壱幕 帝都桜京大正浪漫 第二場
不意に勢いよく扉が開いて、二つの人影が飛び込んできた。
「
「
左右から飛びついてきた双子の
まるで生き別れの姉に久しぶりに
「
「忍者って……どうして
「夢? 夢なんかじゃないよ。
「
まるで一週間くらい何も食べてないみたいにお腹がぺこぺこだ。
「やっぱりね。きっと怪我の再生に力を使い果たしたんだよ。普通の人間なら死んでもおかしくない怪我だったからね。いくら
──カミツキ?
よほど早く
「待って、
夢の中の話なら、
「頭を怪我したから、記憶が混乱してるんだよ。
弟の言葉に、
そして
慌ただしく遠ざかっていく弟の足音に苦笑しながら
「ごめんね、なんだか心配かけたみたいで」
どこか作り物めいた
〈──痛クナイ?〉
そうつぶやいた
いったいどこから今の声が聞こえたのか、
〈──痛クナイ?〉
同じことを繰り返し問う無機質な声は、彼女が大切に抱きかかえているレトロな布製の洋装人形──文化人形から聞こえる。それはまるで腹話術か手品を見ているようだった。
「う、うん、もう痛くないよ。ありがとう、
とまどいながらも
「しゃべる文化人形なんて素敵、
「…………」
なんだろう、この『違和感』──。
もしかしたら
「ボクはもう大丈夫だから、
その言葉に
バ───────ン!!!
突然けたたましい音とともに、部屋の扉が吹っ飛んだ。
──なにごと!?
「
唐突な出来事に、驚いて振り返った
「皆がどれだけ心配したか……」
──
そういえば、
料理中にボクが誤って包丁で指先をちょっとだけ切ってしまったときも、
テレビで怖い映画を見て眠れなくなったときも、ボクの隣で
遠足のバスでボクが車酔いしたときなんか、突然、走っているバスの窓の外から
語り出したらそれこそきりがないけれど、兄は超がつくほどの心配性なのだ。
「
扉の外れた入り口に立つ
「…………」
あんないかつい軍帽や軍服を
一度引いたはずの『違和感』が、再び波のように押し寄せる。
見た目は
「ねえ、
「何を
「ぐ、軍人!? 誰が?」
「俺たちだ。お前と
ようやく平常心を取り戻し、軍帽の
「さっきから軍人とか學徒兵とか、あとお嬢様とか、いろいろなんのこと?」
「お前の方こそ、いったいどうしたんだ?」
「外傷は完全に
「昨夜の戦いで頭を強く打った、その後遺症か……」
真剣そうな面持ちで顔を見合わせる兄と姉へ、
「もしかして、ボクどこかおかしいの? 記憶障害ってどういうこと?」
「頭を強打し、おそらく一時的に記憶が混乱しているんだろう。後で辞書でも引くといい。昔から云っているだろう、わからないことは辞書を引けと。だがさすがにここがどこか位はわかるだろう?」
「ううん。さっきも暖炉に
そりゃあ、
「……確かにおかしいな」
「え?」
そこは否定してほしかった。
「俺が誰だかわかるか?」
さり気なく分けた前髪の奥で、
「
だが、
ど、どうしてそんな顔するの? まさか、違うなんて
「そのお前らしくもない奇妙な言葉遣いは、いったいどうしたんだ?」
「えっ。そこ!?」
意表を突かれた
「いつも『御兄様』か『
「お、おにいさま!?」
なあんだ、みんなして、ボクをからかっていたんだ。でも今のは
「じゃあ、ボク……
兄と姉の冗談に付き合って、
「いいえ。あたしのことは
「……それしか原因は考えられない。あのとき、かなり強く頭を打っていたからな……
え、まだ続けるの、それ!?
「平成二三年の四月でしょう?」
云い知れぬ不安が再び
しかし嫌な予感は的中した。
「ヘイセイ? なんだそれは……」
「いや、なんだそれはと云われましても、平成は平成としか説明のしようがないよ……」
「
「な、何、
本能的に、この話の先を聞いてはいけないような気がして、
もし聞いてしまったら、何か取り返しのつかないことになるかもしれない。
「『ヘイセイ』とやらは初耳だ。今は大正一〇〇年、
思わず耳を
兄たちが何を
しかも兄の言葉は、
「た、大正一〇〇年!? し、ししゃくって何?
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
──なにごと!?
