第一章 無理難題、言われましても!?_1
「
入寮手続きの最前列。
書類を提出するなりの受付のお姉さんの言葉に、私は一瞬、頭が真っ白になった。
「病気って……。私、いたって健康ですが」
「
「まっ、まさかそんなハズは、」
みるみる顔を青くする私に、事務員さんは事務的に書類のファイルをめくる。
「復学予定は七月一日になってます。昨日、ご両親からお電話いただいたようですね」
「そんなっ。父は今、借金返済の旅でマグロ漁に出てて、母も山小屋の住みこみですし、休学届なんて出すわけありません!」
私の必死の
この天下の天王寺学園の保護者が、借金? って、そんな顔だ。
私の後ろで列に並んでる新入生代理の
で、でも私、ここで
今日寮に入れなかったら、私には今夜の宿すらないんだから……!
なんの因果か、双葉家はそろいもそろって不運体質の
大昔はナントカって大名家にお仕えしてた古い家系らしいけど、不運の波に押し流されて、今や
でも今年、キセキ的にこの日本
これはとうとう双葉家にも希望の光が見えてきたぞって、家族それぞれ新しい
「その届け、まちがいです。もう一度ちゃんと調べてください。私、アパートも引きはらっちゃったから、寮に入れなかったらホントに困るんです!」
事務員さんはしぶしぶ、昨日の電話を受けた担当の人に呼び出しをかけてくれる。
私は受付台に置いた手を
ビンボーヒマなしすぎて、友達も作れなかった暗黒の中学時代。ファンスタで「架空の青春生活」しちゃうくらい切ない日々だったけど、これからはフツーの高校生活をエンジョイできるんだって、リアルな友達とプリ帳集めたり放課後遊びに行ったりできるかもって、すごくすごく楽しみにしてきたんだ。
なのにまさか出鼻からこんな事態になるなんて……!
くちびるをかみしめた、その時。
「やっと見つけた! テマリ、気配がうっすいんだよ!」
背中に
ふり返ると、そこに二人の生徒が立っていた。
今の声の主らしい、
と、あともう一人。すらりと手足の長い、いかにも頭のよさそうな静かな
制服のネクタイが赤だから、私と同じ新入生みたいだけど……。
こんな
しかも今、「テマリ」って言ったよね?
「ど、どちらさま、です?」
「ほらテマリ、早く行くよ!」
マスク男子が、ぐわしっと私の
な、なに!?
「彼女、勝手に病院を
事務員さんににっこり
「
私にだけ聞こえる音量で響いた、低くてオトナっぽい──
私は彼らに
事務員さんがうらやましそうに見送ってるけど、ちょっと待って、これってもしかしなくても
ぽいぽーいっと、荷物みたいに軽い調子で投げこまれたのは、女子寮から遠く
マスク男子が後ろ手に
「じゃ、手っ取り早く、ササッと
「はぁっ!?」
マスク男子の明朗快活な声に、私は目玉をひんむく。
「そのボロ
「これ、ですか?」
「うん」
脱げって、これを脱いだら、
い、いくら超絶ビンボーで存在感
ズザザザザッと後ろに下がった私の背中に、
窓! そうだ、窓から
私はふり返るなり窓に飛びつき、ぐわらと開けた窓に足をかける。
「待ちなよ、TEMAちゃん」
窓わくにかけた手に、電流が走った。
「今……なんて……?」
ゆるゆる後ろを見れば、さわやかクンのほうが、こんな
「聞こえなかった? もう
聞きまちがいじゃ、ない。確かにTEMAって言った。
頭から氷水をかぶったように全身がわなないた。
バレてる……! あのアカウントの持ち主が、私だって。
な、なんで!? 私の素顔からじゃゼッタイ気づきようもないはずなのに!
窓にかけてた右足がすとんと
「よくできました」
「あ、あなたがた、なんで私のことを」
「調べちゃった」今度はマスク男子のほうが、
「でもまさか、ファンスタのアイドルTEMAが、こんな空気な女子だとは思わなかったよ。ってゆうかテマリ、存在感なさすぎじゃない? うちの調査員が君の元同級生にあたっても、みんな『双葉テマリって、そんな子いたっけ』って首かしげてたらしいよ。かろうじて学級委員してたコが思い出してくれたから、どうにか話を聞けたけど」
彼は胸からメモ
「双葉テマリ、中学時代に関する報告、その一。朝礼が始まると、いつの間にかカゲロウのように座ってて、放課後はまたマボロシのように消えている」
「そ、それは、バイトがあったから」
「その二。昼休みもコツゼンと姿を消し、修学旅行も不参加。でもクラスメイトは全員参加だと思いこんで、なんの
「お弁当がいつも塩むすび一つで、
「
「そ、そんなウワサが……」
自分のことながら
「
「ま、一万人いるフォロワーのうちの一万は、全然ちがうコを想像してるだろうな」
夏、と呼ばれたさわやかクンは、小さく
「だよねぇ。
「ちょ、ちょっと待ってください」あまりのことに声が
「あのアカウントは、すごく大切なモノなんです。どうかこのコトは内密に……っ!」
友達一人もいない空気のクセに、リア充のふりして
「でもさ、黙っててあげたいのに、テマリってば逃げようとするから」
「おどしてるんですか」
「ちがうよぉ、お願いしてるだけだよ」
マスク男子の目は、心から笑ってる。自分が言ってることがまったくもって正しくて楽しくてステキなことだって、心底思ってる目だ。
私は彼らをにらみつけ──ようとして、
なんだこの人たち。なんでこんな非道なコトしてんのに自信満々なんだ。
「きょ、
「そんなこと言わないほうがいいよ。僕のお願いを聞いてくれたら、君の両親の借金、僕が返してあげるつもりなんだから。ポケットマネーで、まるっとぜんぶ」
マスク男子は、ジャケットの胸から黒いクレジットカードを引き抜いた。
「借金ぜんぶ……!? だってウチの借金、一千万オーバーですよ」
「あっそ。いいよベツにそのくらい。君にはちょっと時間もらうけど、それで借金全額返済なんて、願ってもないラッキーでしょ?」
「どうする? テマリ」
私はごくりとノドを鳴らし、彼が指にはさんだブラックカードを見つめる。
もし借金がなくなったら──。そしたら、お父さんもお母さんも危険な仕事をやめて、すぐにでも戻ってこられる。家族三人で、また
お父さんたちの
その時、ブブッと胸ポケットの
どうぞ、とさわやかクンに目でうながされ、私はとまどいながら画面をスライドする。
「お父さん」
送られてきた写真には、春なのに寒々とした漁港の写真と、「これからがんばってくるな!」という
……お父さん、
なるべく考えないように
「ま、テマリが無理ならしかたない。次の候補に当たろっかな。TEMAの素顔の写真、手がすべってファンスタに広めちゃうかもしれないけど、それもしかたないよね」
マスク男子が身を返し、戸の
そっ、そんなことされたら、私の大事な
「ま、待って!」
私は、冷や
「…………や、やります! 双葉テマリ、なんでもやらせていただきます!」
リアクション芸人バリの決意で
「そうこなくっちゃ!」
ぱちんと指を鳴らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます