第91話 おちょくること、小学生の如し
「兄上。来ましたよ」
「
ここは、武田軍が受け持つ陣だ。
昨日の一戦で
俺と軍師で妹の南は、悠然と腕を組んで待ち構える。
武田軍も自信たっぷりだ。
各々武器を構えて、不敵な面構えを見せてくれる。
南がスッと指をさした。
「兄上。あの石畳の旗印は……」
「ああ。
高梨隊はすぐにわかる。
特徴のあるチェッカーフラッグに似た石畳の旗印だからだ。
大将の高梨政頼が、よく鍛えられた塩辛声を上げる。
「押し出せ! 押せ! 押せ!」
高梨隊は、『エイオー! エイオー!』と声を合わせて押し寄せてくる。
だが、高梨隊の目の前には有刺鉄線がある。
この有刺鉄線を高梨隊がどうにかしない限り、武田軍のワンサイドゲームだ。
遠慮しないぞ!
「弓隊! 放て!」
「千鶴隊! 迎撃! 撃て!」
俺と南が命令を下すと、弓隊が山なりの矢を放ち高梨隊を上から攻撃し、千鶴隊はクロスボウで正面から高梨隊を攻撃する。
高梨隊は手楯で防ごうとするが、何人かが矢の餌食になる。
昨日の戦が再現された形だ。
「南! あれは何だ?」
「
だが、高梨隊は一工夫していた。
高梨隊の前列は、筵を手に持っていた。
有刺鉄線エリアにたどり着くと、有刺鉄線に筵をかぶせ始めた。
「ほう! 考えたな!」
「なるほど。筵で有刺鉄線を無力化しようと……。悪くないですね」
有刺鉄線の上に筵を敷いても、完璧に棘が無力化されるわけではない。
それでも、何も対策しないより遥かにマシだろう。
数人の高梨隊の兵士が筵の上を歩き、有刺鉄線エリアをクリアした。
何とか
「ご苦労さん!」
「お疲れ様!」
「悪いなぁ~!」
だが、たどり着いた数名の兵士は、竹矢来の向こうから武田軍の槍に突かれた。
防具の胴で槍を防げた者もいたが、バランスを崩して転倒する。
そこに、武田軍は広げた有刺鉄線を投げ込んだ。
「痛い! 痛い!」
「よせ! 止めろ!」
高梨隊の兵士は、転倒したところに有刺鉄線を投げつけられ、立ち上がろうとするが有刺鉄線が絡んで立ち上がれないでいる。
「南、今のところ大丈夫だな」
「そうですね。問題ありません」
俺と南は余裕を持って戦闘に対処していた。
武田軍の兵士も気持ちに余裕があるのだろう。
攻め寄せてくる高梨隊を落ち着いてさばいている。
敵高梨隊は、筵を敷く作戦を続行している。
竹矢来までたどり着いた者が出たので、一定の成果ありと判断したのだろう。
「エイオー!」
「エイオー!」
「エイオー!」
「エイオー!」
声を合わせて有刺鉄線の上に筵を敷いて乗り越えてくる。
武田軍は、同じように弓とクロスボウで矢を放つ。
竹矢来に近づいた者には槍と有刺鉄線の投げ込みを行った。
しばらく状況が膠着するが、徐々に竹矢来にたどり着く者が増えた。
南が俺に耳打ちする。
「兄上! 頃合いです!」
「よし! 退け! 退け! 退き太鼓だ!」
俺は退却の合図を出し、陣太鼓を叩かせる。
ドーン!
ドーン!
ドーン!
陣太鼓が鳴り、武田軍に退却を促す。
武田軍は左右に分かれ、スルスルっと陣を捨て退却した。
ただし、ほんの二十メートルほどだ。
「武田晴信恐るるに足らず!」
高梨政頼かな?
大声で何か言ってる。
だが、いい気になっていられるのは、今だけだ。
「幕を下ろせ!」
張ってあった陣幕がバサリと落ちた。
有刺鉄線と竹矢来……。
先ほどと、まったく同じ仕掛けだ。
俺たちは、第一の陣を捨て後ろに下がった。
下がった所には第二の陣があったというわけだ。
第二の陣を見て高梨隊の面々は、口をあんぐりと開けて驚いている。
「ブハハハ! 南! あの顔を見ろよ!」
「フフフ、兄上、傑作ですね! そんな驚かなくても良いのに!」
高梨隊の大将高梨政頼が、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
拳を握りしめ歯を食いしばる姿は、最高に面白い。
「ふ……ふざけるな! こんな
俺はすかさず高梨政頼を挑発する。
こういう時は、下らない挑発ほど効くのだ。
「バーカ! バーカ!」
俺の小学生並みの挑発に高梨政頼は激高した。
腰の刀を抜き、俺に刀を向ける。
「おのれ
俺は手を振りながら動き出す。
「後ろへ動きまーす!」
「あっ! これ! 待たぬか!」
俺たちが後ろへ下がろうとすると、高梨政頼は動揺した。
また、同じ仕掛け、同じ有刺鉄線の陣があるのではないかと思ったのだろう。
正解だ。
この後には五つ同じ陣を用意してある。
俺と高梨政頼のやり取りに、武田軍がドッと湧く。
「見ろよ! 真っ赤になったり、青くなったり!」
「まあ、陣は沢山あるからな!」
「俺たちゃ後ろへ行けば良いから楽だなあ~」
高梨政頼がギリギリと悔しそうに歯がみした。
そして、バッと背を向けた。
「退くぞぉ! 覚えておれぇぇぇぇぇぇぇ!」
高梨政頼率いる高梨隊は、第一の陣まで進めたが、第二の陣を見てるとあきらめて退却した。
俺は右手をグッと挙げる。
「また、勝ったぞ! エイ! エイ! オー!」
「エイエイオー!」
「エイエイオー!」
「エイエイオー!」
武田軍は大いに盛り上がった。
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