不安のあまり、つい声を荒らげてしまった
床に手を突いたその姿は、まるで甲子園の決勝戦の最終回、逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれて、マウンドに沈み込んだピッチャーだ。
「俺の育てた
「えっ。ボクならここにいるよ?」
「自分を『ボク』などと呼ぶ妹など、俺は知らん!」
「ええっ!?」
「
ぶつぶつと意味不明な言葉をつぶやいている兄の姿を見かねて、
「へ……、平成から来てごめんなさい……」
とにかくなんでもいいから謝って、兄の心を救わなければ……。このままだと本当に壊れてしまいかねない雰囲気だ。
「聞いたか、
「
「
いつものことなのか、女中たちは手慣れた手つきで先ほど
そんな中、初老の男性が
「
──
「わかった。後ほど向かうと返答しておいてくれ」
いつの間に復活したのか、
「
「承知致しました」
初老の男性は
まるで別人のように威厳を増した
「……今のおじさん、誰?」
「
──執事……? 物語の中でしか見たことが無かったけれど、本当にいるんだ。
「じゃあ、さっきの『おゲンワ』って何?」
「幻話は幻話だよ。遠くの人とお話が出来て便利なんだ!」
「え、それって電話と何か違うの?」
「デンワ? 何それ?」
「電話は電話だよ。電気を使ってお話出来る機械でしょ」
「違うよ、幻話は『
「學校で?」
「この世界はなんでも幻氣で動いているんだ」
「『元気』で!? そんなアバウトなものでこの世界は動いてるの!?」
何がなんだか、さっぱりわからない!!
「……本当に大丈夫?
頭を抱える
「
暖炉を背にして立っている
やはり
そんな
「
「え────」
「僕、もうちょっと
〈──イタイ〉
うわ、あの人形、おしゃべりするだけじゃなく、動くこともできるんだ? まさかあれもゲンキで動いてるのかな。まあ、元気なのに越したことはないけど……。
「……あれ?
「
いったいいつ部屋から出ていったのだろう……全く気づかなかった。
「
「お前は余計な心配をしなくてもいい。本部には後で向かう」
「ううん、ボクなら大丈夫、ここの周りの様子も確かめてみたいし……」
その言葉に
「確かめる……? 大丈夫なのか? 外傷ではない。頭の方だ」
失礼な。
しかし、これだけ皆に頭がおかしいと云われ続けると、さすがに自分でも自信が持てなくなってくる。だからこそ、これが夢でないのなら、今自分がどんな状況に置かれているのか、少しでも外の世界をこの目で見て確認しておきたい……
その様子に
「わかった。俺も付き合おう。記憶を早く取り戻すには、生まれ育った『帝都』を自分の目で見るのが手っ取り早い。食事を済ませ、支度が出来たら下りてくるといい。ただし玄関先まで一人で来られないようなら今日は大事をとって一日安静にしているんだな。その方が『再生』も早まるだろう」
「サイセイって?」
「……辞書を引け。さっきも云ったはずだ」
そう
「ねえ
「シベリア……?」
部屋を出ていきかけた
「辞書を引け」
「…………」
静まりかえった部屋に一人残された
「えーっと、やむを得ずお邪魔します、お借りします……かな?」
念のため断りを入れながら扉を開けると、
間違いない、これは兄と姉が着ていた物と同じデザインの軍服だ。
兄と姉の姿を思い出しながら、
両手を拡げ着物の袖をぴんと張り、そのままくるりと一回転してみた。
次いでおもむろに右手を掲げると、鏡の中の自分に敬礼を送ってみる。
なかなか悪くない。ううん、結構いいかも。
そんな事を考えながら帽子掛けから軍帽を手に取ると、
部屋から出た
白と灰の市松模様の大理石の床に落ち着いた
「う……わ、ホテルのロビーみたい」
「
「下……というと、あの大きな階段で下に降りればいいの?」
ここに住む者にとっては至極当然のことだが、それでも女中は
「
階段を下りきったその時──踊り場の時計が九時を告げる鐘を鳴らした。
この景色、そしてこの鐘の音……なぜだろう、どこか懐かしく感じる……。
こんな
「
声の主は先ほど
「ありがとう……色々とご迷惑をかけちゃって、ごめんなさい」
「いえ、とんでもございません、どうかお気になさらず。いつも通り、何か御用の際は、この
執事はうやうやしくお辞儀をすると、
<続きは本編でぜひお楽しみください。>
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