第一章 無理難題、言われましても!?_1




ふたテマリさん? お名前にまちがいありませんか? ご病気で長期欠席されるという届けが出ていますが」

 入寮手続きの最前列。

 書類を提出するなりの受付のお姉さんの言葉に、私は一瞬、頭が真っ白になった。

「病気って……。私、いたって健康ですが」

りようようのために三ヶ月間休学するという届けが出ていますよ」

「まっ、まさかそんなハズは、」

 みるみる顔を青くする私に、事務員さんは事務的に書類のファイルをめくる。

「復学予定は七月一日になってます。昨日、ご両親からお電話いただいたようですね」

「そんなっ。父は今、借金返済の旅でマグロ漁に出てて、母も山小屋の住みこみですし、休学届なんて出すわけありません!」

 私の必死のうつたえに、今度は事務員さんのほうがマジマジと私を見つめ返してきた。

 この天下の天王寺学園の保護者が、借金? って、そんな顔だ。

 私の後ろで列に並んでる新入生代理のしつさんたちまで、「何事でしょう」「借金とか聞こえませんでしたか」「まさか」とざわめきだす。

 で、でも私、ここで退くわけにはいかないんだよ。

 今日寮に入れなかったら、私には今夜の宿すらないんだから……!



 なんの因果か、双葉家はそろいもそろって不運体質のちようビンボー一家。

 大昔はナントカって大名家にお仕えしてた古い家系らしいけど、不運の波に押し流されて、今や明日あしたのゴハンに事欠く毎日。私もずっと、バイトや内職の動画づくりで家計を支えてきたんだ。

 でも今年、キセキ的にこの日本くつの名門校、「天王寺学園」の特待生に合格できて、お金をはらわないでも学校に通えることになったし、両親もかせぎ先が決まって。

 これはとうとう双葉家にも希望の光が見えてきたぞって、家族それぞれ新しいかどをむかえた───はずだったのに!

「その届け、まちがいです。もう一度ちゃんと調べてください。私、アパートも引きはらっちゃったから、寮に入れなかったらホントに困るんです!」

 事務員さんはしぶしぶ、昨日の電話を受けた担当の人に呼び出しをかけてくれる。

 私は受付台に置いた手をにぎりこんで、息をむ。

 ビンボーヒマなしすぎて、友達も作れなかった暗黒の中学時代。ファンスタで「架空の青春生活」しちゃうくらい切ない日々だったけど、これからはの高校生活をエンジョイできるんだって、リアルな友達とプリ帳集めたり放課後遊びに行ったりできるかもって、すごくすごく楽しみにしてきたんだ。

 なのにまさか出鼻からこんな事態になるなんて……!

 くちびるをかみしめた、その時。



「やっと見つけた! テマリ、気配がうっすいんだよ!」



 背中にひびいた、ぽっかーんっと空にき抜けるような明るい声。

 ふり返ると、そこに二人の生徒が立っていた。

 今の声の主らしい、がらできゃしゃな体つきの、マスクで顔をおおった男子。

 と、あともう一人。すらりと手足の長い、いかにも頭のよさそうな静かなひとみに、うすくちびるをフキゲンそうに引き結んだ、背の高い人。見とれるような、さわやかイケメンさまだ。

 制服のネクタイが赤だから、私と同じ新入生みたいだけど……。

 こんなはなやかなオーラをまとった若者が、私の知り合いのはずがない。なのに彼らの視線はまっすぐ私に集中してる。

 しかも今、「テマリ」って言ったよね?

「ど、どちらさま、です?」

「ほらテマリ、早く行くよ!」

 マスク男子が、ぐわしっと私のみぎうでに手を回す。

 な、なに!?

「彼女、勝手に病院をけ出してしまったみたいで。届けどおりでだいじようですから」

 事務員さんににっこり微笑ほほえんだイケメンくんも、私の左腕を確保する。

 ぜんとする私の耳に、彼が身をかがめ、きらきらしい顔を近づけてきた。

だまってついておいで」


 私にだけ聞こえる音量で響いた、低くてオトナっぽい──を言わさぬ声。

 私は彼らにとらわれの宇宙人よろしくズルズル引きずられ、受付から遠ざかっていく。

 事務員さんがうらやましそうに見送ってるけど、ちょっと待って、これってもしかしなくてもゆうかいだと思うんですけど……!!





 ぽいぽーいっと、荷物みたいに軽い調子で投げこまれたのは、女子寮から遠くはなれた、校舎の図書準備室。

 マスク男子が後ろ手にかぎをしめる音が、おんに響いた。

「じゃ、手っ取り早く、ササッといで」

「はぁっ!?」

 マスク男子の明朗快活な声に、私は目玉をひんむく。

「そのボロぞうきんみたいな中古の制服、さっさと脱いでよ」

「これ、ですか?」

「うん」

 脱げって、これを脱いだら、っパダカだ。

 い、いくら超絶ビンボーで存在感かいの私でも、まだ一応、女子としてのしゆうしんは多少なりともありましてっ!

 ズザザザザッと後ろに下がった私の背中に、まどガラスの冷たいかんしよく

 窓! そうだ、窓からげれば!

 私はふり返るなり窓に飛びつき、ぐわらと開けた窓に足をかける。



「待ちなよ、TEMAちゃん」



 窓わくにかけた手に、電流が走った。

「今……なんて……?」

 ゆるゆる後ろを見れば、さわやかクンのほうが、こんなじようきようじゃなければ好感度二百%のすずしい微笑みを、私に向ける。

「聞こえなかった? もうにゆうりよう手続きのめ切りまで時間ないし、俺たちの話をさっさと聞いてほしいんだけどな、TEMAちゃん」

 聞きまちがいじゃ、ない。確かにTEMAって言った。

 頭から氷水をかぶったように全身がわなないた。

 バレてる……! あのアカウントの持ち主が、私だって。

 な、なんで!? 私の素顔からじゃゼッタイ気づきようもないはずなのに!

