2.自由の国からきた王子
夏も本番!
「宇城は顔だけなら
男女六人で教室の机や
二年三組の教室は西日が大量に入り、遅い時間のほうが明るいくらいだ。
「
ぎゃはは、と
「マジだ! それは逆に言えば朔哉には顔以外いいとこがない、って断言してるようなもんじゃん」
この発言は同じく宇城くんの親友の
三人は男子サッカー部の
エースは宇城くんなのに、もろもろの理由で部長・副部長には適していないと判断されたとの
「だって実際そうじゃん! バカだしうるさいし、ガサツだし
前原奏と
「宇城朔哉は残念イケメンの代名詞。完全なる観賞用! ま、それが学年を通しての共通
と、ここで奏が、茶色く染めた長い
「別にぜんぜんいいよ、それで。俺、好きな子以外にモテたいと思わねえもん」
気分を害したそぶりもなく、宇城くん本人はつむじのあたりを人差し指で
「でもその好きな子にはめっちゃモテたいんだろ? だからこうして女子に相談……それも……」
そこでぶあっはっは! と多田山くんがまたもや大口を開けて笑い出した。
ああ!
「そんじゃさ、具体的に俺どうすればいいわけよ? その、顔で推す、ってどういうこと? 前原」
そこで奏はちょっと前かがみになって宇城くんに顔を近づけた。
「今のままじゃ宝の持ちぐされのイケメンをアピールするんだよ。かっこいい写真ばっかりを
「今はね、宇城。自撮りする時のための自撮り棒ってものまであるんだよ」
「なんだそれは? 吉住」
「見たことない? 携帯をその棒の先にセットして手元のボタンを押すの。そうするとある程度離れた場所から自撮りができるし、アングルにバリエーションも出るんだよ」
「ほー、なるほどな。ああ、なんか女子がやってるの見たことある」
「でしょ? あとね、セルフで撮るやり方もきっちり覚えれば、両手を離して自由なポーズもできちゃうよ」
「へえ」
「人気の若手タレントの写真集なみにかっこよくできると思うよ、宇城なら」
「ふうん、そうかな」
「そうだ! タレントの写真集を参考に使えばいいんじゃない? どういうアングルがかっこいいかよくわかると思うよ?」
「ほー、なるほどねー」
奏の言葉に
もう奏も凜子も
宇城くんが、わたしの
「ところで波菜。お前、タレントで
「え? あのー、えーと、そのう、特には……」
わたしは下をむいて、ごにょごにょと
「は? 聞こえねえよ。誰だと?」
「……
とりたてて好きなタレントはいないけど、わたしに
宇城くんとわたしのやりとりに、まさにゲラゲラって形容がふさわしい大声で、
ああ……神さま、仏さま、アーメンです! わたしを宇城くんからお救いください。
「波菜がそいつのことがタイプなら、俺負けないようにめっちゃがんばるわ!」
自分の首筋から
「やっぱ。波菜、むちゃくちゃかわいい! もうおもちゃみたい! そうやって俺が言ったことで、スイッチ押したみたいに
「
わたしは椅子に座ったまま頭を
やっぱりまた遊ばれてるよー。この赤くなるのだけは自分でもどうにもならないんだってば。
「うるさいよっ! 宇城! このドS変態っ。波菜の赤面
奏が宇城くんの頭を平手で豪快にスパコーン! と
さっきまで
その後、わたしの
「だって波菜、俺がなんか言った時しかここまで真っ赤になることないぜ? 意識されてるみたいで超気分いいし。もう何よりかわいくて! おもちゃみたいで!」
……なんですか、そのおもちゃ、って!
嫌な思い出があって苦手なんだよね。その〝おもちゃみたいでかわいい〟という表現方法は。
「朔哉……。かわいいで
多田山くんが
高校に入ってからほとんど治りかけていた赤面症。宇城くんのせいで完全復活している。
……宇城くんに対してだけは、実は特別なんだ。
からかわれてもかわし方のスキルも持たない島本波菜、高校二年の十六歳。不覚です。
■□■
二日後、わたしの携帯は奏に
完全に油断していたのだ。放課後の教室で、奏と凜子のバスケ部が終わるのを待っていた。
二人が入ってきたことにちっとも気づかず、そのまま後ろから携帯をひょいっと取り上げられてしまった。
画面に集中し過ぎていたみたい。取り上げられてから
「きゃーっ! これマジ? あいつほんとにイケメンだよね」
「うわっ。すごいね。宇城が本気を出すとそこらへんの芸能人は完全に負けるよ」
「波菜が名前出したから、竹河涼の写真集を絶対に参考にしたよ、これ!」
「てか、構図やアングル全くそのままなんじゃん? 写真集見たことはないけど、これ
奏と凜子は
わたしの携帯のメッセージアプリ画面には、ゆうに三十を
凜子が言ったように、たぶん竹河涼の写真集の構図をそっくりそのまままねしたんだろう。
最初の画像は
その次のは、裸にそのまま赤いパーカーを羽織り、フードを
目を閉じて青空を
なぜか正装もあった。白いシャツに銀の
高校生がいきなりこんな……素人目にも上質なタキシードを持っているところからして、やっぱり宇城くんは相当のお
ふだんじゃ絶対にしない格好やポーズがこの後も延々と三十以上も続くのだ。
こんなものを正視に
ただ芸能人でもないのにこれを平気でやってのけ、しかも女子の
「これをなんの疑問もなく
「全く! 発見したのがあたしたちじゃなかったら完全にドン引きされて、まあネタにされるよね」
数秒後、最初のテンションはどこへやら、奏に続き凜子も声をひそめ、
「奏、凜子、これ、絶対に絶対に言いふらしたりしないでよ? こんな
「わかってるよ。宇城はあれでも友だちだからね」
「さらしものなんかにできないもん。……どんなにバカでも。てか、セルフ使いこなしてるよ。練習までしちゃったのかも。あいつの必死さがマジでかわいい! 泣ける!」
泣けると言っているくせに、凜子はきゃはは、と声を出して笑いころげている。
「もう、奏も凜子も立派に
「そんなことしてないよ!
