れてジャクリーヌだけを愛せ》とか言っているらしい。
娘が可愛いのは解るけれども、どの口で! と思ってしまうのも事実だ。ネストール皇子も似たような者だから……これが血筋だったら、嫌だなあ。
ネストール皇子としては、アレナ嬢と仲睦まじく愛語らい乳繰り合いたいわけだから、当然そんな条件を飲むつもりはない。
「私の妃はバネッサだけだ」
結果、私と離婚することを拒む。
「そうだそうだ。ネストール皇子の妃はバネッサだ」
そしてトレミーも、私とネストール皇子の離婚を阻む。なんて事はない、ネストール皇子の離婚が成立しないうちに、ジャクリーヌとロイズスを結婚させる算段だ。
ここまで騒ぎが大きくなっているのだが、ジャクリーヌは修道院から出てこない。
理由は国王がかつて修道院長に書いた「娘を王族にすることはない」という証明書があるせいだ。国王、神に誓ったんだって……老いるのは構わないし、愛妾を持つのも構わないし、隠し子をひっそりと育てさせるのも構わないが、面倒は引き起こさないで欲しいものだ。とばっちりを食う方の身にもなって欲しい。
ちなみに、ネストール皇子としてはもう一つ私と離婚したくはない理由がある。
「身籠もった」と名乗りを上げて出て来たミリィの問題。
身籠もっているのは確実なんだとか。私もミリィに会ったが、やはり美人ではなかった。私の基準で美人ではないというのではなく、有り触れた顔より少し下な感じ。
オレンジ色の癖の強い髪。前髪は全てあげて、額を全部だしている。眉は太め……というか、太くて目は大きめだけれども左右の形がはっきりと違ってる。
鼻は低くはないのだが小鼻が大きめで、唇は上下ともに厚くて、そこに紅を塗っているので非常に目立つ。
顔の善し悪しはどうでも良いとして、アレナ嬢ともまたちがう顔立ちだった。
体つきは肉感的で、男なら寝たくなるような雰囲気はあった。私は男ではないので、私の中の男にたいする思い込みだけだが。
性格は”きつい”らしく、私に突っかかってきた。
「まだその地位にいらっしゃるつもりなのぉ」
語尾が鼻にかかるのが癪に障る。私だってこの地位に固執しているわけではない、様々な問題が……。そして私は黙って言われているようなタイプではないので、当然言い返した。
「あなたごときになんの関係があるのかしら」
私の言葉に自慢げに腹に手をあてて撫で始めた。嫌な略奪妊娠女の典型的な動きに、思わず笑ってしまった。
私が馬鹿にした笑い声を上げるとは考えてもいなかったミリィは、
「な、なにを」
対処できなくて、うろたえた。
「脂肪を撫でて、どうするつもり。妊娠したんじゃなくて、ただ太っただけじゃないのかしら? 全体的に肉付きが良すぎですからね」
「負け惜しみを!」
「負けてないし、あなたは私に勝てることは何一つない。黙って脂肪の厚い下腹部でも撫でて、ご満悦に浸ればよろしい」
ミリィは侍女たちに連れられて、私の前を去った。捨て台詞の一つでも吐いて欲しかったところだが、彼女には無理のようだった。
ちなみに隣にはネストール皇子もいたのだが、応酬を黙って聞いていた。
ミリィが増長する理由の一つは《私》ことバネッサにもある。バネッサは母親は名家出のエミリア様だけれども、父親のメルフィード卿は名家の出というわけでも、権門の出というわけでもない。そもそもそんな良い所の出だったら、エミリア様はルイとの婚約を拒否してメルフィード卿と結婚できただろう。
ルイの家もかなり背伸びして苦労してエミリア様を手に入れたのだ。それ以下の家柄の男となると……。なによりエミリア様は駆け落ちしてのバネッサの出産。だからバネッサの出自は良くはない。
だからミリィは私ことバネッサの後釜に座ることができると考えたらしい。
正確にはミリィの兄らしいが。
ミリィの兄はネストール皇子に妹を差し出して、上手く懐妊したので首都までやってきた。この兄妹はジャクリーヌ騒ぎのことを知らないでやってきたのだ。
実はミリィの兄アポローンは、当初の計画としてはミリィをトレミーに勧めて、養女に仕立て上げて皇太子妃をすげかえる予定だった。だが首都に到着してみれば、国王の隠し子ジャクリーヌ騒動。ネストール皇子の子を身籠もっているミリィを差し出したら、そのまま殺害される可能性も出て来たので、急遽皇子に直接会うことにしたのだそうだ。
たしかにジャクリーヌがいなければ、トレミーは私ではなくミリィを養女にして、妃に押し込んだ可能性も……
「トレミーの養女など、夢物語に過ぎない」
「否定しますか」
ネストール皇子はアポローンから《妹と御子の安全に便宜を払っていただきたい》なる申し出を受けた際に、この計画を聞き私に教えた。全く興味のないことなのだがねえ。
「ミリィを大臣の養女になど、誰も認めはしない」
私はもっと認められない血筋の生まれだけれども……内心で呟きつつ、
「ところで皇子。こんな所で遊んでいる場合ではにのでは? 対処するべきことが山積みでしょう」
何故か頻繁に部屋を訪れるネストール皇子に邪魔だ! と意思表示した。
「……あのな」
「はい」
「ロイズスのことをどう思っている」
話が全く見えねぇ! なんでここでロイズスのことが? あ、あれか? 突然玉座を狙うライバルになったから、偵察というやつか?
「なんとも思っていませんが。そもそも赤の他人ですので、知っていることなど無いに等しいですよ。詳しく知りたいのなら、他所を当たってください」
「そういう意味ではなく……」
「はっきりと言ってもらわないと、解りません。私は皇子の言いたいことなど、気を回して探り歓心を得たいなど思いませんので」
「そうだったな。実はロイズスはお前のことを気に入っていて」
「はあ? いきなりなんですか?」
「私でも気づいたが、お前は気づいていなかったか」
「気づく必要とかあるんですか?」
「確かにないな。それで、トレミーがお前と私を離婚させたがらない理由に、ロイズスのことがある。ロイズスをジャクリーヌと結婚させようとしたところ、ロイズスがお前……バネッサでなくては嫌だと言い出してだな」
ロイズス……なにしてんの……
「あの父に逆らったことのないロイズスの叛旗に、トレミーもかなり驚いた様子だった。ロイズスは考えた結果だろうが、国王の側について私とお前の離婚のために動き出した。気の弱い男と言われていたが、本気になったロイズスは流石は大臣の息子と言った手腕を見せている。正直私もロイズスのことを見下していたが、認識を改める必要があるだろう」
「私にロイズスを説得しろ、ということですか?」
「いいや。下手にお前と接する機会をつくり、逃走などされては困るから……と国王からのお達しだ。もう体のきかない国王にとってあの手腕の持ち主は手放したくはないだろう」
一皮むけたロイズスが、混乱を肥大化させているようだ。この頃顔見ないと思ったら、そんなことしてたのか。
「では私はこの部屋で軟禁状態にあれば良いのですね」
「そうなるな。事態は必ず収束させてみせる」
「当然でしょう。貴方たちが招いた混乱なのですから」
「……ま、まあな」
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