スキキライ 第1話②


『そっち手伝えなくてゴメンね。鈴のクッキー、楽しみにしてる♥』


 クッキーが焼き上がるのを待っていると、親友のからメールが届いた。

 千歌は同じ家庭科部のメンバーであり、生徒会役員も務めている。

 それも、二年生なのに副会長だ。

 今日だって、新入生かんげいかいで生徒会長といつしよにステージに立つことになっている。


 明るくて、やさしくて、自分の意見をはっきり言える千歌。

 ぶっちゃけ地味で人見知りなわたしとは、住む世界がちがうタイプだと思う。

 それでもこんなに仲良くなれたのは、彼女が毎日根気強く声をかけてくれたから。


『全然気にしないで。千歌こそ、司会がんばって! あと、クッキーは新入生用だからね?』


 げきれいのメールを打ち返すと、一息ついたわたしは窓の外をぼんやりながめた。

 家庭科室から葉桜を見るのは、これで二度目だ。

(今年は開花がおそかったから、入学式はさくら吹雪ふぶきがキレイだったんだろうなぁ)

 おかの上にある私立あいさか学園はしき内にも緑が多くて、校門から校舎まで続く桜並木は、受験生にも人気だった。かくいうわたしも、入学案内のパンフレットで一目ボレしたんだけど。


「鈴、そろそろ焼き上がりそー?」


 ドアが開いて、部長がひょこっと顔をのぞかせた。

 わたしはあわててイスから立ち上がり、オーブンへとけ寄る。

「あっ、はい! あと五分くらいです」

「よしよし、それならゆうで放課後に間に合うね」

 今日はこのあと体育館でしんかんがあり、部活しようかいが行われることになっていた。

 そして放課後になると、新入生たちが興味のある部活へ説明を聞きにやってくる。

 このクッキーは、彼らへのワイロ……じゃなくて、お茶うけだ。


「にしても、こんなに作ったら余っちゃいません?」

「今からそんな弱気で、どーすんの! いい? 私のれいな部活紹介で新入生の気を引き、見学に来たヤツらのぶくろを、あんたのクッキーで一人残らずゲットするんだからねっ」

「一人残らずって……」

「たしかに一人残らずは無理か、軽音部がいるもんね。新入生たちの中には、彼らのファンだからって追っかけ受験してきた子もいるみたいだし」

「……やっぱ今年もそうなんですね」


 逢坂学園軽音楽部ことハニーワークス、つうしようハニワは県内でも有名なバンドだ。

 ハニワにあこがれて入学する生徒は後を絶たず、かくいうわたしも中学時代にハマった一人。

 もっとも、当時は加賀美蓮じゃなくてさんといううたひめが率いてたんだけど。


「マジで今日の新歓ライブ、めちゃくちゃ楽しみなんだけど! 鈴も待ちきれないでしょー」

「そりゃあ、ウチの目玉ですし……」

「ふふっ。これでまた、王子のファンが増えちゃうね~」

 この学園で王子なんてあだ名で呼ばれているのは、たった一人だけだ。

 わたしは呼んだことないし、今後もいつさいない。

「そういえば鈴、王子と同じクラスになったんだって? やったじゃん」

「……ちっともよくないです」

 どうしようもなく気が重たくて、自然と地をうような低い声が出た。

 何しろ加賀美蓮は、半年も続くわたしのなやみの種なのだ。


 たしかにわたしはハニワのファンだし、彼の歌声もスキだ。

 だからって、別に近づきたいなんて思ったことはない。断じてない。

 遠巻きに見てるだけでじゆうぶんだったのに、なぜか去年の文化祭以来、追いかけ回されている。

 王子様あつかいの彼に必要以上に構われることで、へいおんな日々はあっけなくくずれ去った。


 あのチャラ男……。

 ささやかだけどおだやかな、わたしの日常を返せ!


「なるほど。はずかしがり屋の鈴には、王子のもうアピールは荷が重いか」

「……なんの話です?」

したってムダだよ、ウワサは三年まで回ってきてるんだから」

「えっ……」

「蓮くんって去年、休み時間のたび鈴のクラスに顔を見せにきてたんでしょ? ろうですれ違うときは、大声で名前呼びながら手をふってたって聞いたし」

「忘れてください、今すぐおくからまつしようしてください」

「そんなにイヤなんだ? ……ずっと聞きたかったんだけどさ、何がきっかけだったの?」

「こっちが聞きたいくらいです!」


 からかわれてる理由なんて、そんなの知らない。

 単純に、楽しいから? それとも、いやがらせ目的とか?

 なんにせよ、めいわくこうそつこくめてもらいたい。


「ねえ、鈴……。彼氏だ、デートだって表立ってはしゃげるのは、二年生までだよ?」

「……でもわたし、そういうのは当分いいです」

「ええー? 彼氏ほしくないの?」

「……はあ、まあ……」


 部長の言葉を完全には否定できなくて、あいまいに笑ってみせる。

 中学のときはそうでもなかったけど、高校生になると周囲に彼氏彼女が増えていた。

 何かっていうとこいバナを聞くし、わたしもまったく興味がないわけじゃない。


 でも、なんていうか……。

 はつこいもまだのわたしには、どれもこれもピンとこないんだよね。

 友だちに相談されても、まるでドラマとか小説の世界の話みたいだなって思っちゃうし。

 鈴は好きな人いるの? どんなタイプが好き? って聞かれても、全然答えられないし。


「そういう部長こそ、どうなんですか? 前に、あこがれの人がいるって言ってましたよね」

「私はいいの。だってとっくに卒業しちゃってるもん。かいせんぱいっていって、私が一年生のときに軽音部の部長だったんだよね」


 二年前ってことは──。

 部長の言葉に、ドクンとどうねる。

「未来さん! 歌姫の未来さんもいましたよね!?」

「へ? ああ、うん、私の一個上だからね」

「そっか、そうですよね! いいな、うらやましい!」

「鈴もそんな大きな声、出るんだね……。何、未来先輩のファンだっけ?」

「はいっ。未来さんが逢坂の軽音部にいたって聞いて、それで受験したくらいです」


 未来さんは、逢坂学園がほこる伝説のディーバだ。

 高校在学中にスカウトされ、卒業を待たずに上京し、そのままプロの仲間入りを果たした。

 メジャーデビュー曲からずっとランキング一位の常連で、今年はアリーナクラスのライブツアーが決定している。しかも海外のフェスにも呼ばれていて、本格的に進出するんじゃないかってウワサもあるくらいだ。


「未来先輩の十分の一でもいいから、王子にも興味持ってあげればいいのに」

「お断りします」

「あーあ、こりゃぜん多難だわ。これから新歓なんだから、がおキープしてよ?」

「ど、努力します」

「そうしてください。んじゃ、全力で新入部員を確保しにいくわよっ」

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