第2話「約束」①
トンボの地味子。
クラスのみんなが私をそう呼んでいるのは知っている。
真っ黒な
そう呼ばれるのは仕方ないって思ってた。
だって本当に地味なんだもん。
まだ十七歳だっていうのに、明るさなんて私には
だから友達もいなくて、いつも
勉強をする事は
だってまだまだ自分が知らない事はこの世の中にはたくさんある。
だからこそ
そしてそれは恋愛小説も一緒。ラストは絶対にハッピーエンドだもん。
こんな地味子の私でも少しは女の子らしくいられる時間がこの恋愛小説を読んでいる時だけ。
だって、こんな見た目の私。
トンボの地味子だよ? 誰がトンボに好意を寄せてくれるの?
恋愛を
「
ある日の放課後、
トンボの地味子とは呼ばず、私の本名である柏木
名前の通り、とてつもなく広い大地のような心と熱い感情をぶつけてきた男の子が私の前に現れた。
■□■
赤城君が現れたのは本当に突然だった。
クラス委員長である私が日誌を一人で書き終わったこの時間。
いつもの
そして恋愛小説の世界にのめり込み、
家に帰ったら親が決めた家庭教師との生活が待っている私にとって、
そして、その日もいつもと同じく変わらない放課後を過ごしていたその時。
バタバタバタッ!! と
「
せっかく高校生同士の
誰だろう? 誰かが忘れ物でもしたのかな?
視線だけ
「わっ! 誰かいた!!」
突然現れた男子は、スポーツロゴがプリントされたタンクトップにグレーのハーフパンツ姿で首にはスポーツタオルをかけていた。
それに確かこの背の高い男子。バスケ部でエースをやっているって聞いた事がある男子だ。クラスは確か
「
「おっ! 俺の名前知ってんの?」
イケメンなのに
その明るい表情にドキッとしてしまった。
でもこの人、彼女がいるはず。だってクラスの誰かが、彼女がいるから
このクラスに来たってことは、私以外の誰かに用があるわけで……
「なー、赤城のやつ知らない?」
……赤城君。
ウチのクラスのバスケ部員の男子の一人だ。
私が通っている高校は、バスケ部が県内ではトップレベルの強さを
「なぁ、探してるんだけど? ここには来てねぇ?」
「うん……見てない」
小説にまた視線を
「ふーん、そっか。じゃーいいや! もし赤城のやつ見かけたら、バスケ部のやつらが探してた! って言っといてくれよ!
「えっ? ちょっ」
勢いよく立ち上がり深谷君に声をかけたけれど、それだけを言い残してあっという間にその場からいなくなってしまった深谷君。
私が赤城君に伝言とか……自分から男子に話しかけるなんて。
「で、出来ない。出来ないわよ、そんなことっ!」
独り言を言いながら立ち上がった時に眼鏡がズレたからかけ直した。
すると、黒板の前の
「へっ? えっ?」
教壇? 今、教壇から音が聞こえてきた気がする。
もしかして放課後だけ
いや、でもまだ外は明るい。そんなものが出るなんてまだまだ早い時間だ。
じゃぁ……誰?
もしかして変質者? 校内に
教壇の中からはおかまいなしに大きな音を鳴らせて、黒くて大きい
「あーーっ!
「きゃああああっ!」
突然大きな音と大声と共に現れた長身の後ろ姿。
あまりの
現れた長身の男の子はウチの学校の制服を着ていて、教壇の中に無理な体勢で
腕を伸ばした後、その男子はゆっくりと私の方を
そしてその顔は……
「あ、赤城君?」
「おー。柏木、ありがとうな、
私が変質者と思った相手は、さっきまで深谷君が探していた赤城君その人だった。
クラスメイトであったことに安心して気が抜けた気持ちと、「どうしてあんなところに?」と疑問に思う気持ちで胸の中はいっぱいだ。
今すぐにでも
そして今の
「あーっ! やっと抜けられた! ったく、さっさと探しに来て部活に行けってんだよな」
伸ばした長い腕は背伸びをやめて、今度は
そして歩いて近づいてくる赤城君はクラス一身長が高いのもあるけれど、あっという間に後ろの席の方にある私の机までやってきた。
「悪かったなー。驚かせて。でも、スゲーだろ? 俺のかくれんぼ」
「……」
返事の言葉は出てこなくて、ただ首振り人形みたいに上下に
おかげで
「んっ?
それはもしかして「隠れ
私の目の前には赤城君の顔があり、
それにしても……
「ち……」
「ち?」
「……近い」
「へっ? 何?? 声、ちーせぇよ」
「ち、近いっ」
「だから何??」
さらに近寄ってくるただのクラスメイトの赤城君の顔。
この人は人見知りもしないクラスの人気者だからいいけれど、人付き合いが一番苦手な私にはこんなの
「ち、近い!
力を込めて赤色のブックカバーを赤城君の顔面に押し当てた。
「いっ……て!」
思いっきりぶつけたブックカバーは見事に赤城君の顔面にヒットして、離してみると赤城君の鼻の頭は真っ赤になっていた。
「そ、そんなにイキナリ近寄ってきたら驚くし……それに、何で!? いつからあんなところにいたの!?」
ぶつけた本で今度は自分の顔半分を隠し、目だけを出して赤城君を見ていた。
慣れない男子との会話にこめかみからは次々と
そんな私を赤城君は何とも思っていないのか、よくぞ聞いてくれました! みたいなニッコリと笑った顔で
「教壇の下だろ? 隠れたのはみんながいなくなってからだ。お前ずっとここに座っていたのに、日誌書いてからも全然気付かないんだもんな。本ばっか読んでて」
顔が
ずっと見られていたんだ、私の行動の一部始終。
「すっげー幸せそうな顔で本、読むんだな。柏木って。いつもそんな顔してりゃいーのに」
赤城君は赤くなった鼻を
ただでさえ
「か、帰る……」
「えっ? ちょっ」
「さようなら!」
赤色のブックカバーを学生
もう赤城君がなぜあんなところに隠れていて、バスケ部の子がどうして探しているのかなんて事情はどうでもよくなっていた。
「おーい! 柏木! 待てよ!」
遠い後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえる。
振り向いたら、教室の窓から顔だけを出して赤城君は私の姿を見ていた。その時、目と目が合い、ますますどうしていいかわからなくて逃げる足が速くなる。
なのに赤城君は……
「また
聞こえていないふりをして、今度は鞄で顔半分を隠しながら私は早歩きで
いつも帰る時間は授業が終わってすぐ下校する生徒と、部活後の生徒が帰る間の時間だからほとんど同じ学校の子はいないのに、今日はいつもより早いせいか同じ制服を着た生徒をチラホラ見かける。
それもみんな楽しそうにどこかに寄る予定をたてながら。
私と違い、制服もオシャレに
学校の中では地味でもいい。その他大勢の一人でいられるから。
でも、一歩学校の外に出ると、
逃げるようにしてやってきたバスに乗り込む。
でも、家に帰ったら帰ったで別に
「あら、今日は早いわね。放課後、予習復習はしてこなかったの?」
家の中に入るなり、「おかえりなさい」の言葉さえもない私の母親だ。
「……今日は、放課後にクラスの子が残ってて集中出来なかったから帰って来た」
「そう。だったら家庭教師の先生が来るまでちゃんとやっておきなさいよ。
お勉強は
「はい」
「ただいま」も言わない私達親子の会話。
階段を上がりながらいつからこんな会話しかしなくなったんだろう……っと、ふと思った。
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