5分後に失われる恋/恋する実行委員会

特Aランクの失恋に対する傾向と対策について 稲村カカシ

はつしよう


 ……エ?


「エエ────────────!!」


 すでに夜にドップリとかった22時過ぎ、かんせいな住宅地に私の悲鳴がひびわたった。でも何でもなく、本当に響き渡った。近所の犬たちが、いつせいにほえているのがそのしようだ。階下からも、心配した母の声が聞こえてくる。


 が、今の私には、その声にこたえるゆうはない。

 メールしようの彼からのメール。そのメールにはたった1行。


 ───オレ、好きな子できたから、別れてくれ。───


 何度見ても、何語にほんやくしても、片目で読んでも何も変わらない。

 さすがに、どんかんな私でもわかる。


 つまり、「フ・ラ・レ・タ」のだ。


◆現状のかくにんおよび原因について


(落ち着いて…落ち着いて、ワタシ!! こういう時には、そう、深呼吸、深呼吸しかない!! 大きく息を吸って、いて、吸って、吐いて…フウ・フウ・フー、フウ・フウ・フーって、何も産まれてこないから!!)


 冷静になろうとすればするほど、どんどんじようちよが不安定になってくる。そもそも、一方的な内容の、このじんなメールを送ってきたのは彼だ。一体どういう事なのか、本気で言っているのか、本気の本気の本気で言っているのか、本人に確認してみれば良い事だ。

「よし」と気合いを入れ、スマートフォンを片手にディスプレイをにらみつける。ディスプレイに映り込む自分の目が血走っていてこわい。

 メールアプリを起動し、彼からのメールに返信しようと人差し指をばす。指が小刻みにふるえるのを自覚したしゆんかん、その震えが全身に伝わっていく。


[ホントに好きな人ができたの?

 そんなに、その人が好きなの?

 その人と付き合ってるの?

 ゼッタイ、私の方がその人より好きなのに]


 文字を入力していた手が止まる。

(こうじゃない。私が伝えたいのはこんな事ではない)

 メールぎらいな彼が、わざわざ送ってきたのだ。彼の言葉にウソはない。そんなに簡単にくつがえる話でもないはずだ。

 つまり、私が送るべきメールの内容はこうだ。


[わかった。

 好きな人ができたんだったら仕方ないよね。

 じゃあ、もう、これからは友達っていう事で。これからは、ただの友達として、メールとかしても良いかな? ゼッタイ、ジャマなんてしないから]


 内容を全面的にへんこう。彼の意志は全面的に尊重しつつ、友達として彼とのつながりを持つ。

 そばにいてチャンスをうかがおうという気持ちはヒタかくすし、そう簡単に忘れられないとか、生きりようになってでも追いかけるとか、そんな事は顔に出さないようにするし。

だいじよう!!)

 何が大丈夫かは、自分でれいにスルー。


(送信…できない)


 もし、もしも、きよリストに入れられていたりしたら、息が止まるかもしれない。いや、ちがいなく、かいせき不能な悲鳴と共に、そこの窓から飛び降りる。まあ、ここは2階だから、つうに着地できそうな気もするけど。

 拒否する様な人ではない。と、信じたいけど、だけど、万にひとつ、億にひとつなんて事もあるかもしれない。けんしようなんて当たった事はないけど、最初の当たりがコレという可能性もある。いや、きっと当たる。


(ああ、ムリムリムリムリムリムリムリ!! 送信なんてできない。さくじよ、削除、削除!!)


 拒否できない場所。そうだ、学校の中でなら、確実に彼に伝えられる。直接伝えるなら、拒否リストに登録なんてできない。


(うん、明日あした、学校で言おう)

 私のこの思いのすべてを─────!!


