【優秀賞】武田信玄Reローデッド~転生したら戦国武将武田信玄でした。チートスキル『ネット通販風林火山』で、現代の物をお取り寄せ無双して、滅亡する武田家の運命をチェンジ!
第70話 矢を放つこと、那須与一の如し!
第70話 矢を放つこと、那須与一の如し!
――一月後。天文四年冬、年末。
ついに、富士氏の嫡男『富士信忠』殿の脱出作戦が開始された。
ここは、今川家本拠地駿府城の沖合だ。
俺たちは、漁船に乗って待機中なのだが……。
真冬の船上は寒い!
「寒いなあ……」
「寒いねえ……」
「ええ!? いや、むしろ暑くないですか?」
「「……」」
俺、奥さんの香、飯富虎昌である。
飯富虎昌は興奮して、体温が上がっているのだろう。
真冬にも関わらず、飯富虎昌の周りから湯気が上がっている。
なんて暑苦しい男だ!
「まだかな……」
香は和服の上からダウンジャケットを着込んでいるが、それでも寒さがこたえるのだろう。
珍しく弱々しい声をだしている。
俺は、ネット通販風林火山で手に入れた腕時計を見た。
作戦決行まで、あと五分だ。
「香。あと五分で決行だよ」
「大丈夫かな? 私も行けばよかった……」
「風魔小太郎が出張っているから、大丈夫だろう」
船に同乗している二人の風魔忍者に目配せすると力強くうなずいた。
俺は床几に腰掛けたまま、香を落ち着かせる。
「今は、待とう。きっと大丈夫だよ」
「そうね」
既に、風魔小太郎と配下の風魔忍者四人が、現地に潜入している。
五人には、腕時計を貸与しているので、決行時間を間違えることはない。
だが、不測の事態はつきものだ。
事前に富田郷左衛門率いる『三ツ者』が事前情報を収集し、風魔忍者たちと作戦の演習を何度も行った。
それでも本番では何が起るかわからない。
香がしきりに心配するのも無理はない。
風魔小太郎の対応力に期待しよう。
「時間だ!」
決行時間の午前二時になった。
草木も眠る丑三つ時。
今川家の本拠地である駿府城も眠っているように静かだ。
今回の作戦は、富士信忠と配下四人の合計五人を海から逃がす。
駿府城から歩いて約一時間の距離に大浜海岸がある。
距離で約六キロ。
俺たちが待機しているのは、ここ大浜海岸の沖だ。
ここで富士信忠たちをピックアップする
そして大浜海岸から、我ら武田家の勢力圏である田子の浦までは、約四十キロ。
距離はあるが、海の上を漁船で行くので安全だ。
漁船は、ネット通販風林火山で中古を買った。
八トンで、定員は十五人。
発電機、GPS、魚群探知機、海上レーダー、オートパイロット、潮流計を装備。
お値段は、一千五百万円なり。
「御屋形様! あれを!」
護衛の風魔忍者が指さす先を見ると、遠くに火の手が上がっている。
あの火は予定通り、陽動作戦なのだ。
「始まったな!」
――火事騒ぎのドサクサに紛れて逃げ出す。
風魔小太郎が立てた作戦だ。
『静かにそっと抜け出した方が、良くないか?』
『駿府から脱出させるのは五人ですよね? 五人で動けば、すぐバレますよ?』
当初、俺はこの『火事のドサクサ紛れに脱出作戦』に疑問を持ったのだが、風魔小太郎の言う通りだと思った。
風魔衆は、荒事が得意な連中だ。
任せて間違いないだろう。
今日は新月で月明かりがない。
暗さが、脱出する富士信忠たちに味方してくれる。
波に揺られながら、暗い海の上でジッと待つ。
風魔忍者が俺に声をかける。
「御屋形様。そろそろ準備を」
「わかった! エンジンをかけるぞ!」
漁船のエンジンをかけ、発電機も始動する。
バタバタとエンジン音が響き、計器板の光が、うっすらと辺りを照らす。
時間は二時二十分。
順調なら、そろそろ来るはずだが……。
「来ないね……」
香が眉根を寄せてつぶやく。
俺は、側にいる年輩の風魔忍者に確認する。
「トラブル発生か? 俺たちも応援に行った方が良いか?」
「いえ。今しばらくお待ち下さい。いよいよの時は、笛の音が聞こえます」
「そうか……」
「こういった仕事は、計画通り進まないことが当たり前です。頭領が出張っていますから、仕事は必ずやり遂げます。風魔の名にかけて!」
年輩の風魔忍者は、力強く言い切った。
覚悟を感じるほどだ。
こうまで言われては、待つしかない。
「わかった。待とう。香もいいな?」
「うん。小太郎さんを信じよう」
香は身じろぎもせず、浜辺をじっと見ている。
暗くて見えないが、浜辺にはエンジン付きのゴムボートが二艘あるはずだ。
こういう時は、香の方が、腹が据わっている。
俺も実戦を経験して、初陣の時より気持ちに余裕があるが、まだ落ち着きが足りない。
――動かざること山の如し。
なるほど。
心に刻もう。
若い風魔忍者が立ち上がった。
「来ました! 追っ手がかかっています!」
「ぬう! 暗くて見えん……」
飯富虎昌が短く応じた。
俺もだ。
新月だから暗くて、見えない。
「音でわかります!」
若い風魔忍者が自信ありげに答えるので、年輩の風魔忍者に目を合わせ確認すると、静かにうなずいた。
どうやら正解らしい。
音って……。
漁船のエンジン音、発電機の音、波の音、風の音。
これだけある音の中から遠くの音を聞き分けたのか!
