第10話
意識不明だったら、そのまま死んでおけば良かったのに……と言わずにいられない状況に陥っている。
「老いたくはないものだな……」
「老いても良いんですが、位は譲っておくべきでしたね」
私は国王に呼び出されて、話をしている。
中々に気さくな国王……だが『娘がいる。結婚相手に国をやる』はまずかった。
国王と娘の母親、要するに愛妾だ。
その愛妾とは昔からの関係で、王妃と結婚するよりも以前から関係があったとのこと。いわばネストール皇子とアレナ嬢みたいなもので、王妃の部分は私ということだ。
国王と愛妾は王妃と結婚後も続く。
なぜ公式の愛妾として迎え入れなかったのか? まずはそこが最初に疑問として上げられた。国王が正式に結婚するのは”跡取り”を作るためであって、公式の愛妾を持って、その間に庶子をもうけることは珍しいことではない。
……で、理由はなにかというと「王妃が怖ろしかったから」だそうだ。
愛妾と王妃の関係は常にそれだよね。国王の愛が向かっている、自分よりも身分の低い女を虐め殺すのなんて古今東西ありすぎて、驚きもしないほど。
「そなたのような妃であれば……」
「私はネストール皇子にも、王妃の座にも関心がないだけです。王妃のほうが普通だとおもいますよ」
それで色々な手段で逢瀬……といえば美しいが、要するにがんがん腰をふって交尾し、挙げ句の果てに繁殖してしまったということ。
生まれた娘は愛妾と面差しがよく似ていたそうだ。
この時点で国王は娘は市井で育て、王族にはしない方針だった。
その為には、ある一つの《犠牲》が必要になった。
それというのも、子供が出来るまでふらついてりゃあ、バレもするってもんで、知られちゃったんだってさ。
知られた相手というのが、国王の父親の姉が嫁いだ公爵家。その公爵家に嫁いできた娘(国王の祖母くらいの年代)の母方の従弟。
……赤の他人だよね、どう考えても赤の他人だ。
でもまあ、そういう血筋の人だったらしい。その従弟、好色な男だったようで、自らの娘のように年若い少女を欲した。
少女の名前はフレイア。
フレイアは国を混乱に陥れた国王の異母妹が産んだ娘。要するに先代国王の愛人の一人が産んだ娘で、愛人自体有り触れた貴族の娘だった。
フレイアは王宮の片隅で、ぼんやりと生きていたらしい。
”母親が有り触れた貴族の娘だった”ことが関係してくる。母親の生家が跡取りなし、となりそうだった。このような状況の家を探して、後釜に収まろうとする輩は多数いる。
国王の秘密を知った好色な男は、フレイアの母親の生家を乗っ取ろうとして、その障害としてフレイアが浮かび上がってきた。
そのフレイアのことを探るうちに、国王の秘密を知ったと言うわけだ。
好色な男は「フレイアを妻に寄越し、家を継がせてくれたら黙る」と国王に持ちかけ、国王はその取引に乗った。こうしてフレイアは見たこともない男と結婚して、夫人として収まる。
酷い話のようにも聞こえるが、どの道フレイアは母方の実家を継ぐために、適当な配偶者を添えられて王宮を出される筈だったのだから、それにちょっと《影》がついただけのこと。
事実、誰もこの結婚に疑いを挟まなかった。
好色な男が国王の姉が嫁いだ先の……と言う血筋だからってことも影響したらしい。
このフレイアがネストール皇子の母親。父親はその好色な男レオナルドと言ったそうだ。それでまあ、ネストール皇子が生まれた。
ネストール皇子がもっとも低い生まれでありながら、皇太子に選ばれたのはここが関係してくる。要するに国王はレオナルドに強請られたのだ。
国王は強請られてネストール皇子を後継者候補の中に入れたが、候補の中ではネストール皇子がもっとも輝いていたので、後継者に定めてもいいだろうと考えた。
ただ後継者にするには、邪魔がいた。
そう――レオナルド――だ。国王はレオナルドを殺害して、ネストール皇子は晴れて皇太子となった……ということらしい。
それで国王の愛妾と娘のことだが、愛妾は既に亡くなっており、娘は修道院に入れたという。修道院長にはジャクリーヌのことは説明した。
ジャクリーヌは国王の娘の名前。
心の奥底では娘に継がせたいという気持ちがあり、またネストール皇子自身の才能は認めるものの、国王を強請った男の息子と思えば揺れる部分もあったようだ。
「ネストールと離婚してくれと言ったら、受けてくれるか」
「喜んで」
こうなったらネストール皇子とジャクリーヌを結婚させて国を継がせるしかない! ……といかないのが実情だ。
皇太子ネストール派と国王の隠し子ジャクリーヌ派が、即座に出来上がったのだ。
悪いこととしか言い様がないのだが、トレミーには年頃の息子・ロイズスがいる。よってロイズスの妻にジャクリーヌということも可能になってきた。
だからトレミーはジャクリーヌ派。
ちなみに王妃はネストール派になった。……いや、あれだけ仲が悪かったが、それとこれとは別。もともと後継者を国王夫妻以外から選んだ理由は二人の間に子供がいないことが理由。
国王に隠し子がいたとなると、問題……と言ってはいけないのだろうが、王国としては王妃が王妃として責務を果たせなかったという判断を、冷酷に下す。
