愛する人を守りたい
そしてある日、銀の長い前髪に片目を隠した、最低限の筋肉しかついていないすらっとした体躯の男――蓮に言われたのだ。
「息子のピアノの講師になってほしい」
と。陛下の命令もあり、偶然が重なった。
私は思いつきや感情で言動を起こすことはしない。失敗する可能性が高くなるからです。ですから、成功する可能性が82.00%を越した時に、言動を起こします。
蓮のもう一人の奥様に会った時には、彼女を愛するという可能性はゼロでした。
ですが――
中絶を決断して、一人きり悲しみに耐えているおまけをそばで感じて、光命は思った。
私が彼女を愛するという可能性が0.01%出てきた――
蓮から手渡された小説の原稿を読み終えた光命は、紙面から顔を上げた。
「こちらはアダルト作品なのですか?」
「違う。この物語は全部で六章あるが、三章のお前の部分だけ、そういう内容だった」
「そうですか」
「なぜ、光をこんな書き方にしたんだ?」
蓮が頭をひねっている隣で、光命は優雅に微笑んでいた。
(なぜ、彼女は私の性欲が強いことを知っているのでしょう? おかしいみたいです。ですが、私が彼女を愛するという可能性は上がり、32.07%――)
こんな風に、おまけが何か言動を起こすたびに、光命の可能性の数値が上がっていき、とうとう82.00%を越した。
「私は彼女を守りたい」
ただ見ているだけといい命令が、やけにもどかしかった。おまけは精神科の病棟へ入院することとなり、友達も家族もなくして、手元に残ったのは障害手帳だけとなったおまけだった。
あんなにがむしゃらにやってきた結果がこれだなんて――おまけは嘆き悲しもうとしたが、一分も続かなかった。
「泣いてたって、何も変わらない。完治する病気じゃないなら、共存する方法を考えよう」
そうやって、彼女は神に手を伸ばさずに、先へ進んでいってしまうのだ。
光命の中のかのせいは百パーセントに達して、神である光命が愛するに値する人間の女性だった。
そしてある日、海辺の綺麗なレストランへ光命は蓮に招待された。夕焼けが夜へと変わる一番美しい時間帯。キャンドルの明かりがガラスの器の中で優しげに揺れる。
一緒にいる時間はとても貴重で楽しいひと時だった、いつだって。帰りたくないと思ったのは、やはりおまけを愛した頃だった。このまま夜の街に二人で消えてしまえたらと思った。
たとえ、それが神に許されていなかったとしても、そう思ってしまう自分がいるのだ。認めることが、気絶をしない要因の一つになっているのだと最近わかってきた。
「光……」
奥行きがある少し低めの、ファンを魅了してやまない蓮の声が呼んだ。
「結婚してほしい」
差し出された箱が開けられると、婚約指輪が入っていた。
全てはここへと続くためだったのかもしれない――。
神の慈愛の光が降り注いだ気がして、光命の神経質な頬を一粒の涙がこぼれ落ちていった。
神は赦してくださっていたのだ。最初からそうだったのだ。それを頑なに拒んでいたのは自分だったのだ。だからもう、嘘をつく必要はなくなった。
光命は優雅に微笑み返した。
「えぇ、よろしくお願いします」
「これからは、俺たちもお前が倒れない方法を探す」
「ありがとうございます」
人の心は丸い形をしているという。しかし、生まれてきた時はかけている部分が必ずあるという。それを完全な丸にしてくれるのが、生涯のパートナーということだ。だが、自分はどうやら、何人もの人がやってきて、ようやく完全な丸となれる特殊なケースのようだった。
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