2.幽霊に決まった!①
「よかったねー」
「うんうん、
外に
二年に上がる今回のクラス
あたしも付属大学志望だけど、正直その
クラス発表の模造紙を見て、亜子と
「菜子平気? なんかちょっと
郁が心配そうにたずねる。
「なにが?」
「一澤稜くん、一緒だよ。あと宮内拓斗くんも」
「へえ、そうなんだ」
あたしの気のない返事を聞いて郁のほうから流れる空気が
でも実は知っていた。亜子の名前を
「菜子、強いからね。もう気にしてないか」
「あのことか。ぜんぜん気にしてないよ。
「そっか。そうだよね」
「でも、ぜーったいに
あたしは郁と真美をちょっとおどけた視線で
「うん。やだよね。男子に間違いとはいえ平手打ちされたなんてさ」
真美がぷくっと
「まあね。かっこ悪いし」
真美は外見だけで分けるなら、あたしといるより亜子といたほうが似合いそうな子だ。ただ性格は亜子ほどはっきりしていないし、きつくもない。複雑でもない。
「知られたくないのは自分のため、は一割くらいなんじゃないの、菜子。あとの九割は一澤くんと宮内くんのためでしょ。お人よし」
郁があきれたような顔をする。
「別に。まだまるまる一年あの二人と一緒なんだよ? 不協和音はめんどくさいじゃない」
男子数人でじゃれ合う中に一澤くんも宮内くんもいた。
あたしはため息をついた。できれば一緒になりたくなかった。
ひっぱたかれた時あたしに、亜子じゃなくあたしに
向こうだって気まずいはずだ。関係ないか。
一澤くんも宮内くんも女子に人気だし、ああいう目立つ男子グループはクラスで一番
あたしは、早くも一澤くんたちに声をかけている女子数人を横目でとらえた。名前はまだ知らない女の子たち。ひとりは亜子と仲のいい元二組の
うちの高校は自由で、部活動を強制する
だから高校生活の優先順位が、〝かわいい女子高生〟の生徒たちは、たいてい部活に入っていない。
手入れの行き届いた
手芸部の真美も水泳部が一緒の郁も、別にとりたてて地味だというわけじゃない。二人とも学校のない時に外で待ち合わせれば、流行の服や
特に郁は水泳部で日差しを浴びているのが
そんな彼女だから学校ではすっぴんだけど、メイクの
でもあきらかに藪野さんたちとは方向性が違う。郁の場合、男子にかわいいと思ってもらうためじゃなく、自分が楽しむためだ。
そこで今度は視線を自分の体に落とす。自分の
髪だってプールに入るのに面倒だから、年がら年中
染めている子よりも塩素で金色っぽくなっていて、
それはひとまず置いておいて……亜子と同種の子を前にすると、以前から自分がどこかひるんでしまうことは知っている。
でもあの一澤くんとの一件以来、認めたくないけど、〝ひるんでいる〟は〝ひがんでいる〟に
よりによって自分が気になっていた男子に、ブスだとはっきり言われちゃったからだ。
亜子やその同種の、女子高生を
あたしは部活に生きるんだ。なんにも考えないで水中にいる時は、自分自身まで水と同化して、心が限りなく青く
◇◇◇◇◇
「では文化祭の出し物ですがー」
委員長は、学力テストで一番成績がよかった
松野くんは今、副委員長の
うちの高校の文化祭は、六月の
大学の付属高校だからなのか三年の秋ごろから、特進以外はすっかり卒業に向けた開放的なムードになり、希望者を
「やっぱ花形はお化け
「だよなー」
ほおづえをついて窓からの風に
やっぱり文化祭は気持ちが
特に異論がなく、その後すんなりとお化け屋敷に決定。日本家屋の
うちのクラスには美術部が多く、その人たちが当然のように
美術部にも出品展示ノルマがあるのに、クラスの出し物まで引き受けるのは大変だ。人数がそれなりにいたことはラッキーだったんだろうな。
ちなみに真美の手芸部は、文化祭展示用に好きな物をひとつつくるらしい。水泳部はなにもやらない。
「それでお化け役なんだけど、幽霊だから基本、女子で」
そこで空気がどよっ、と揺れ、
幽霊ってどんな格好をすればいいんだろう。
「出品展示のある文化部の女子は無理だと思いまーす。当日も当番で展示教室に
