青春ストーリー大特集!〈ドキドキ編〉

角川ビーンズ文庫

嘘恋シーズン #天王寺学園男子寮のヒミツ/あさば深雪

プロローグ




 春風にあおられ、雪のようにいあがる桜の花びら。

 その一枚がひらひらとスマホの画面に落ちてきた。

 やわらかな、みずみずしいピンク色。

 それをつまんで、朝のざしにかざしてみる。

 ピンクの向こうは、ほのかにけた「てんのう学園」の古いアーチ門。

 きらきら美しい光景に、私はカメラアプリを起動して、風にはためく花びらを三秒の短い動画におさめる。

 校門のかげに身を寄せてから画面をちゃちゃっとスライド。

 画像フォルダには、メイクもかみも盛り盛りのキラキラ女子を、あのポーズこのポーズ、あらゆる角度からさつえいした写真と動画がびっしりだ。

 アイドルさながらの、このりデータの数々。

 ぜんぶ朝の四時からウチで撮ってきたヤツだ。

 私はその中から特に映りがイイのをいくつか選んで、さらには、登校ちゆうに出会ったねこや、コンクリートから顔を出したタンポポ、青空を横切る飛行機雲の動画を続けてタップ。

 さっきの桜のデータもいっしょに、ぽぽんっと編集アプリにつっこむ。

 しゆがきわまって、内職バイトにもなってる動画づくり。ようやく納品が終わったとこなのに、桜の花なんて見ちゃうと、またウズウズしてきてしまう。

 ホントはパソコンで編集したいけど、今は時間もないし、とりあえずこんなかんじかな。

 コメントは「新生活スタート♡ ♯にゆうりよう式 ♯今日からJK女子高生 ♯がんばるぞ」で。

「よしっ」

 かけ声と共に、ファンスタにUPだ。

 ファンスタって、写真や動画をとう稿こうする世界的に人気のSNSで、私、すっかりハマってるんだ。

 するとすぐさま「いいね!」やコメントがつきはじめた。

 ──TEMAちゃん今日もさわやか! さすが、すてきな動画~♡

 ──いいなー! TEMAと同じ高校行きた~い!

 私は画面にウフフとほくそえむ。

 そのひそやかな笑い声を聞き取ったのか、校門を通り過ぎる男子生徒がこっちをふりむいた。青のネクタイ。三年生だ。



 暖かな風がザッと音を立てて通りけ、彼と、私の髪をふき流す。



 私たちは、永遠に時が止まったかのように見つめ合う。そしてこれから始まる新しいこいの予感に胸をときめかせ──。



 なんてことは、なく。



 彼の視線は空気をなぞるようにそのまま通りすぎ、私はけいたいに目を落とす。

 暗転してた待ち受け画面に、私の顔が映りこんだ。

「ウッ」

 はからずも直視しちゃった現実に、思わずうめく。

 銀フレームの地味なメガネ。さびしげに下を向いたまゆに、うっすいマツゲ。カラコンも入れてない目は、せめて男子だったらよかったのにっていうサッパリ仕立て。

 自撮り写真とは似ても似つかぬ、へいぼんな、地味な、むしろ空気な顔。

 ファンスタでフォロワー一万えの自撮り女子中学生、じゃないや、今日から女子高生の「TEMA」と私が同一人物だなんて、この場のだれも気づくまい。

 あれは私のメイクテクで作り上げた、いわば「くう」の私なのだから。

 ホントは今日、高校デビュー的にTEMAのかっこうで登校することも考えたんだけど、盛りまくったTEMAのキャラと本来の自分の落差が激しすぎて、寮生活で二十四時間、演じきれる自信がなかったんだ。

 あっちは夢の世界、こっちはリアルな世界。そうきっちり住み分けておくことが、夢を見続けるためには大切だ。

「入寮手続きのさいこうはこちらでーす!」

 係のセンパイが、看板をかかげて手をふってる。

「ねぇ、SSのみなさん、まだ来ないわね」

「男子寮のほう、のぞいてみましょうよ!」

 きゃっきゃと楽しげな笑い声をあげながら、センパイたちが通りすぎていく。

 さて、私もそろそろ現実にもどらなきゃ。

 息をついて、ファンスタの画面を消そうと指をすべらす。

 と、そのしゆんかん、携帯がブルッとふるえた。

「オールオッケーだよ、おつかれ~、TEMAちゃん」

 内職バイトのらい人「青リンゴさん」からの、提出物OKのれんらくだ。

 よかった、連日ずに働いたかいがあったよ。これでお父さんたちにも仕送りできるし、しばらく携帯料金の心配せずに済みそうだ。

 新生活初日、さいさきのいいスタートだな。

 ほくほくしつつ、携帯を制服のジャケットにしまう。

 ──が。私のへいおんは、今日を限りにおしまい。

 そう気づかされるまでには、あと十分とかからなかったのです。





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