「凜子ってば! ほんとに好きな子にこんな恥ずかしいことができるわけないでしょ? わたしはからかわれてるだけなんだってば!」
「確かにからかいがいはあるよね。波菜はいまどきめずらしい絵に
うっ! 人の一番気にしていることを! だいぶよくなったんだよ、これでも。
奏も奏で、わたしがそれを他人、とくに男子から指摘されると
わたしは奏から乱暴に携帯を
窓から
今日は早くに終わることがわかっていたバスケ部と
わたしの待っている教室に奏と凜子がきてくれるまでの数時間、こっそりカーテンの
身長一七五センチは、高校二年としては高いほうだと思う。でもサッカー部はたまたま長身が多いから、体形としては完全に
同じユニフォームを着こんだ選手がどんなに団子状態でボールを追っていても、
今、宇城くんとか多田山くんとか森本くんとか、クラスの真ん中でのびのび高校生活を送る男子と仲良くできるのは、幼なじみの奏がいつもわたしと一緒にいてくれるからだ。
奏は美人で明るくて竹を割ったような性格で、わたしの
そうじゃなきゃ、わたしのように地味で目立たなくて、おまけに男子とまともに口もきけないような子が、放課後に男女のグループで群れる、なんて青春っぽいことはできない。
ただし、しゃべっているのは奏や凜子が多い。
奏や凜子の前でなら
それでも最近はかなり慣れてきた。自分でも目をみはる進歩だと思う。
だけどそれは、最初の
このグループの男子は基本的に
おかげで今はとっても楽しい。学校にくるのが楽しみで仕方ない。
……実は
小さい頃からの性格形成に男子が
面倒だっただろうに、わたしをからかう男子をいちいち
五年の時にその子と気まずくなってからは、奏ひとりがわたしを守ってくれていた。
もっとも、男子も高校に入ったとたんぐっと大人びてきて、今ではわたしが赤くなって口ごもることがあってもスルーしてくれる(宇城くん除く)。
だからこの日向坂高校も二年目になった今、わたしは少しずつ男子に対して
きっと努力もある。わたしは高校に入ったら、奏の背中にばかりいるのはやめようと決めていたから。
そう自信を持たせてくれた、自分の
その後、そのカンニング
だけど自分に行動力が
「ほんとに宇城もねー、もったいないっちゃもったいないよね。あれだけイケメンなのにどうしてこうも常識に欠けるのか」
凜子がため息混じりに長い
「あたしちょっと多田山から聞いたことあるよ。あいつ宇城とめっちゃ仲いいじゃん?」
「うんうん、なに? 奏」
宇城くんの情報になると耳の通り道が倍くらいの太さになる。
「ちょっと波菜、そんなにギラついた目で
「そ……そんなことはななな、ないけど」
知らずに
「宇城の家ってすごい金持ちじゃん? 宇城、中学に入るまではアメリカで育ってるらしいんだよね」
「あー、だから数学も国語もできないのに英語だけできるわけね」
「それよ、凜子。英語がなかったらうちの高校は無理だったでしょうね」
宇城くんはここ日向坂高校に補欠で入学している。そんなこと
「それで? どうしてアメリカで育つと問題なの?」
たまらずにわたしは先をせかした。
「アメリカは移民の国だから、いろんな人種がいて考え方も個々に違ってもなんの問題もないみたいだよ? 人とズレてる宇城の考え方も個性だとか自由な発想ってことになってプラスに働くんでしょ」
「そうかー」
「波菜うっとりしすぎ! その、
「えっ? そんなつもりはぜんぜん……」
わたしはさっと両手を下ろした。不覚! 気づかなかった。
「そこが日本ではちょっと問題でしょ? 宇城はともかく親はかなり心配してるみたいよ。多感な時期をアメリカで過ごしたことによって、宇城の個性豊かすぎる本質が満開になっちゃったとかって」
なるほど。日本では常識というものも重視される。ユーモアがある、じゃ片づけられないこともあって宇城くんの型破りは特に女子には受けていない。
最初は外見が
一挙に学年中に
参加前に男子同士でした何かの
いくら約束とはいえ、まさか本当に実行するとは! ふざけて賭けをした友だち
宇城くんは人と感覚がズレすぎているために、男子の仲間内でもいじられキャラ的な部分がある。なのに、そもそものスペックが高いことと、本人が〝動じない気にしない〟を
非常に不思議な存在だ。
「アメリカか。でも確かにこれじゃーな」
手の中の
そりゃ確かに宇城くんがやれば、タレントの写真集と同レベルの出来にはなる。逆にだからこそ、ネタにはなれない。
いくら芸能人なみにかっこいいとはいえ、彼はあくまで
人目にさらせば自分大好きナルシストが確定で、女子は間違いなく
まあ奏と凜子が、これを人にふれまわることは絶対にない。
でももし
……わたし以外は、さ。
まさか自分が再びこういう感情を持つようになるとは思わなかったよ。
宇城くんがからかうために送ってきて、女子はドン引きするようなこの写真の束が、わたしには宝物になっている。
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