1.恋に落ちた、同時の失恋!②
あとから、テニス部に仲のいい友だちがいる真美が、あたしのためにことの
一澤くんとダブルスを組んでいる男子の名前は
真美が友だちを
いきなり平手打ちをされたあたしのことを宮内くんは
彼は高校に入ってすぐ事故にあい、左手の小指の第一関節から先の神経が
もともと楽天的な性格だし生活に支障もほとんどなくて、本人もまわりもまるで気にしていなかった。
一年も終わりに近づいたこの時期に、宮内くんは以前から好きだった女子に告白をした。おちゃらけた性格に反して、好きな子のことはダブルスを組んでいる親友の一澤くんにも打ち明けられずに胸に
名前は仙条
一年一組にいるあたしの
ごく
宮内くんが亜子に告白した時彼女が彼に放った言葉に、一澤くんは
「よく告白できたね。なにその指。気持ち悪い」
断られることは
事の
一澤くんは一年九組。あたしは八組。亜子は一組。
ただでさえ一澤くんは、誰がかわいいとか人気とか、そういう女子の噂に
近いクラスから仙条という女子を探して歩き、
仙条なんてちょっと
「なるほどね」
亜子なら告白された時に虫の居所が悪ければ、そのくらいの悪態はついてしまうかもしれない。宮内くんご
そして。
何事もなく過ぎていく高校生活の中の
昨日まで一澤くんはあたしにとってそういう存在だった。それだけの存在だった。
それがひとつの出来事で化学変化を起こし、多少目立つなんてレベルとは別物の、
痛みもなにもない打たれた
「ああいう顔を見たことあるのは、あたしだけってことか」
「菜子?」
教室の中、あたしの顔を
「ある意味、レアじゃん?」
「かもね。一澤くんってあれで結構人気あるらしいよ」
「ふうん、そうなんだ? それは得したよ。もうかかわることもないけどさ」
「クラス違うしね」
「だよね」
親友が傷つけられれば一澤くんは、感情の制御ができないほど激しく
最低という言葉や平手打ち。それは全部亜子に向けられたものだ。
でもあの時たったひとつ、間違いなくあたしに対して放たれた単語がある。
このブス!
あたしは軽く
もうかかわることもない。かかわることもなければ
◇
うちの高校は、全国でも珍しく水泳部が競泳以外に高飛び込みの部門を持っている。選手は入部時にどちらかを
高飛び込みを希望する生徒なんているの? と親にも他校の友だちにも聞かれる。でも全国に高飛び込みのできるプールを持っている高校があまりなく、オリンピック選手も出ていることもあって、それを目当てに他県からもぞくぞくと入学してくるのだ。
かくいうあたしも迷った末、高飛び込みがやりたくて水泳部に入部した。
うちの一家は、あたしと亜子が小さかった
川の両側にせり出すように
パパはあたしがまだ小さかった頃に会社を作りそれが大成功。ある程度交通の便のいい場所に住む必要があった。それで今の場所に引っ
それでもまだここは不便らしく、東京の事務所を第二の家のように使っていて、二か月に一回帰ってくればいいほう。
水泳部は六月から九月までしか学校では活動ができない。今の季節は週に一度、県立の温水プールに練習に行く以外、その他の活動日は基本的に筋トレだ。
体育館での活動が終わると、制服に
水泳部だけは部室が固まっている部室
わざわざ筋トレのためにプール近くのロッカー室に行くのは面倒で、今は女子の人数が少ないハンドボール部の部室で着替えさせてもらっている。
部室棟は体育館の隣にあり、主に校庭で活動する部活だけが使っている。そんな部室棟は二階建て。男子が二階。女子が一階。
ハンドボール部の部室から郁たち数人と
心臓がドクンと鳴る。男子数人の中に一澤くんがいたからだ。もう
一澤くんは何事もなかったかのようにあたしの前を
そこで前後にだらだらとバラけて歩き始めたテニス部男子の後ろのほうに、知らない男の子と並んで歩いている宮内くんを発見した。
水泳部の友だちのほうを見ると、サイフを部室に忘れたかもしれないと言っている
あたしはそっと水泳部女子の群れを
「宮内くん」
「え? あ……」
その時だいぶ前のほうを歩いていた一澤くんが、わずかに
「ちょっとだけいいかな。ほんのちょっとだけ」
あたしは宮内くんにささやいた。
「何?」
「ごめんね」
「ああ、こないだの、あれか」
ちょっと照れたような笑顔になる。
「うん。ほんとにごめんね」
「いいって。なんで菜子ちゃんが謝るの? 俺が手ひどくフラれたのは仙条亜子のほうでしょ? 稜が
「亜子のことを謝ってるんじゃないよ。そうだね。ごめん、じゃなくてありがとう、だな」
「ん?」
「真美……、友だちが、あたしのこと心配して宮内くんのとこに行ったでしょ? すごく嫌な
「そういうことか。ま、当然っちゃ当然だろ」
「でも実際そんなこと喜んで打ち明ける人いないよ。虫の居所が悪いとめちゃくちゃなこと言うんだよ、亜子は」
「気持ち悪いって?」
宮内くんは傷の残っているほうの左手をあたしの前でちらちらと振った。
「……亜子最低! だけどそれは本心じゃないよ。そんなこと絶対に思ってない。タイミングが悪かっただけなんだよ」
「虫の居所にタイミングねえ。まあ今となっちゃ俺もよかったと思ってる。自分が一時期熱上げた女の子がどんな子なのかわかってさ。頭にきてる時のほうが本音って出るもんだろ? つまりそういうことだよ」
「…………」
──頭にきてる時、本音が出る──。か。
ブス。一澤くんに叩きつけられたきつい言葉が
「ぜんぜん似てないよね。菜子ちゃんと仙条亜子」
きゅっと心臓が
「性格がさ」
「え?」
びっくりしてあたしは顔をあげた。
「拓斗!」
「じゃあね! 菜子ちゃん」
思ったよりも長い時間、あたしは宮内くんと話していたようだ。
それにしても……あたしが菜子ちゃんで、亜子は仙条亜子。同じ仙条、という
あれほどひどい仕打ちをされたんだから仕方ないのかもしれないけど、宮内くんの中で亜子は、〝最低な女の子〟になってしまっている。確かにあの断り方はひどすぎる。
でも……本当はそこまで最低な子でもないんだけどな。
きっと、宮内くんは告白の時に亜子に言っちゃいけないこと、彼女の最も
「これでよかったんだよね」
宮内くんの心の中で亜子のことがそれほど傷になっていないのなら、それが一番だ。
宮内くんが急ぐ先で、
あんな目で見られると忘れたつもりでも平静でいることは難しい。何度も脳内で再生される一澤くんに言われたあの単語。多くの人が受け流せても、自分にだけは刺さってしまう
あんなに
「なんで今さらそんな目であたしを
あたしは勢いよく横を向いて、一澤くんから視線を
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