 この夜はいつすいもできなかった…


◆セカンドオピニオン


 翌朝、目の下にクマさんを飼った私は、入学以来初めて教室に1番乗りした。


 私は2組で、彼は5組。教室も違えば階も違う。1、2組は3階。3、4組は2階。そして、5、6組はべつむねの2階にある。直接会って話すと言っても、そんなに簡単ではない。別のクラスの女子生徒が名指しで会いに来たなんて事になれば、いつしゆんで全校生徒に伝わるに違いない。もしかすると、新聞部がインタビューに来るなんて事も…


(いや、それだと、別れた彼に、元彼に、今では片思いになった人に……)

 ああ、自分の考えに、どんどん心が折れていく。

(そもそも、「学校では話しかけないでくれ」と言われていたんだ)

「ちょっと、ずかしいから、オレ達が付き合っている事は2人だけの秘密にしよう」とも言われた気がする。

(ダメじゃん)

 これだと、学校で話しかけるなんてできない。


 そう言えば、付き合い始めてから3ヵ月の間に、デートしたおくがほとんどない。付き合い始めて1週間の時に、いつしよに公園を散歩したくらいだ。電話で話した事、一体何回あるだろう? 2…3回かな。メールのやり取りも、メールがきらいな彼からは、どくにはなっても返事が来る事はなかった。


 3ヵ月前、告白したのは私からだった。

 何の部活にも入らなかった私は、基本的にはすぐに下校する。何をするでもないが、学校にいて良い事なんて何もない。でも、あの日、数学の宿題を忘れたばつとして、居残りで読書感想文を書かされていた私は、ぐうぜんグラウンドを走る彼を目にした。

 キュン…と胸が鳴った。

 マンガみたいに、キュンと。

 なぜ、こいに落ちた音が「キュン」なのか不思議だったけど、本当にキュンと鳴った。

 多分、トキメキにおどろいた心が胸をしめつけると、キュンと音を鳴らすのだろう。


 3ヵ月間、だれが何と言おうと、私は彼の彼女だった。

 ひとりでもんもんと考えていても思考のめいからけ出せない私は、クラスメートで親友と呼べる女子に相談する事にした。あまり役に立ちそうにないが、それでも、何かしら心を打つ言葉を口にしてくれるかも知れない。こうぼう大師も筆を誤れば、河童かつぱも川で流されてしまうという話がある。それなら逆に、ぼんじんが名言をく可能性もゼロではない。


 ひるきゆうけいの時に話をすると決め、私は時間が過ぎるのを待った。

「でね、ちょっと聞いてほしい事があるんだけど…」

 まどぎわに机をくっつけ、向かい合う形で弁当を食べているちゆう、意を決して口火を切る。彼女ははしを持つ手を止めず、卵焼きを口に運んでいた。

「何? って、そう言えば、アンタ今日顔色悪いよね。何かあった?」

 だん何も考えていないようでも、みような変化に気づいていた事に驚く。

「なーんちゃって」

 グーでなぐりたい。

 大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。そして、周囲に人がいない事をかくにんして本題に入る。

「実は…昨日、フラれちゃって…」

「は?」

「だから、昨日フラれちゃって」

「誰が?」

「だから、ワ・タ・シ」

「誰に?」

「5組の…彼氏に…」

「意味がわかんないんだけど? え? 何? フラれたって、誰に?」

「だから、カ・レ・シだってば」

「リアじゆうほろびのじゆもんぜんめつすればいいのに…バル───」

 ふと思い出す。

 そう言えば、彼が「あまりみんなに知られたくない」と言っていたので、付き合っていることは彼女にも話していなかった。つまり、彼氏ができたという話をすっ飛ばし、別れ話をされたという相談をしようとしているのだ。

(ああ、ダメかも…)

「へえ、そうなんだ。彼氏ができたら真っ先に報告しようね!! とか、おたがいにヒミツは持たない様にしようね!! とか言ってたのに。へえ、彼氏ができてたんだあ。へえ……」

(もうダメだ)

 相談どころではない。違うやみが増えただけで、何の解決にもならない。

 確かに、もうひとつ問題が増えたおかげで、フラれた事をなやむ時間は減った。でも、解決にはほどとおい場所にいる事は間違いない。当然、一刀両断されたハートが元にもどるわけでもない。