「あの……藪野さんたち調理同好会でしょ? ふだんなんにもしてないんじゃないの?」
バレー部の
「だから文化祭は一年分の活動をすることになっているんでーす。あたしたちメイド
そこであたしは、亜子も調理同好会だったことを
でも同好会
あたしはおそるおそる教室内をぐるりと
そこで、
「藪野さんたちすごい
「そうなの?」
「そうに決まってるじゃん。内輪仲良しの、学年で目立つ女子しかいないでしょ?」
そういえばそうだ。
亜子が、仲がいい子だけで同好会作っちゃった、と言っていたのを聞いたことがある。
部員が五人以上いるから学校から多少の活動資金は出る。でも部じゃないから
活動費をもらっていて何もしないのはまずいから、文化祭では自分たちの好きなことをしちゃう。それがメイド喫茶。
「うわ。あそこが三人抜ける、となると──」
あたしの気弱な
「あとさ、ダンス部も演劇部も無理でしょ? 発表があるもんね」
ダンス部でも演劇部でもないのに藪野さんが、小首をかしげて愛くるしい表情を作る。
ダンス部、演劇部だとおぼしき数人のほうが、え? いいの? みたいな
そりゃそうだよね。忙しいのは、練習に時間を
「だったら
だよね。その
「女子は文化部が多くて幽霊役は限定されるんだな。男女の人数ちょっと考えないとな」
委員長の松野くんは全くの
「あたしも無理だな。生徒会があるの」
これもしかして絶望的じゃないか? 幽霊役って何人? 全員女子なの? 裏方だから当然美術部も除外だな。
自分の身に幽霊がふりかかりそうになって、あたしはようやく黒板に書いてある幽霊屋敷の
幽霊役の女子が二人。すっぽりかぶるラバーマスクの役の男子が三人。なんだ男子のほうが多い。文化部女子が多いから
ラバーマスクはゴムでびよんって
「希望者いる? 幽霊役」
男子も女子も、もちろん
ため息をひとつついた委員長は、安西さんと顔を見合わせた。
「もう話し合ってても決まらないからさ。当日クラス以外の活動がない人でくじ引きだな」
あたしはうなだれた。うー、クジ運が悪いんだよな。ちらりと一澤くんのほうを
その後、藪野さんたちによってクジが作られた。
席順でクジを引くことになった。おみくじみたいなクジだ。角に小さく穴のあいた六角形の本格的なみくじ
おもちゃなんだろうけど、誰がこんな本式の道具を持っていたんだか。
「どうせクジになると思って映研の子に借りといたんだー。去年の文化祭で映研がやった神社の映画にこのおみくじが出てきたんだよー」
藪野さん仲間の
「じゃ、仙条さんから後ろに順番に引きに来て」
机の並び順で最初にクジを引くのはあたしだった。
教卓の前で、委員長が差し出してくるクジを目をつぶってえいっと引く。
神様、お願い。やりたくない。
一澤くんに幽霊のおどろおどろしい格好をしているところなんて、見てほしくない。そりゃあっちはあたしのことなんて眼中にないだろうけど、勝手な自意識で……。
片目ずつおそるおそる開いた目の前で、自分の指が
「うげぇー」
「やっちゃったね。菜子。これで確率下がったわ」
いひひ、と郁が歯を見せて笑う。隣の席の郁はひく順番があたしから三人後だ。机の並び順で前から後ろに流れていくやり方だから。手芸部の真美はこの難を逃れている。
「えっ! ちょっとぉー……」
郁にあたしがいじられている間に、バスケ部の
並んでいた女子が、
「こんなあっさり決まることもあるんだね。いや、助かったー」
「郁ぅー」
まだみくじ棒を棒付きアイスキャンディーのごとく顔の前に立てて持っているあたしに、郁はうわべだけの
「うわあん仙条さーん」
「うわあん松本さーん」
かわいそうな
その後決まった男子三人の中には一澤くんも宮内くんも入っていなかった。決まった男子も別に気落ちしている様子はない。なんならあたしがラバーマスクでもいいよ。むしろそのほうがいいんだけど。松本さんだってそう思っているんじゃないだろうか。
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