第54話 裏切者を許さない事、香様の如し

 俺の下知に甘利虎泰と飯富虎昌が反応する。


 まず、甘利虎泰軍の動きが目に入った。


 右前方の本栖湖畔と身延をつなぐ地元道を、法螺貝の音と共に兵たちが一気に駆け下りた。

 そして、本栖湖畔で今川軍と合流した穴山信友軍兵五百に突撃する。


 甘利虎泰に預けた兵力は、一千六百。

 道が狭いので縦長の隊列になっているが、次から次へと坂を下って来る兵に穴山軍は飲み込まれた。


 穴山信友の三つ花菱の馬印が逃げ場を失い右へ左へとフラフラ動く。

 そこへ甘利虎泰の花菱の馬印が突撃する。


 双眼鏡に目をやると、馬上で怯え切った穴山信友と徒歩で近づく甘利虎泰が見えた。

 一言、二言、二人は言葉を交わすが、甘利虎泰が無造作に槍を振り下ろす。


 穴山信友は太刀で受けるが、甘利虎泰の槍の勢いが強く落馬する。

 甘利虎泰は、地に落ちた穴山信友を槍で刺し貫いた。


 甘利虎泰の淡々とした喋りがトランシーバーから聞こえて来た。


『穴山信友を討ち取り申した』


『双眼鏡で見てるよ! 天晴れ! 良くやった!』


 そう言うと双眼鏡の中の甘利虎泰は、こちらを向いて一礼した。


 穴山信友は、歴史通りなら妹の南と夫婦になるはずだったが、武田家を裏切り死亡した。

 南の嫁ぎ先を考えなきゃ。


『続いて今川本陣を叩け!』


『承った』


 甘利虎泰軍は、穴山信友軍を撃破した勢いをかって、今川軍本陣に攻めかかった。


 トランシーバーから、別の声が入った。

 板垣さんだ!


『搦め手の板垣です。飯富殿の勢い凄まじく、小山田信有殿は討ち取られそうです』


『そちらの音を聞かせてもらえますか?』


『承知しました』


 トランシーバーから、激しい戦闘の音が聞こえて来る。

 男たちの叫び声、悲鳴、金属がぶつかり合う音……。

 その音に混じって飯富虎昌の野太い声が聞こえて来た。


『死ね! 裏切り者は死ね! 武田家を裏切り! 香様を裏切ったおのれらを俺は許さん!』


 飯富虎昌ぁ!

 そこに俺の名は無いのかぁ!?

 香だけかぁ!


 ま、まあ、良い。

 飯富虎昌が小山田信有軍を絶賛爆砕中である事は、わかった。


 飯富虎昌軍は、騎馬隊兵四百。

 しかし、本当の騎馬は少なくなっている。

 かなりの人数が馬から、マウンテンバイクに乗り換えているのだ。


 連中は飯富虎昌が集めて来た武家の三男坊や四男坊が多い。

 普段は酒ばっかり飲んでいる気が荒い連中だ。


 この侍連中が中心なだけに攻撃力は高い。

 本栖城の守備兵は、普段は農民をしている兼業兵士だが、飯富虎昌の所の若い連中は、専業兵士だ。

 小山田信有軍五百では、飯富虎昌たちを止められない。


 今はマウテンバイクを降り徒歩武者となって、大暴れをしているだろう。

 俺だったら、飯富虎昌たちを見た瞬間ダッシュで逃げるね。


『ひえええ。飯富虎昌だ!』

『甲山の虎だ!』

『お助け! お助け!』


 トランシーバーから、小山田信有軍の兵士の悲鳴が聞こえて来る。

 だが、飯富虎昌たちは容赦しない。

 さっきから鈍い音がトランシーバーから聞こえて来る。


『甲山の虎! 飯富虎昌の前に立つ者はおらんか! 死ねい! 死ねい!』


 合掌……。

 小山田信有軍の兵士に同情を禁じ得ない。

 そして、ついに見つけたらしい。


『小山田信有! そこを動くな! 飯富虎昌が、その首を貰い受ける!』


『ヒ……ヒイイ! 防げ! 防げ!』


『地獄で閻魔大王に告げるが良い! 私は香様を裏切りましたとな!』


 言葉にすると『ぐぼう』という鈍い音がスピーカーから聞こえた。

 かなり不味い音だ。

 即死間違いなし。


『裏切り者! 小山田信有! 飯富虎昌が討ち取ったり!』


 よし!

 色々と言いたい事はあるが、搦め手門は決着がついた!


