第1話「それは幼なじみの恋のゆくえ」⑤

『よかったねぇ。元気になって』

 翌日、私は寧々たちのてんまつを一応先生にも報告しておこうと、カウンセラー室へと向かっていた。

 なぜかセイゴが付いて来ていつものごとくペラペラとしやべってるけれど、すべて無視である。ミィちゃんもセイゴを追うようについてきていた。

『しかし彼、いい仕事したよね。あのままとつげきしてたら、絶対に寧々ちゃんがはじをかいてただろうし』

 そうなのだ。緑間くんは私たちと別れたあと、寧々のクラスに行って土下座しようとしたらしい。それをなんとかさわぎになる前に止めたのが初山くんだった。

 結果、五限目の授業に初山くんの姿はなかった。セイゴが言うには、同じく授業に出なかったふたりについていたそうだ。が、寧々に対してやはり土下座しようとする緑間くんをなんとかなだめて、おん便びんに済ませたらしい。

 ──今回の件で一番の功労賞は私でも先生でもなく初山くんのような気がする。

 なお、心配していた寧々はというと、かべを乗りえたおかげかいんうつな感じがうそだったようになくなってがおが戻った。

 緑間くんも同じようで、ふたりと接点の多い初山くんが言うには甘すぎてきそうとをこぼすぐらいのラブラブっぷりらしい。

 だけど、すべてが思っていた方向には転ばなかった。

 私は言うつもりはなかったのに、緑間くんは裏で私が動いていたことを全部、寧々に話していた。

 その話を寧々から聞いて、勝手に動いたことを謝ると「束ちゃんが男だったら絶対にれてたのに」とのお言葉をいただいた。

 寧々のなにげない一言に私は嬉しくなった。私だって男だったら寧々に惚れてたと思う。緑間くんのように悲しませたりなんて絶対しないのに。

「あ、結野さん!」

 ちゆうで姿を消したセイゴに構うことなく向かったカウンセラー室では、先生とともに初山くんと、それに緑間くんがむかえてくれた。

 ローテーブルの上にはおなじみの紙コップ。どうやら男三人でお茶をしていたようだ。

「いま初山と緑間から昨日の話を聞いていたところだ」

 私もソファに座って……と思った矢先に先生に用事をつぶされて遠い目になる。

 ずっと話し続けるうるさいセイゴと途中までいつしよにここに来た意味はいったい。

「あー、じゃあ帰ります」

「せっかくだ。茶でも飲んでけ」

「そうだよ結野さん。ちょうどわたしたいものもあったし」

 先生や初山くんにそう言われたら私も断れない。

 せっかく来たことだし少しだけおじやしようと、空いている先生のとなりこしを下ろした。

「結野さんも来るかなって思ったから──廉」

「ああ」

 緑間くんがテーブルの上に出したのは彼には少し不似合いな、小さくておしゃれなかみぶくろだった。紙袋に印刷されているのは有名なチョコレートブランドのロゴである。

「これ、俺と廉から。受け取ってくれるかな?」

 と、言われても。これを受け取る理由がない。それにたぶんこれ、お高いやつだよね?

 まどっていると緑間くんが気まずそうに口を開いた。

めいわく料だ」

「そういうこと。結局のところ俺が原因だったし廉も迷惑かけたし、ふたりで用意したんだ。受け取ってくれるとありがたいかな」

 だけど原因がどうあれ、私は寧々のために動いただけだ。だったら場を提供してくれた先生に渡すべきでは?

