stage 2
「ステージこなしたあとの
ドルチェにあたえられたミーティングルーム、
そのドルチェ部屋があるマンション一階のダンススタジオで、ドルチェのメンバーたちは
すでに二本目になるペットボトルを空にしながらわめいているのは、豆井戸亘利翔。
イメージカラーはイエロー担当。
キレとパワーあるダンスが好評の、ドレッド頭の個性派アイドルだ。
見た目の
「くっそーあちーし! エアコンどうなってんだエアコンー!
「わあっ! ちょ、ちょっとギリシャさん、こんなところにカツラ放置しておかないでくださいよ……び、びっくりしました……」
ギリシャの
よほどおどろいたのか胸を押さえているのは、眠桔平。
イメージカラーはグリーン担当。
いつも自信なさ気にしてはいるが、実は運動神経
気弱なところさえ乗りこえられれば化けるのでは、と期待されている。
「は~つかれたぁ。ねえ風真、今日のステージも見にきてくれてたね、あの風真推しの子」
イメージカラーはライトブルー担当。
人あたりのいいなつっこい
年相応の
「きてたなー。しかもまたうちわ新しくなってた。あれどうやってつくるんだろーな? スゲーうれしいわ」
白雪風真はイメージカラーのピンク担当。
メイクにスカートといういでたちに、高音域を得意とする中性的な歌声が特徴的だ。
だがそれだけでなく、もともともっている
「ああ、あれだろ? ドルチェ部屋のとなりに住んでるっつーファンの子。すごくね?」
三本目のボトルに口をつけながら、ギリシャが言う。
「ぶっちゃけはじめはよ、むこうも
「だよなー」
「なのにそれがねえ! ファンの
ギリシャが「感心感心」とあごをさする。
そんな彼らのようすをイメージカラー・パープル担当の塔上沙良は、スタジオのすみっこから気だるげに──いや、気だるげどころか
(……サインもらうどころか、むしろすごい勢いで
話題にのぼっているファンの子なら、風真と
遠くにネコを見つけたネズミのごとく、風真たちが気がつくまえに、
風真のことが好きなのか
──ちなみになぜ知っているかといえば、沙良が練習をサボっているからである。
あるときはマンションの植えこみのかげでぼんやりしていたり、あるときは廊下の死角スペースで昼寝をしていたり……。
風真たちと行動を共にしていないから、のぼせた顔で逃げる例の女の子がよく見えるのだ。
「オンとオフに気をつかってくれてるってことかな。だいじにされてるね、風真」
一騎が風真の顔に流れてきた汗をふいてやりながら言う。
ファンはよくわからないが、風真を一番だいじにしているのはこの一騎でまちがいないと、沙良は思う。
なんでも、ふたりは幼なじみなのだとか。
しかも一騎が幼いころ家庭になにか問題をかかえていて、つらいときにずっと支えてくれたのが風真だったらしい。
くわしくは沙良も知らないが、それがあって一騎はいま、逆に風真を全力で支えようとしているのだとかいう話だ。
「そういや、あのうちわも握手会とか小さいイベントには持ってくるけど、ライブのときには持ってこないんだよな。
「ライブのときは風真カラーのペンライトだよね」
「そーなんだよ。なんかあれだよな、だいじにされてるぶん、がんばらなきゃって思うんだよな」
風真が言うと、「だなあ」とギリシャが相づちを打つ。
「いつまでも『オープニングアクト』じゃ、
「前座ですからね……」
ドルチェはまだ、結成から数か月しかたっていない、かけだしのアイドルだ。
そんな新人に
だから、基本的に会場の観客たちはドルチェを見にきたのではなく、別のメインアイドルのためにチケットを
オープニングアクトでの歌やパフォーマンスは、客にとっては見たいテレビのあいまに流れるCMのようなもの。
あるいは、映画上映の
「くっそー早く売れてぇなー!」
「売れたいやつがなんで
「いーだろ、着せ
「ヅラって言うな! これは部分ウィッグっつーの!」
ギリシャと風真がじゃれあっているところへ、席を外していたダンス指導の先生がもどってきた。
パンパンと手を
「はいはーい、
「よろしくお願いしますっ!」
よーしじゃあ、と声をあげかけて、先生は布団で寝ている沙良を見て、
「こら塔上くん、休憩終わりなんだからこっちきなさい!」
「……けっこうです。いまイメトレ中なので」
寝てるだけだろぉ? というギリシャの声は、とりあえず
「もう! 困るわよ、そういうの。さっきもお母さまから、くれぐれもよろしくってお電話いただいたばかりなんだから! しかも塔上くん、お母さまからのお電話にぜんぜんでないらしいわね? なんとかしてほしいってお母さまから──」
イラッとした。
(〝お母さま?〟 ボクの母親がダンスのレッスンに、なんの関係がある?)