「さすが風魔衆ということか……」
俺の微かなつぶやきを、風魔忍者二人の耳は拾ったらしい。
嬉しそうに、誇らしげに、微かに笑む。
しばらくすると、怒声が聞こえてきた。
「待たぬか!」
「この恩知らずめ!」
声は聞こえるが、暗くて姿は見えない。
だが、声から察するに、状況は悪そうだ。
一気に場が緊張する。
「計画通りに動こう! どこだ?」
追っ手がいる場合も、ちゃんと想定済みだ。
若い風魔忍者に、富士信忠たちがいる場所を聞く。
「御屋形様! あの辺りに強い灯りをお願いいたします!」
「わかった!」
強い灯りというのは、夜間航行用に積んでいるサーチライトのことだ。
若い風魔忍者が指さす方向に、俺は船に積んだサーチライトをあてた。
強い光が海岸を照らす。
ゴムボートが二艘……、その先に……、いた!
ゴムボートへ向けて必死で走る武士が五人。
先頭を走る若い男は身なりがよい。
あれが富士信忠だろう。
後ろでは、風魔小太郎たち風魔忍者五人が戦闘中だ。
追っ手を足止めしているが、追っ手は七人と数が多い。
俺はサーチライトを追っ手に向けた。
「うわっ!」
「何だ!」
「まぶしい!」
「各々方! ご注意を!」
サーチライトが目潰しになり、追っ手の足が止まる。
同時に風魔小太郎が叫ぶ。
「今だ! 一人行け! 客を船まで案内しろ!」
「しかし、追っ手が――」
「ミツ! 行け! 命令だ!」
「合点!」
風魔忍者から一人が抜けた。
一番若い忍者、まだ幼さを顔に残したミツだ。
ミツは、先行する富士信忠たちを見る間に抜き去り、ゴムボートにたどり着く。
「こちらへ! お早く!」
ミツはゴムボートを海へと押し出し、エンジンをかける。
富士信忠たちがゴムボートに飛び乗ると、ミツは練習通りゴムボートを操り俺たちが乗る漁船までたどり着いた。
「ゆっくり上がって! 海に落ちないように!」
俺たちは船縁から手を伸ばし、ゴムボートから富士信忠たちをゆっくりと引き上げた。
何せ冬の海だ。
落ちたら凍えて、命がない。
富士信忠は、船に上がると俺に礼儀正しく挨拶をした。
「かたじけない。富士信忠にございます」
「武田晴信です」
「えっ!? 武田家頭領の!? 御自ら!?」
武田家トップが迎えに来たことに、富士信忠は驚いている。
船やらゴムボートやらがあるから、人任せには出来ない。
「まだ、戦中故、きちんとした挨拶は後ほど!」
「はっ!」
育ちのよい素直な青年といった印象……。
戦国時代では、大変だろうな。
「上大蔵!」
俺は一芸【上大蔵】にゴムボートを収容すると、海岸で戦う風魔小太郎たちに意識を移した。
風魔小太郎たちは四人、追っ手は六人。
一人減った。
風魔小太郎たちが倒したらしい。
だが、風魔小太郎たちの中には手傷を負った者もいるし、いまだに劣勢だ。
「香! 援護を!」
「任せて!」
香は、既にスタンバっていて、ダウンジャケットを脱ぎ弓を構えていた。
傍らには飯富虎昌が膝をついて控え、次の矢を準備している。
揺れる船上から、距離のある浜まで矢が届くのかと心配したが、まったくの杞憂だった。
香は、ゆっくりと弓を引き絞ると、追っ手に向けて矢を放った。
放たれた矢は、海風をものともせずに直進し、追っ手の一人に突き刺さった。
追っ手の一人が、ドウと倒れる。
「おお!」