「そういうのは私じゃなくて先生に」

「私も受け取ったから気にするな」

 先生ももらったと聞いてさらにどうしていいのかわからない。

「で、でも……これ高いよね?」

 そう聞けば緑間くんは目を丸くして初山くんは私の言葉にき出すように笑った。

「結野さん気にしすぎ。一番安いやつだし、廉とふたりで出してるから安心して」

 気にしていたことを気にするなと言われて言葉にまる。

 こういうのは逆に受け取らないと失礼だ。たぶん。

「じゃ、じゃあ、えんりよなく……ふたりともありがとう」

 置かれた小さな紙袋を手に取ると私はそれをソファの上に移動させた。

「それと結野さん。今度さ、花川さんと一緒に試合見に来ない?」

 試合というのはふたりが所属するけんどう部の試合のことだろう。いきなりのおさそいにびっくりしたけれど、そういえば寧々からひとりでいくのはさびしいしずかしいからついて来て欲しいとまえに言われていた気がする。初山くんにも誘われたしちょうどいいだろう。

「寧々にも誘われてたし、それは構わないけど」

 私の返事を聞くと「約束ね」とうれしそうに笑みをかべた。

 ──うん。だれかが嬉しそうにしてるのはやっぱり良いなぁ。

 そんなことを考えていると、先生がよくわからないことを言いだした。

「初山、険しい道のりだぞ?」

「それくらいわかってますよ」

「は? いったいなんの……」

 話をしてるのだろうか?

 緑間くんは少しおどろいたように初山くんを見ているし、先生はどこかろんげだった。

「君は気にするな」

 先生にはそう言われたけれど、余計に気になる。でも、初山くんたちが「部活がある」と言って部屋をあとにしてしまったために結局うやむやになってしまった。

「ところで、君からは礼はないのか?」

「は?」

 紙コップを片手に先生からそんなことを言われて、思わずけんにしわを寄せる。

「まさか見返りが欲しくてやってたんですか?」

「そんなわけないだろう。ただ今回は初山たちが用意していたからっ込んだだけだ」

「うっ……」

 たしかに。男である初山くんたちのほうが気配りできるというのは由々しき事態だ。

「とはいえ、君の場合は礼などなくとも今日ここに来た時点でカウンセラー室通いは決定こうだがな」

「はい?」

 カウンセラー室通い? 決定事項?

 いったい先生は、なんのことを言っているのだろう。

「言っている意味がわからないんですが」

「私の秘密を知って自由の身でいられると思っているほうが驚きだ」

 あまりにもじんな物言いに私はぼうぜんとした。

 そして。ここではじめて、先生の策略にはまっていたことに気づいた。

 あのとき、話すだけの価値があると言ってたのもすべてこのためだったのだろう。

 もしかしたら私の話を受ける時点で考えていたのかもしれない。いろいろ考えればつじつまが合う。

 嬉しそうにおもしろそうに笑ったのもすべてはこれだったのだ。

 私はいつしゆんにして絶望に打ちひしがれる。

ゆうれいえるというだけでも価値はあるがそれ以上に君は使えそうだからな。週三日、カウンセラー室に通って手伝うように」

「いやいやいや、絶対におかしいですよ先生! ここ、カウンセラー室ですよ!?」

 つうに考えたら常時誰かが出入りするのはおかしいと思う。

 だけど、先生は問題ないとそれを否定した。

「あいにく、私の部屋はれんあい相談したい生徒ばかりでな」

 先生いわく、メンタル的な相談のほとんどは、もうひとりいる女性のカウンセラーが受け持ってるらしい。どういうことなの……。

【画像】

「それって先生の口調や態度が問題なんじゃないんですか?」

「資格を持っているだけで性格上向いていないし、やさしくもできん」

「じゃあ、なんでカウンセラーしてるんですか?」

えんだな」

「うわー……」

 なるほど。似て非なるなんちゃってカウンセラーか、と私は半ば無理やりなつとくした。

 できればこのまま話の流れに乗ってカウンセラー室通いをしたい。

 けれど、そううまくはいかないらしい。

「週三日。来なかったら呼び出しだな」

「職権乱用! 横暴!」

 こうして。な先生の言葉によって、私のカウンセラー室通いが強制的に決定したのだった。



<続きは本編でお楽しみください。>

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