布団をはねのけ、立ちあがる。
「音楽、かけて」
ピリリと張りつめた沙良の表情に
同時に、沙良も自分の中のスイッチを入れる。
振りつけなんて、とうに覚えていた。
流れるメロディーに意識を落とせば、体は自然に動く。
「……スゲェ、キレッキレじゃねえか沙良!」
うぉおおおおおお! と
「これでご満足ですか、先生? じゃあボク帰りますので」
「え、あ、ちょ……ちょっとまって塔上くん……っ」
お母さまが、という声がまだきこえたが、ふり返ることなく沙良はダンススタジオをあとにした。
(どいつもこいつも……)
いら立ちをまぎらわせるようにスマホを手にして、沙良は
着信
目を
舌打ちをしたところで、マンションポーチの小さな
沙良はためらいもなく、着信を
そのままなにごともなかったかのように、裏通りへと足をむけた。
──一人暮らしをさせてほしい!
父親と母親が日本からニューヨークのブロードウェイへと活動
おどろく両親に、沙良は
──どうしても日本にのこって、やりたいことがあるんだ。
両親から演技指導が入らなかったのは、これが人生初のことだった。
おろおろする母と対照的に、父は満足そうに笑った。
その
どちらでもいいと、沙良は思う。
願いは
ニューヨークから遠く
「……やりたいこと、ね」
本当は、そんなものなにもない。
ただ一心に望んでいたのは、両親から離れること。
ただそれだけだ。
──沙良は私たちの子どもなんだから。
物心ついたころから延々ときかされてきた言葉が、耳の奥にこびりついて離れない。
もし沙良の家庭がありふれたふつうの家庭だったなら、それは親が子どもを愛する言葉だとして、うけとれたかもしれない。
けれど、沙良は芸能一家だ。
父は有名ミュージカル俳優。母はもと歌劇団トップ
そんな両親が沙良にもとめつづけたものは、まぎれもなく自分たちとおなじだけの才能だった。
沙良に、同年代の子どもたちと遊ぶヒマはなかった。
子役デビューだって、望んでしたことじゃない。
すべては親が沙良にもとめ、勝手に
──ボクという存在は、なんなんだろう?
学校では、とうぜん
なんのために学校に行き、なんのためにきびしいレッスンをこなし、なんのためにテレビに出るのかわからない。
とうとつに
──沙良は私たちの子どもなんだから。
そうだ。そのとおりだった。
塔上沙良という存在は、『あの二人の子ども』でしかない。
実際、沙良がもっている才能のすべてはあのふたりから受け
歌もダンスも演技も、なにもかも。
あの鏡張りのダンススタジオで
鏡の中にいるのは父であり、母だった。
(ホント、
ダンスする自分が
歌う自分が嫌いだ。
なにをやっても両親の
それなのに結局、芸能界にしか居場所がない自分が、一番嫌いだ。
「──あの」
ためらいがちにかけられた声に、ふり返った。
「落としましたよ?」
そう差しだされたのは、さっき捨てたばかりのスマートフォン。
差しだしていたのは、さっき話題にのぼったばかりの風真ファンの女の子だった。
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