 親友に解決策を求める事はあきらめた。同時に、放課後、駅前のドーナツショップでおごらされる事が決定した。


しようれいの研究としよほうせん


 放課後───

「私のドーナツが食べられないのか!!」と、ドラマで見るぱらい上司のごとくからんでくる親友に、チョコリングをムリヤリ口にねじこまれた。

 将来、OLになった時の予行演習のようだ。と言うか、そもそも、そのドーナツは私のおごりなのだから、彼女のではなく「私のドーナツ」だ。

 2時間余り散々イヤミを言われた後、ようやく解放された私は大きくタメ息をいた。

 これからどうすれば良いのか…例えば、泣いてすがりつくべきなのか、ストーカー生活を送るべきなのか、意見を聞きたかったのだが、まったくそんなふんにはならなかった。

 ハッキリ言うと、これっぽっちも役に立たなかった。


 再びせいだいにタメ息。

 ふと視線を上げると、駅前の本屋が目に入った。

(本? 本!? そうか、本だ!!)

 友人も少なく、その友人でさえも相談相手にできない私は、本にたよるしかない。

 つかむワラを必死で探している私は、その大型書店に向かってかけ出した。


 新刊のマンガコーナーしか知らない私は、店内をキョロキョロと見回す。おそらく、はたから見ると挙動しんの要注意人物だ。万引きGメンとかいたら、真っ先にマークされるだろう。

 深く考えずに入店したが、実際、れんあい関係のしよせきなどあるのだろうか?

(店員さんに…聞けない)

 グルグルと店内をはいかいしているうちに、しゆコーナーに恋愛関連の書籍を発見した。

(恋愛って、趣味なのか? 恋愛マスターに成長しろと? それとも、かたに黄色いネズミを乗せてバトルしろと?)

 いろいろと思うところはあったが、勢いに任せて3冊もこうにゆうしてしまった。こういったたぐいの本は意外と高く、ドーナツと合わせて、目まいがする程の出費になった。

 本屋のふくろをぶら下げて、ようやく帰宅する。単行本サイズの本が3冊となると、意外に重い。そんな私を見た母が満面のみをかべていたが、残念ながら、これは問題集でも参考書でもない。


 階段を上がり自室に戻った私は、袋から本を取り出して並べる。本のタイトルは、「だいしつれん」「しつれん~アノおとこわるい~」「れんあいじようじゆ!! ライバルをのろえ」。内容を確認せずに購入したが、それなりに役に立ちそうだ。

 とりあえず、タイトルに共感できる「大失恋」を手に取り、ページをめくり始める。

 内容は、タイトル通り、著者が経験した厳しい失恋の話だった。出会いから別れまでを、時系列で語っている。

 コンパで知り合った彼氏からのもうアタックに、全く興味がなかった著者が根負けした形で付き合う事になった。付き合い始めるまではマメにれんらくしてきていたが、じよじよにメールの返信がなくなり、電話にも出なくなる。不審に思った著者が彼氏の自宅を訪ねると、なんと、ほかの女が出てくる。

 しゆ。だが、彼氏が出来心のうわだから許して欲しいと土下座し、1回だけは…と許す事にした。


 読んでいるコチラの頭が痛くなる。こんな男はごくに落ちればいい。

 当然、浮気はこの1回で済むはずがなく、2度、3度とり返され、挙げ句に彼氏の7またが発覚。別れ話を切り出すつもりで会うと、向こうから「しつぶかい女はきらいだ」とフラれてしまう。

(最悪だ)

 ダメな男に捨てられる女。

(この人に比べれば、私はかなりマシな方だ)

 この本は、こうめくくられていた。

 ─────私の方がマシだと思った人は、地獄に落ちればいい!!─────


 次の本を手に取る。「失恋~アノ男が悪い~」。

 ぼうとうから読むと、つまり、タイトルの通り、「失恋したのは、私が悪いわけではなく相手が悪い」という事が延々と300ページ余り書いてあった。

 確かに、相手が悪い!! と思いこめば、一時的には救われるかもしれない。

 しかし、それではこいをした、相手を本気で好きになった事さえもウソになってしまいそうだ。相手も悪いのかもしれないが、自分に足りなかったもの、これから身につけなければならない事を考えようと思う。

 せっかく人を好きになったのだ。

 その事をウソにしたくはないし、少しでも自分の成長につなげたい。


 えっと、「恋愛成就!! ライバルを呪え」は、本格的にヤバ系の内容だった。

 うしつ時にワラ人形をどこに打ち付けろ、とか、こいがたきかみの毛を入手してうんぬん

(これって、犯罪ギリギリなんですけど。と言うか、こんな内容の本を売っていいの?)