 窓にかけてた右足がすとんとゆかもどる。元通り窓を閉めると、彼はまた微笑んだ。

「よくできました」

「あ、あなたがた、なんで私のことを」

「調べちゃった」今度はマスク男子のほうが、じやに笑う。

「でもまさか、ファンスタのアイドルTEMAが、こんな空気な女子だとは思わなかったよ。ってゆうかテマリ、存在感なさすぎじゃない? うちの調査員が君の元同級生にあたっても、みんな『双葉テマリって、そんな子いたっけ』って首かしげてたらしいよ。かろうじて学級委員してたコが思い出してくれたから、どうにか話を聞けたけど」

 彼は胸からメモちようを取り出して、ぺらりとめくる。

「双葉テマリ、中学時代に関する報告、その一。朝礼が始まると、いつの間にかカゲロウのように座ってて、放課後はまたマボロシのように消えている」

「そ、それは、バイトがあったから」

「その二。昼休みもコツゼンと姿を消し、修学旅行も不参加。でもクラスメイトは全員参加だと思いこんで、なんのかんもなかった」

「お弁当がいつも塩むすび一つで、ずかしかったんです。修学旅行もお金がなくて」

ゆいいつテマリを覚えてた学級委員のコも、時々、ホントに実在するクラスメイトなのか分かんなくなったって。一時は、ゆうれいか都市伝説かってウワサもあったらしいよ」

「そ、そんなウワサが……」

 自分のことながらじようだんみたいな存在感のなさだ。

 かわいた笑いをもらす私に、マスク男子も目を細めて笑ったようだ。

なつも同感でしょ? きらきらリアじゆう女子学生ってかんじのTEMAのイメージとは、落差が激しすぎるよねぇ」

「ま、一万人いるフォロワーのうちの一万は、全然ちがうコを想像してるだろうな」

 夏、と呼ばれたさわやかクンは、小さくかたをすくめた。

「だよねぇ。あこがれてるコたち、リアルなTEMAを見たらショックだろうなぁ~」

「ちょ、ちょっと待ってください」あまりのことに声がふるえる。

「あのアカウントは、すごく大切なモノなんです。どうかこのコトは内密に……っ!」

 友達一人もいない空気のクセに、リア充のふりしてとう稿こうしてたなんてイタすぎる。バレたらあんなキラキラした動画、恥ずかしくって二度とアップできなくなるよ。

「でもさ、黙っててあげたいのに、テマリってば逃げようとするから」

「おどしてるんですか」

「ちがうよぉ、お願いしてるだけだよ」

 マスク男子の目は、心から笑ってる。自分が言ってることがまったくもって正しくて楽しくてステキなことだって、心底思ってる目だ。

 私は彼らをにらみつけ──ようとして、いつしゆんで二人の視線に負けて、目を泳がせた。

 なんだこの人たち。なんでこんな非道なコトしてんのに自信満々なんだ。

「きょ、きようはくされたって、警察にかけこみますよ」

「そんなこと言わないほうがいいよ。僕のお願いを聞いてくれたら、君の両親の借金、僕が返してあげるつもりなんだから。ポケットマネーで、まるっとぜんぶ」

 マスク男子は、ジャケットの胸から黒いクレジットカードを引き抜いた。

「借金ぜんぶ……!? だってウチの借金、一千万オーバーですよ」

「あっそ。いいよベツにそのくらい。君にはちょっと時間もらうけど、それで借金全額返済なんて、願ってもないラッキーでしょ?」

 きちさま千人分を、いいよベツにそのくらいって、一体どんな金銭感覚だ。

「どうする? テマリ」

 あくはにっこりと笑う。

 私はごくりとノドを鳴らし、彼が指にはさんだブラックカードを見つめる。

 もし借金がなくなったら──。そしたら、お父さんもお母さんも危険な仕事をやめて、すぐにでも戻ってこられる。家族三人で、またいつしよに暮らせる?

 お父さんたちのかなしいほど善良ながおが心にかんでくる。

 その時、ブブッと胸ポケットのけいたいが鳴った。

 どうぞ、とさわやかクンに目でうながされ、私はとまどいながら画面をスライドする。

「お父さん」

 送られてきた写真には、春なのに寒々とした漁港の写真と、「これからがんばってくるな!」というそうなメッセージ。

 ……お父さん、だいじようかな。海の男たちの中で何ヶ月も遠洋漁業なんてやってけるのかな。お母さんも高山の山小屋なんて、病気やケガでもしたら大変だよ。

 なるべく考えないようにおさえ込んでた心配な気持ちが、せきを切ったようにあふれてくる。

「ま、テマリが無理ならしかたない。次の候補に当たろっかな。TEMAの素顔の写真、手がすべってファンスタに広めちゃうかもしれないけど、それもしかたないよね」

 マスク男子が身を返し、戸のかぎを開ける。

 そっ、そんなことされたら、私の大事なアカウンが……!!

「ま、待って!」

 私は、冷やあせのにじむ手のひらをにぎりこんだ。

「…………や、やります! 双葉テマリ、なんでもやらせていただきます!」

 リアクション芸人バリの決意でさけぶと同時。マスク男子は、

「そうこなくっちゃ!」

 ぱちんと指を鳴らした。




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