王妃が国王のことを愛しているとは思えないし、愛していたとしてもこの長年の裏切りで、すべては霧散したことだろう。長年の間、王妃を欺いて愛妾に子供まで産ませて、死の間際付近で突然の暴露では。
ただ責務を果たさなかったのは国王も同じだ、とするのがネストール皇子の言い分だった。
それというのも、愛妾がジャクリーヌを身籠もった時点で、国王は王妃が子供を産めないことを理由に離婚して、新しい王妃を迎えるべきだったと。
この言い分は、後継者をもうけることが前提の結婚である国王夫妻においては正しい言い分だ。
国王もネストール皇子にその部分を指摘されて、言葉に詰まっていた。
そして「お前なら解ってくれると思ったのだが、ネストール」と呟いた。この争いに愛する女と、愛しい娘を巻き込みたくなかったというのが国王の言い分で、それはネストール皇子のアレナ嬢に対する愛と似ている……とかなんとか。
国王が私を呼び出した理由は、自分がいかに愛妾とジャクリーヌを愛しているかを語り、愛娘が王妃になれるために協力して欲しいと言ってきたのだ。
「トレミー側の人間ですので、表だっては協力できません。離婚は国王陛下の意思でどのようにでもなるでしょう」
†**********†
私はやたらと開放感溢れる部屋に戻り、一息ついた。
この先どうなるかは解らないが、私自身は安泰だ。国王の肝いりで離婚できるだろうし、トレミーだって息子を傀儡にして国を操ったほうが良いだろう。
ジャクリーヌ姫さんがどういう人かは知らないが、私よりは”まし”なんじゃないかな? と思う。
取り敢えず、少ない荷物をまとめて何時でも部屋を明け渡せるようにすることにした。
もともと皇太子妃をやめるつもりでいたので、荷物は少ない。
大型の持ち込みは、バネッサの祖母の鏡だけ。私は鏡の前に立って、自分の姿を映してみた。鏡の中には、映ってはいないが父さんの膝で本を読んで貰っている自分がいるように感じられた。父さんはたしかに本を鏡に映していたな。
あれ……本を鏡に映して一緒に読んでいた?
一緒に……一緒に……そうだ! 私は父さんと一緒に鏡に映る文字を読んでいた。いや、私は鏡に映る文字も読めるんだ。
―― 私は苦手だったけど……
―― あなたも好きねえ。娘に鏡に映った文字を読ませるの
多分父さんは《私たちが見ているように見え》て、私は《逆だけど読める》んだ。
姉さんはまったく鏡文字が駄目だったのだろう。
だから私に……私が鏡文字を読めたとして、伝承がなければ意味がないのではないだろうか? 読めるだけで、どこかに存在するのか?
それとも、ただの気まぐれだったのか?
もういない父さんに問うことは出来ないし、何か知っていたかもしれない姉さんもいない。母さんはどうだろうな? 自由の身になったら、探索したいな。
私は王宮とかにはむかない性格だと、実感した。本当に思い知った。
私ことバネッサの性格が王宮に向いていようがいまいが、事態は深刻の一途を辿ってる。深刻と言わないと、笑い出しそうになる深刻さね。
”ネストール皇子の子を身籠もりました”という人がでてきて、さあ大変!
「避暑地に滞在していた時に、手を伸ばした」
「私なんかに釈明する必要はないのですが」
名乗り出るタイミングの悪さといったらこの上ない。
通常時ならいざ知らず、この混乱した状況で現れるとは、何を考えているのやら……
「公式の愛妾、もしくは妃の座を狙っているようだ」
「そうなんですか。どっちを狙っても私には関係のないことですがね」
アレナ嬢連れていって、その地方の貴族の娘を夜伽か。
珍しいことじゃないけれども、貴族の娘の前でも”愛しているのはアレナだけだが、アレナは体が弱いから”言いながら、ズボンとパンツ降ろしたのかなあ。
そのシチュエーションで真顔で抱かれて身籠もるなんて、私には到底できない。称賛に値する人だと思う。だって、パンツ降ろしながら、他人への愛を語りつつ、腰を振ろうとするんだよ? 間抜け過ぎて腹筋が壊れるくらい笑えるっての。
「貴女とは離婚するわけにはいかない」
「どうしてですか? 国王から命が下ったのでは?」
「ミリィ……私の子を身籠もったと名乗り出た、貴族の娘の名だが、ミリィの腹の子が本当に私の子かどうかも疑う必要がある」
「うわー最低な男ですね。行為自体は覚えがあるなら、別の男の子供でも”どん!”と構えて、養いましょうよ」
良くあることらしいけれどもね。
夜伽の後に、容姿の似た男を通わせて、できるなら妊娠を! と狙うことは。
「通常時であれば……な。トレミー側は”タイミングが良すぎる”と言ってきた。自分で愛妾に子が出来たら……と言った手前、言い返すこともできない」
「そうですか。はあ、残念」
「離婚できなかったことがか?」
「はい。怪我も完治したので、秋の風情を楽む旅行に出ようと予定を立てていたのに」
まだしばらく城に足止めされることになったので……中夏の情報をじっくりと集めてみることにした。
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