『板垣です。御屋形様、お聞きになりましたか?』


『ご苦労様でした。すぐにこちらへ合流して下さい』


『かしこまりました!』


 板垣さんとの通話が終わると搦め手から『エイ! エイ! オー!』と勝ち鬨が聞こえて来た。

 これで今川軍は、穴山信友軍兵五百と小山田信有軍兵五百を失った。


 太源雪斎がしかけたであろう策で得た兵力を失い、さらに武田軍の後詰甘利虎泰隊に本栖湖畔の今川軍本陣左翼を襲われている。


 今川家が不利な状況になって来た。


 だが、大手つまり正面の今川軍は、攻勢をやめない。

 恐らく状況が上手く伝わっていないのだろう。

 その証拠に長バシゴを上がって来る末端の足軽兵や雑兵は、勝ちを確信した自信満々の顔をしている。


 トランシーバーから小山田虎満の声が聞こえて来た。


『こちら城壁中央の小山田虎満。火の準備が出来ましたぞい。御屋形様! 仕掛けますぞ!』


 大手門前の広場に仕掛けた地雷を使う時が来た。

 地雷を使えば今川軍に多くの犠牲者が出るだろう。


 敵とは言え……あまり使いたくはないが……。

 今の状況ならば、地雷の使用も止む無しだ。

 派手に爆発させて、全今川軍に『形勢不利』を分からせるしかない。


『許可する! やれ!』


『地雷に着火する! 各位防御態勢!』


 地雷と言っても、普通の地雷のように一か所だけ爆発する訳じゃない。

 広場に埋まっているのは、香お手製の爆薬で広い範囲にびっしりと埋めてある。


 城壁正面から大量の松明が地面に投げ込まれた。

 コンパネの上に偽装してある草に火が点いた。

 導火線代わりの縄にも火が点くだろう。

 もうすぐ爆発する!


「全員姿勢を低くしろ! 衝撃に備えろ! どこかにつかまれ!」


 俺は大声で呼びかけ、同時に手近な鉄パイプを強く握り、座り込み頭を下げた。

 ところが……。


「なんじゃ! 小童! 恐ろしくて小便を垂らしたか!」


 俺のすぐ側に今川軍の足軽兵が登って来た。

 バカ野郎! 空気読め!


「オイ! そこは危ない! 頭を下げろ! こうして姿勢を低くして、何かにつかまれ!」


「ガハハハ! 小童が血迷ったか! おのれの――」


 その時、爆発が起こった。

 物凄い爆発音がしたと思った瞬間、目の前の足軽兵が吹っ飛んだ。

 足軽兵は本栖城の中心まで優雅な放物線を描いて飛び、地面にたたきつけられた。

 複雑な形に折れ曲がった体は、もう修復できないだろう。


 大手門前の広場にいた今川兵は上空に舞い上げられた。

 足場城壁よりも高くだ。

 落下しても良くて大怪我、着地が悪ければあの世行きだ。


 いや、舞い上げられた今川兵は、まだ良い方だろう。

 爆発に巻き込まれて一瞬で肉片に変えられてしまった今川兵もいた……と思う。


 なぜそう思うかと言うと、竹束の間から爆発の跡を覗くと、見るに堪えない光景が広がっているからだ。


 地面は大きくえぐり取られ、立っている者はいない。

 足場城壁もかなり損傷を受けている。

 石膏ボードやコンパネに穴が開き、鉄パイプが『く』の字に曲がってしまった。


 俺は、広場から立ち上がる熱と焦げ臭さに、顔をしかめながらトランシーバーをつかんだ。


『みんな無事か?』


『城壁中央、小山田虎満。何人か足場から落ちました』

『城壁左、香。こちらは問題なし』


 こりゃ武田軍にも怪我人が出たな。

 俺の方は……ちっ! 守備兵二人が城壁の下でのびてやがる。


『こっちは二人のびてる。見張り台、広場の今川軍は?』


『半分は即死……ですね……。香様の火薬は金山開発で使っておりましたが……』


 それにしてもハンパない威力だ。

 これ……黒色火薬とかじゃないんじゃ……。


『小山田虎満、広場に埋めた火薬の種類はわかるか?』


『香様より、カオル爆薬と聞いております』


『そうか、容赦ないな』


 カオル爆薬とは、香お手製のプラスチック爆薬の事だ。

 ネット通販風林火山で、薬品類を色々買っているなあ、と思ったら、香はプラスチック爆薬を作ってしまった。


 なんでもごく初歩的なプラスチック爆薬らしく、『C4程の威力は無いよ』とか言っていたけれど、威力はご覧の通りだ。


 しかし……。

 プラスチック爆薬を大量に使えば、本栖城にもダメージが入っちゃうだろう!

 手加減しろよ!


 俺が身悶えていると小山田虎満から意見具申が入った。


『御屋形様! 今川軍は茫然自失。打って出るにはよろしいかと!』


『よしっ! 全員支度をしろ! 城から打って出るぞ! 出陣だ!』


『はっ!』


■作者補足

カオル爆薬は、初歩的なプラスチック爆薬を想定しています。

犯罪、事故等防止の観点から、製造方法の記載はいたしません。

ご理解の程、宜しくお願いいたします。

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