序幕 千本桜夢現 第二場
──
行けども行けども桜、桜、桜。
果てしなく続いているのか、それとも同じ
並木というよりまるで桜の海──この一帯を『
木々の合間からこぼれる光と桜の
それは幼き頃に見た、くるりと廻せばきらりと光り、様々に姿を変える万華鏡のように……。
忘れていた遠い記憶が
「……!?」
どこからともなく響き渡る旋律に、
そして、気づいた。
舞い散る桜吹雪の中、眼前にそびえ立つ、視界を覆うほどの桜の大樹に。
その堂々たる樹幹には、巨大な
「なんて立派な桜……」
その木肌に手を触れると、感嘆のため息を漏らし、
美しい桜に心を奪われると、どこからか神様が
ふと、
──ま、まさか、これが神隠し……とか?
び────────ん!
痛い。やはりこれは現実だ。
しかし、現実ならば、先ほどまでのまばゆいばかりの春光はいったいどこへ消え失せたのだろう? いつしか漆黒に染まった夜空には、
「だ、誰かいませんか!?」
振り絞るような
周囲には花見客もいなければ、無論、神様も見あたらない。
目の前には、どこまでも広がる闇と、巨大な桜の樹。
この世界にいるのは、まるで自分一人になったように思えてくる。
そんな不安を振り切るように、
その直後、
「えっ! な、何!?」
「…………」
無言のまま、ゆっくりとこちらへ近づいてくるその影は、一見した限り……そう、黒装束の……『女忍者』だった。
なんで忍者の
「こんばんは、群れからはぐれた、小鳥ちゃん?」
「ああ、良かった、人がいて……」
「こんばんは、あのう、お
声を掛けた瞬間、空気が鋭い音を立ててうなる。
反射的に、
逃げ遅れた長い髪がひと房、引き千切られて闇に舞う。
「ふっ、さすが
「て、ていこく軍人んん!?」
先ほどまでは確かにフリルの袖口が付いた桜色のパフスリーブのブラウスに、黒茶のプリーツスカートと赤い靴を履いていたはずなのに……。
それがいつの間にか、着物の袖に『桜』と
──い、いつの間に、ボクまで、こんなコスプレを!?
「ふふ、そういえばアンタ……さっきアタシに何か訊きたいことがあるって
「え? そ、そうなんです! もう色々とわからないことばかりで……」
姉を捜して走り廻っていたと思ったら、まるで瞬間移動でもしたかのように知らない場所に居たり、いつの間にか軍服に着替えていたり、女忍者が現れたり……。
本当にわからないことだらけだった。頭が混乱してしまう。
「あのう、実はボク……」
「ああーっ、最後まで云わなくてもいいわ。アタシの特技はね、他人の悩みが手に取るようにわかることなのよ」
「そ、そうなんですか!?」
「…………」
女忍者は静かに瞳を閉じる。
そして数秒後、くわッと目を見開いた。
「そう! ズバリ、アンタの悩みは、その平たい胸!!」
失礼な。
忍者は
たわわな胸が上下に大きく揺れる。
このボクへの──挑戦としか思えない。
しかし、残念ながら何も揺れなかった。
「でも……いいわよね、アンタ」
目の前に対峙した忍者は、急にそのルージュを引いたような赤い唇から、長年の疲れを吐き出すように深いため息を漏らすと、恨めしげにつぶやいた。
「若くてぷりぷりしてて、肌もしっとり綺麗で、キラキラしてて
一転して
「そして同時に……そのぷりぷりしっとりキラキラがこれ以上無いほどに
怒気と共に鎖鎌の一方の端を地面にたたきつけると、分銅は地中に
先ほど空気が音を立ててうなったのは、この武器のせいだ。もし、あんなものが本当に当たったら、絶対、
「あの、その、く、鎖鎌とか……物騒なもの、どうかしまって下さい。これは何かの冗談ですよね? 映画か何かの撮影で、カメラがどこかにあるんですよね?」
そうだ。これはきっと撮影に違いない。
映画のセットなら、この見たこともないほどに巨大な桜の木の存在にもうなずける。
よくできてるけど、きっと作り物だ、ハリボテだ。
ボクは何かの撮影現場にまぎれ込んでしまって、この人は忍者を演じているのだ。
「撮影? アンタこれが活動写真か何かだと思ってるの? お
「……くわれる?」
「あら、わからない? つまりはこういうことよ!」
忍者に蹴り飛ばされたと理解したのは、
「……くっ……ぁ」
痛みは意外にも感じず、意識だけが遠のく。軽い
全身から力が抜けていく。桜の幹に寄りかかった
「他愛も無い……反撃はどうしたのよ? 帝都を守護する不死身の『
忍者は無様に地面に転がったままの
そして両腕に力を込め、声無き声で抗議する。
なんてこと!
よりによってなんで胸!?
「弱すぎる……が、まあいいわ。永遠の命を持つ『神憑』を喰らえば、アタシはまたしばらくこの
どこかうっとりするようにつぶやいた忍者は、ようやく
彼女はまるで吸血鬼のように、
──こ、殺される……。
「ちょっと待った!」
やにわに投げかけられた声に、忍者は振り返った。
黒い
「我ら大日本
そう息巻き、
「い、今一人は、姉の
仕方なく少年は補足した。
突如、目の前に現れた、双子の
「
二人ともいつ着替えたものか、
きっと二人のことだから、何か遊びの延長だとでも勘違いして、ノリノリで参加してきたに違いない。
「かっこつけてないで、二人とも、に、逃げて!」
必死の思いで
「神憑特殊桜小隊? ……なるほどねえ、アンタたちもこの娘と同じ、『神憑』ってわけ? ふふ、今夜は食べ放題じゃないの」
「貴様!
黄金色の光と共に
真っ正面から勢いよく突進してくる少年を、忍者は鎖鎌を構えもせずに、くっくっと、不敵に
「だめ、
戦いの経験など皆無だったが、
「僕が帝都の平和を
ついで!?
跳躍しながら身をよじり、右手の扇を投げつけ、それを敵が鎌で弾き返した瞬間、さらに左の扇で追い打ちを掛ける。
しかし、忍者はその攻撃を紙一重で避けると、
「ぐっ!」
「
夜目にもはっきりと
「ひ、人殺し!」
叫びながら
震える膝を手で押さえながら立ち上がると、
「二人には手を出さないで! ボ、ボクが、相手になってやる……!」
未だ視界は回復せず、ともすれば意識すら手放しそうになる中で、
「『家族愛』という名の調味料ね、嫌いじゃないわそういうの」
そう
「うっ!」
瞬時にして呼吸する
「俺の大切な妹を放してもらおうか」
──か、
「このアタシの胸に刃を向けるなんて、とんだ無粋な軍人ね。そんなにこの小娘の首をへし折られたいか」
「試してみるか? 俺の刀が貴様の心の臓を貫くのと、どちらが速いかを……」
「…………」
敵は鬼気迫る
「あたしたちが来たからにはもう大丈夫よ、
深紅の軍服に身を包む女軍人が
──
「ちっ。相手が多すぎる。少々、遊びがすぎたか」
舌打ちし、吐き捨てるように忍者はつぶやくと、
「煙幕だ!」
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