第49話 城に寄せる事、波の如し
今日は昨日より今川軍の攻撃が激しい。
俺と板垣さんで城壁右側の兵を指揮し、鼓舞する。
「九番隊と十番隊交代!」
「落ち着けば、問題ない! 敵は少ないぞ!」
敵は城壁の上まで届く長いハシゴを作って来た。
竹と木材を組み合わせた登りやすそうなハシゴだ。
昨日早く引き上げて準備していやがったな。
「矢が来ます!」
玄武隊の惣太の声が響く。
皆一斉に竹束の裏に身を隠す。
「板垣さん。今日はご丁寧に弓隊も投入して来ましたね」
「ですな……。少しは本気を出してきましたかな?」
「いや、まだ本陣には、かなりの兵がいました。本気じゃないでしょう」
双眼鏡でみればわかるが、今川軍は本陣に多くの兵を残している。
昨日よりは激しく攻め立ててはいるが、まだまだ本気じゃない。
ただし、本気じゃないのはこちらも同じ。
まず、鉄パイプとコンパネで組んだ足場城壁は、まだ無事だ。
香が守る左。
小山田虎満が守る中央。
俺が守る右。
各所まだ余裕があって、守備隊のローテーションも崩れていない。
『こちら見張り台の馬場信春。今川軍の兵百が樹海から、
敵も動いて来た。
搦め手、つまり
『搦め手の
横田高松の淡々とした声が聞こえた。
ベテランは頼もしいな。
「板垣さん。横田高松が外で戦うのは、良い手ですか?」
素人考えだが、城壁があるなら城壁を利用して守った方が良い。
なのに横田高松は、打って出ると言う。
「そうですな。この場合は、良策と存じます。今川軍は樹海の中を迂回して搦め手へ向かいました。そこで武田軍から襲撃を受けたら、今川軍はどう思いますかな?」
「……待ち伏せされた?」
「左様でございます。今川軍は樹海の中に武田軍が伏せ手を仕込んでいたと考えるでしょう。さすれば――」
「樹海から搦め手に向かうのは、危険と判断する。敵の攻め手を一つ潰すことになる」
「その通りです」
俺は板垣さんの説明に納得し、双眼鏡で本栖城の左側に広がる樹海を見る。
森が深く広がり、今川軍の姿は見えない。
(あの中に今川軍百がいるのか……あっ! 横田高松の一芸!)
横田高松の一芸は【乱戦達者】だ。
【乱戦達者:乱戦において非常に力強い能力を発揮し、兵を非常に巧みに指揮する】
富士の樹海の中は、見通しが悪く軍を指揮するには不向きで乱戦必須の地形。
横田高松の一芸を考えると、富士の樹海は格好の狩場になりそうだ。
任せて問題ないだろう。
安心したのも束の間、トランシーバーから馬場信春から救援要請が入った。
『こちら見張り台の馬場信春。今川軍が斜面に兵五百を向かわせています。手が足りません』
左を攻めたと思たったら、今度は右か!
「御屋形様あれを!」
板垣さんが、正面奥の今川軍を指さす。
かなりの人数が本栖城の山の斜面に向け移動している。
「玄武隊は見張り台へ行け! 馬場信春の指揮に入れ!」
「はっ!」
とりあえずスリングで投石を行う玄武隊を送り出す。
数は十人と少ないが、彼らは狙い撃ちが出来る。
山の上からなら、飛距離も相当出るはずだ。
『こちら城壁右! 玄武隊を送った!』
『こちら城壁中央、小山田虎満。七番隊兵八十を向かわせた。馬場、好きに使え!』
『かたじけなし!』
敵は揺さぶりをかけて来ているのか?
左側の富士の樹海から、搦め手に兵を攻めさせる。
右側の本栖城の斜面から兵を攻めさせる。
足場城壁以外からも、本栖城を攻略しようとしているな。
「御屋形様! 今川本陣から増援ですぞ!」
「何!?」
慌てて双眼鏡で今川軍の本陣を見る。
本栖城の湖畔から、こちらへ向けて続々と兵が送られている。
装備がバラバラな雑兵はもちろんの事、装備の揃った足軽兵に、鎧兜に身を包んだ侍も本栖城へ向かっている。
「兵数の多さに物を言わせた複数か所同時攻撃か……」
「左様でございますな」
板垣さんは表情を引き締めた。
――昼過ぎ。
今川軍は、増援、増援で武田軍に圧力をかけて来る。
馬場信春が守る本栖城の山の斜面は、多数のゾンビが取り付いたように今川兵がへばりついている。
足場城壁も各所で今川軍が登って来て、城壁上で乱戦が始まっている。
「戦わずとも良い! 下に突き落とせ! 無理に戦うな! 落とすのじゃ!」
板垣さんの的確な指示が飛ぶ。
そうだ。こちらは登って来た今川兵を倒す必要はないのだ。
城壁の下に突き落とせば、それで良い。
足場城壁の高さは3メートル、空堀の深さは1メートル。
合わせて4メートルの高さがある。
4メートルの高さから落下すれば、ただでは済まないだろう。
「横田高松にござる! 応援に参った!」
「助かる!」
搦め手から横田高松が、応援に来た!
これで一息つける!
「御屋形様と板垣殿は、しばしお休みを。指揮を代り申す」
「頼んだ!」
「かたじけない」
俺と板垣さんが竹束の裏に座り、昼飯を食べ始めた。
白米とサツマイモの握り飯。
塩がたっぷりかかっている。
守備兵は三組でローテーションさせているが、指揮をとる俺と板垣さんは昼飯を食う暇も無かったのだ。
握り飯が美味い!
干ばつ残暑で、まだまだ暑いのだ。
汗をかくから、体が塩分を欲している。
搦め手で待機していた元気な兵が来た事で、足場城壁に上がってきた今川軍を圧迫している。
守備兵の表情にも余裕の笑顔が見える。
援軍に来てくれた横田高松様々だ!
さっき、富士の樹海の中で戦闘をして、敵の侵攻ルートを一つ封殺したのが効いている。
それがなきゃ搦め手から、援軍に来られない。
一息ついているとトランシーバーから香と恵姉上の声が聞こえて来た。
『こちら城壁左、香です。敵の指揮官が狙えるよ!』
『小山田! 聞いておるか! 私と香なら矢が届く!』
俺と板垣さんは目を合わせ、竹束の隙間から双眼鏡で指揮官の姿を探す。
どいつだ?
「御屋形様! 城壁左の正面におります!」
「香たちの前か……あいつか!」
古風な鎧兜を身に着け馬に乗った男がいる。
「香様の所に狙いを定めましたかな?」
「そうですね。指揮官が女性だから、あなどったかな? あの指揮官が誰かわかりますか?」
少なくとも今川義元じゃない。
それはわかる。
「お待ちを……。馬印は……」
指揮官の馬の側に、旗を持った足軽兵がいる。
あれが馬印。
黒丸の中に、二本横線が入ったマークだ。
誰だ?
「丸の内に二つ引両!
「敵の副将か!」
香たちがいる城壁から、蒲原氏徳までの距離は、目算で100メートル。
弓隊がこちらにいないと思って、油断して近づいたな。
香と恵姉上ならクロスボウで狙撃可能な距離だ。
俺はトランシーバーを両手でつかみ、早口で小山田虎満にまくしたてる。
『小山田! そいつは蒲原氏徳だ! 敵の副将だ!』
『な、なんですと! それは好機!』
『
『ひゃひゃひゃひゃ! 鴨がネギですな。香様、恵様、敵将狙撃をお願いいたします!』
小山田虎満の指示に力強い返事が、トランシーバーから聞こえてきた。
『城壁左、香、了解!』
『任せておれ!』
二人の一芸は、【巴御前】に【太史慈】だ。
俺は両手を合わせて祈る。
(巴御前様! 太史慈様! どうか、敵将をとらせて下さい!)
今日の攻撃は蒲原氏徳が指揮をしているのだろう。
頭を潰せば、今川軍の攻勢は緩むはずだ。
それに、
竹束の間から双眼鏡を覗き込む。
馬に乗った蒲原氏徳が、あちこちに指示を出している。
「あっ!」
一瞬の事だが、俺は見ていた。
香と恵姉上が放ったクロスボウの矢が、蒲原氏徳を貫いたのだ。
一本は喉に刺さり、もう一本は口のから入り後頭部まで貫通した。
蒲原氏徳は馬上で、二、三度痙攣してから、ドウと地に落ちた。
トランシーバーから、恵姉上の誇らしげな声が聞こえて来た。
『敵将! 討ち取ったり! 武田香と武田恵が、蒲原氏徳を討ち取ったり!』
やった!
とった!
「御屋形様! やりましたな!」
「ええ! 金星です! みんなにすぐ伝えて!」
「かしこまりました! 蒲原氏徳を討ち取ったぞー! 敵の副将! 蒲原氏徳を討ち取ったぞー!」
武田守備兵から、歓声が上がり、今川軍に動揺が走る。
「おお!」
「俺たちの勝ちだ!」
「やい! 今川! おめえらの将は、おっ死んだぞ!」
「なっ! 蒲原殿が!」
「お討ち死にだと!?」
「引け! ここは一旦引け!」
蒲原氏徳討ち死には、あっという間に広がった。
潮が引くように今川軍が下がって行く。
双眼鏡で今川軍の本陣を見ると、慌ただしい動きが見えた。
これで、今日はもう攻めてこないだろう。
俺はトランシーバーで、香と恵姉上に呼び掛ける。
『香! 恵姉上! ありがとう! お見事でした!』
『お安い御用よ!』
『ふはは! 見たか! 太郎! 後で、どらやきを頼むぞ!』
どらやきくらい好きなだけ、差し上げますよ。
姉上!
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