「この距離……。揺れる船の上から当てなさるか……。那須与一か……、板額御前もかくや……!」
若い風魔忍者と年輩の風魔忍者から、賞賛の声が上がる。
一方、香は海岸の追っ手――的から視線を外さない。
「次!」
「ハッ!」
香が次の矢を催促し、傍らにひざまずく飯富虎昌が矢を渡す。
香は、また、ゆっくりと弓を引き、矢を放つ。
海風を切り裂く音が聞こえ、浜の追っ手がまた一人倒れた。
追っ手が明らかに動揺し、動きが止まった。
風魔小太郎が、風魔忍者に指示を飛ばす。
「今だ! 船へ向かえ!」
風魔小太郎が殿を務め、他の風魔忍者たちがゴムボートへ走る。
両手を大きく開き、追っ手を威嚇する風魔小太郎。
そこへ気持ちを持ち直した追っ手が、襲いかかろうとする。
「行かせるか! グア!」
だが、香が追撃を許さない。
今度は、足を射貫かれ追っ手がまた一人倒れた。
「次!」
「ハッ!」
淡々と一定のペースで弓を放つ香。
追っ手にはサーチライトを当てているので、こちらの様子は見えない。
おそらく追っ手からは、光の中から連続して弓が飛んでくるように感じるのだろう。
そして仲間が倒れるのだ。
たまったものではない。
「きょ……距離を取れ! 暫時退くのだ!」
「クッ! ここまで来て……」
追っ手が下がった。
風魔小太郎は、すかさず身をひるがえし、ゴムボートに飛び乗る。
「出せ!」
甲高いエンジン音を響かせて、ゴムボートがこちらへ向かってくる。
浜では追っ手が、地団駄を踏む。
「おのれ~!」
「どこの者だ!」
「戻って勝負いたせ~!」
フッと息を吐きながら、香が弓を降ろし、笑顔で浜に手を振る。
「戻らないわよ。バイバーイ♪」
風魔小太郎たちの乗る二艘目のゴムボートを回収し、俺たちの漁船はゆっくりと武田領へ向かった。
――富士信忠脱出作戦は成功した!
*
富士信忠脱出作戦終了後、年輩の風魔忍者は、風魔小太郎に問い質した。
「頭領……。なぜです?」
「何が?」
「先の富士信忠殿をお救いする作戦です」
「うん。成功したな」
風魔小太郎は軽く答え、年輩の風魔忍者は苦笑いをする。
「そうではありません。浜での戦闘です。あの程度の追っ手は、すぐに倒せたでしょう? なぜ、苦戦しているように見せたのですか?」
「……」
「御屋形様を試したのですか……?」
年輩の風魔忍者は、渋い顔をした。
風魔小太郎たち、風魔忍者の分派は武田晴信を主君として選んだ。
将来性があり待遇の良い主君を探して仕えるのは、当然のことだと、年輩の風魔忍者は考えている。
しかし、仕えた主君を試すのは、どうかと思った。
「頭領……」
「そんなに怒るなよ。試してみてわかったが、武田家はいい。御屋形様もいい。誠心誠意お仕えするさ」
「我らを見捨てませんでしたからな」
「ありがたいよな。俺たちみたいな者を、一人残らず船に乗せてくれた」
忍び、忍者、素破、乱波と呼ばれる者たちは、武士よりも身分が低く、扱いが悪かった。
だが、武田晴信は、浜辺で苦戦する風魔小太郎たちを見捨てることなく、全員を回収した。
そのことに、風魔小太郎たちは感激したのだ。
「さて、我ら風魔忍者の技! 御屋形様の為に役立ててみせようぞ!」
風魔小太郎は、不敵に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます