青春注意報!/くらゆいあゆ
1.恋に落ちた、同時の失恋!①
一年間こっそり見つめ続けた人に、こんなに
「おい!
「え?」
あたしが高校の
次の授業の理科が実験で、あたしたちは理科室に移動中だ。三人でわいわいと昨日のテレビの話で盛り上がっていた。
あたりの空気を
入学当初からなんとなく気になっていた男子だ。
クラスが
中肉中背より気持ち背が高い印象。
かっこいい男子だった。ギリシャ
だからなんとなく気になり、そのうちその姿を目で追うようになってしまっていた。
高校生活の自分だけのひそかな楽しみ。
それにしても、よくあたしの名前を知ってたな。あたしは別におとなしいわけでもないけど、とりたてて目立つ部類にも入らない。どちらかというとその他大勢に完全に
「ちょっとこいよ」
一澤くんは
「え? でももうすぐ授業……はい」
先に行ってて、と小声で
あたしは小さく首を縦に振る。一澤くんがあたしに用事だなんてなんだろう。
高校一年も終わりに近づくと、一部の
気になるというひいき目をさしひいても、一澤くんはそういう生徒のひとりであることは
授業の直前で廊下にすでに人はいなかった。生徒がひけて先生が来るまでのほんの短い
校舎のほとんど
「お前、何様のつもりだよ!」
教室に声が届かないように、ぎりぎりの理性で音量を
連日のテニス部の活動で浅黒く焼けた一澤くんの
なんのことを言っているんだろう。一澤くんとあたしに接点なんかひとつもないはずだ。
めまぐるしく頭を回転させ、あたしはやっとひとつの可能性にたどりついた。
この間駅前で拾った年に一度の全国模試の成績表が、うちの学校のものだった。
かなりの部分が破れていて、名前も学年もわからなかったけれど、問題に見覚えがあったから一年生のものだと知れた。かなりの高得点だった。
あたしたちの学校、
次の日あたしは
もしかしてあれは一澤くんの成績表だったんだろうか。
一澤くんってあんなに成績がいいの? 男子同士でふざけ合っているイメージしかないけど、よっぽど
でも
「だってそれはちゃんと言わないと。それが本人のためかと──」
「本人の、ため……だと?」
あたしの言葉は、一澤くんのぎょっとするほど低い声によってさえぎられた。
「え」
あたしは、大きく目を見開いた。
一澤くんがてのひらを、耳のあたりまでひきあげたのだ。
節の目立ついかにも男子! という大きなてのひらが、こっちに向かって飛んでくるのがはっきり見えた。でもそれが何を意味するのかわからないまま、あたしはただバカみたいに
平手打ちをされたんだ、と気づいたのはたぶん何秒も過ぎてからだ。
あたしは一澤くんを
痛くない。どうしてだかわかる。一澤くんはおそらく振り上げた手があたしの頰に達する直前にわれに返った。
女の子を平手打ちなんてできない、と静止させようとしたてのひらは、勢いで結局あたしの頰を軽く
なんで? どういうこと? まったくわからない。
「お前、最低だな」
「……」
「人のことが言えるのかよ、このブス」
一澤くんはそう
「はあ?」
どんどん遠ざかり、あたしの
打たれた頰をゆっくりさする。人から平手打ちをされたことなんかないけど、高校一年の男子が力いっぱい叩いたらきっとすごく痛いんだろうな、とぼんやり考えた。
なんだかぜんぜんわからないけど、一澤くん、よく
理科室について実験を始めてからも、あたしは全く集中できなかった。
不思議なほど頰を打たれたことへの
なんで? どうして? なんなわけ?
そして、あたしには疑問を上回るほどの
〝このブス〟
女子高生にとって気になる異性からブス、と言われることは世界が暗転するほどショッキングな出来事だ。しかもよりによって、その単語はあたしにとってピンポイント
◇
「
あたしは郁の声に
ほんのり
あたし、どのくらいここで
教室内にもう生徒はぜんぜんいない。
「……あたし。もしかして、部活サボったのかな」
「うん。なんか様子がおかしかったから、そのままにしてあたしだけ出たよ、水泳部。
「そうなんだ。ありがと、郁」
冬だから筋トレだけでよかった。もう部活のことなんて頭からすっぽり
「帰ろっかな。郁は? どうしてこんな時間に教室にいるの?」
「菜子が心配だったからだよ。放課後、声かけてもろくに反応しなかったんだよ?」
「そうか。それはごめん。それで部活が終わってから、まっすぐ帰らないで教室見に来てくれたんだ?」
「そうだよ」
「ありがと」
「あの時、なんかあったんでしょ? 一澤くんと廊下で何話したの?」
「……なんでもない」
「一澤くん、すごい顔してたよね? あんたなんかしたの?」
「わかんないんだよ、それが」
呟くような小さな声で答える。
「そりゃ、あたしもさ、どんな人なのかは知らないけど。目立つわりに変な
郁がいたわるような声を出し、あたしの机に浅く
「変な噂ってどんな?」
「例えば乱暴だとか意地悪だとか。女にだらしないとか。
「そうだよね」
知らず知らずのうちに一澤くんに目がいくあたしでさえ、彼のそんな
「何があったのよ? 何言われたの? 菜子」
「もういいよ。部活の仲間と別れたんなら、
「……うん、そうだね──あ」
郁が教室のドアのほうに視線をやった
「郁?」
あたしは郁が見つめる先に
そこには一澤くんが立っていた。
一澤くんの後ろには、よく彼とつるんでいる派手な茶色
一澤くんは
あたしの身体が反射的に
でも、今度は
そうこうしているうちに、一澤くんはつかつかとあたしの前まできた。あたしは思わず小さく、二、三歩後ずさりする。
いけない。あたし悪くない。少なくともいきなり平手打ちをされるようなことはなにもしていないはずだ。あたしは下ろしたままのてのひらを、
視線をあたしの拳に落とした一澤くんは泣きそうな苦笑いを
「ごめん! 悪かった!」
開いた両足の
声もでないほど
「あの、とりあえず頭あげて? でで、できればどういうことか説明してくれると……」
あたしはしどろもどろに言葉を
これが一澤くんじゃなかったら、あたしはもっと強気に出ていたかもしれない。
だけどちょっといいなと思っていた程度でも、あたしはどうやら自覚している以上に一澤くんを観察していたらしい。相当の理由がなければあんなことはしないと、心のどこかで確信している。
言葉を探すように何度か小刻みに深呼吸をする一澤くんの横から、違う男子の明るい声がした。
「
一澤くんについてきた
そうか。人違い……なんだ? 頭から冷水をかけられたような気持ちになった。
ようやく顔をあげた一澤くんは、申し訳なさのにじみ出る
「俺のこと、ぶったたいていいよ。知らない男の顔たたくの気持ち悪くなかったら。あ、それともケリ入れる?」
いたって
「い、いいよそんな……身に覚えがぜんぜんなかったから。誤解が解けたならそれでいい」
人違い。
真っ黒い一澤くんの瞳に吸い込まれそうになりながら、あたしは、ひとつの予感にからめとられていた。
困ったな。なんなのこんな時に。この予感、当たらなければいいのにな。
なかなかあたしの前を去らない一澤くんにいいよいいよ、とひたすら言い続けた。
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