 恋敵に対してふくむところがないわけではない。でも、たとえ恋敵が階段から落ちようが、犬のフンをもうが、彼は戻ってこない。それどころか、私の中でドス黒いものがうずを巻き、人間の暗黒面からけ出せなくなりそうだ。

 そもそも、別れ話は彼と私の問題で、第三者には無関係だ。

 恋敵が悪い、アノ男が悪い、と思いこめば楽になるのかもしれない。それでも、私にも原因がなかったとは、どうしても思えない。


 もっと、何かできたのではないだろうか。

 返事がないと分かっていても、もっと、メールすればよかったのかもしれない。

 めんどうくさがられても、もっと、電話すればよかったのかもしれない。

 もっと、いつしよに帰れるように、部活が終わるまで待っていればよかったのかもしれない。

 もっと、もっと、できる事があったはずだ。

 ずかしい、という理由だけで秘密にされたのだろうか。

 私が、もっとかわいければよかったのかもしれない。

 こんな、かろうじてぐせを直しただけの髪型ではなく、もっとオシャレに気を配っていればよかったのかもしれない。

 彼の気持ちを、もっと理解しようと努力すればよかった。

 もっと、もっと、もっと、もっと─────


 もっと、一緒にいたかった。


◆完治


 その後、深夜までインターネットの恋愛相談をけ回り、SNSでさけびまくった。週末に、全財産を持って有名なうらない師を何人もめぐった。

 でも、いくらあがいても、失恋したという事実は消えない。

 どんなに親身になって話を聞いてくれても、なつとくする答えはもどってこない。

 結局、自分で解決するしかないのだ。


 つかれ果てて学校に行くと、親友が近づいてきた。

「今日の放課後、ちょっと良い?」

「え、ああ、うん」

 よく分からないが、何となく断れないふんかもし出していたので、すぐにうなずいた。傷心の私に一体何の用事だろうか。もしかしたら、ドーナツのお返しに、何かおごってくれるのかも知れない。

 しかし彼女は、私の期待を当然のように裏切った。

 彼女は、コッチコッチと手招きをしながら校庭を横切り、今まで行った事もない校舎と校舎のはざうように進んで行く。仕方なくついて行くと、植えこみの間を抜けたしゆんかんとつぜん、目の前が開けた。

 そこで、彼女は一点を見つめ、ゆっくりと指を差す。

 その指の先を、私も見つめる。

 上半身がはだかの男子生徒……


「ここからなら、男子こう室が見え」

「アホか─────!!」


 思わずぜつきようし、え中の男子生徒に見つかりそうになる。あわてて植えこみに身をかくした後は、あんのタメ息をいた。

「って、一体、何がしたいの?」

 興奮さめやらない私は、を含んだ言葉を彼女にぶつける。しかし、彼女は気にするりも見せず、たんたんと言葉をつむぐ。

「いろんな事やって、少しずつうすめていくしかないんだよ」

 彼女の言葉に、私は目を見開く。


「本気で人を好きになったらさ、そう簡単には忘れられないけど、やっぱ、思い出に変えていくしかないんだよ。フラれて、落ちこんで、なやんで、悩んで、そうしていく中で、少しずつ思いが薄くなって、少しずつ、心の奥にしずんでいく。で、最後に泣いて、泣いて、前に進むんだよ」

 彼女は恥ずかしそうに微笑ほほえむと、グッと親指を立てる。

「まあ、私の経験だけどね!!」


 その日の夜、私は1通のメールを彼に送った。


[短い間だったけど、ホントにありがとう。バイバイ!!]


 このメールはきよされる事なく、どくになった。

 その瞬間、目の前がボヤけた。

 ずっとなみだなんて出なかったのに、どんどんあふれてくる。

 玉のような涙がほおを伝い、ポタポタと手のこうに落ちる。

 かたふるえる。

 口がへの字になる。

 とんに頭をっこんだ。

 大声で泣いた。

 とにかく泣いた。

 泣いて、泣いて。

 泣いて、泣いて。

 泣いて、泣いた。


 きっと私は、明日あしたから前に進む─────

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