第47話 今川軍が来る事、鴨の如し
――翌日。
「来たか!」
今川軍、ついに
今川軍は
そして本栖城の鉄パイプとコンパネで作った『足場城壁』の正面に、足軽兵が並び始めた。
俺はネット通販『風林火山』で買ったゴルフ用のレーザースコープ距離計測器(一万二千円)で、今川軍先頭までの距離を計測する。
距離400メートル。
腰からこれまたネット通販『風林火山』で買ったトランシーバーで、幹部に向けて通話する。
『先頭までの距離400メートル……、220
『城壁左、
『城壁中央、
『
『見張り台、
全員から、すぐ返事が戻る。
我ら武田軍の配置は以下の通り。
■大手(正門) 兵800
・城壁中央:小山田虎満(中央指揮、大手防御の総指揮)
・城壁左:武田香(左手指揮、クロスボウの
・城壁右:俺、武田晴信(右手指揮、投石スリングの
■搦め手 兵100
・横田高松(搦め手の防御指揮)
■見張り台 兵100
・馬場信春(全体の俯瞰、城壁以外の防御指揮)
大手正面の立木を切って、わざと広いスペースを用意した。
敵はここから攻撃をして来るだろう。
ゆえに、兵800と千鶴隊、玄武隊を置いた。
総指揮はベテランの小山田虎満に頼み、初陣の俺と香は城壁の左右で指揮をとる。
裏門に当たる搦め手は、敵が富士の樹海を迂回して奇襲して来る可能性がある。
ここは横田高松に任せた。
そして、本栖城の立つ山の頂上に建てた見張り台に馬場信春を配置した。
ここで敵全体の動きを馬場信春に見て貰い、トランシーバーで状況を幹部に伝えて貰う。
さらに、城壁がカバー出来ていない山の斜面から敵がよじ登ろうとした場合は、兵100を引き連れて撃退してもらうのだ。
本栖城は山城だが、山の木は全て切り倒してハゲ山状態にしてある。
敵が登ってくれば、馬場信春のいる見張り台からは丸見え、さらに山の斜面は急斜面なので敵を蹴落とすのも楽勝だ。
板垣さんには、軍目付をお願いした。
軍目付は、参謀兼手柄の見届け役だ。
誰がどれくらい活躍したかをチェックして、戦後の論功行賞に反映する。
隣の板垣さんが、感心した声を上げる。
「この『とらんしいば』というのは、便利ですな。伝令を出さずとも、話が通じるのですからな」
「そうですね。その分、高かったですよ。それ一つで、金一両です」
「むう……。金一両……。それは、お高いですな! それでは、この双眼鏡というのは?」
「まあ、双眼鏡はそこまで高くないですけど。十個で一両ですね」
「なかなかの値ですな……」
「まあね。けど負けたら仕方ないですから、ケチらずに全力ですよ!」
俺は秘密兵器として、幹部にトランシーバーと双眼鏡を持たせた。
トランシーバーは、一台十万円と高価だが高性能。
五人で同時通話出来て300メートルまで電波が飛ぶ。
双眼鏡は一台一万円、スポーツ観戦なんかで使うタイプで10倍率。
これで現場の状況共有はバッチリだ!
双眼鏡を覗いていた板垣さんが、何かを見つけた。
「今川軍に動きが……。むっ! 一騎出て来ましたぞ!」
正面、敵中央から一騎の騎馬がゆっくり進み出て来た。
古風な鎧兜を身に着けた若武者だ。
「使者か?」
「さて、どうでしょう……いずれにしろ様子を見ましょう……」
すぐにトランシーバーで伝達をする。
『一騎騎馬が出て来たが、使者かもしれない。手を出すな。様子をみよう』
『城壁左、香、了解!』
『城壁中央、小山田虎満、了解!』
『搦め手、横田高松、了解!』
『見張り台、馬場信春、了解!』
騎馬は今川軍と城壁の中間で止まった。
レーザースコープ計測では、ここからの距離は200メートル。
投石スリングの玄武隊の必中距離は、100メートル。
クロスボウの千鶴隊の必中距離は、50メートル。
200メートルだと狙撃するには、距離がある。
一騎で前に出て来た騎馬武者が、大声で話し始めた。
「我は、今川氏輝が一子、今川義元! 甲斐武田家のご家中に物申す!」
あれが義元か!
双眼鏡で今川義元の顔を確認する。
意外と若いな……、というより、まだ子供に見える。
けれど当たり前か。
俺が知っているのは歴史上の今川義元で、桶狭間で信長に討たれる輿に乗ったダメおじさん義元のイメージだ。
俺の目の前で演説をぶっているのは、まだ若い今川義元だ。
十四、五歳か?
俺と年は変わらなそうだな。
義元は、長々と演説を始めた。
・甲斐の武田家は、戦ばかりしている無法者。
・武田信虎は暴虐な男だった。息子の晴信も同じに違いない。
・降伏、寝返り大歓迎。高級優遇するよ。
――と勝手な事を言い立てている。
ただ、さすがは今川義元。
内容はさておき堂々とした話しぶりは、後に『東海一の弓取り』と言われただけの事はある。
俺だけでなく、戦場全体が義元の話に聞き入っていた。
「板垣さん。これって、俺が反論した方が良いですか?」
「そうですな。何か言い返さないと、我が軍の士気に関わります。とにかく大声で、今川家が攻め込んで来た不誠実さを――」
板垣さんが話している途中で、風切り音が聞こえた。
ヒュン!
ガツッ!
投石だ……。
投石が今川義元に命中した!
俺と板垣さんは、慌てて双眼鏡を覗く。
どうやら投石は頭部に命中したらしい。
義元は兜をかぶっていたが、それでも額から血を流しているのが確認できた。
続いて甲高い男の子の声が、戦場に響いた。
「今川は、帰れ!」
声は俺の右から聞こえた。
右を見ると足場城壁に、少年が一人仁王立ちしている。
玄武隊隊長の惣太だ!
惣太は決然と言い放った。
「おっかあと妹は、俺が守る! この城は渡さないぞ! 今川は帰れ!」
一瞬の静寂の後、武田軍から雄叫びが上がった。
「うおおおお!」
「そうだ! 城は渡さねえぞ!」
「今川! 覚悟しろ!」
幼い惣太の言葉が、武田軍の心に火をつけたのだ。
あんな子供が、敵の大将に向かって勇敢に言葉を放った。
ならば俺たちも……の思いだ。
戦場に響き渡る大音声。
惣太はスリングを使って、また石礫を放った。
今度の石礫は、義元の馬に命中し、馬が暴れ、義元は堪らず退散した。
ここぞとばかりに、城壁中央の小山田虎満がはやし立てる。
「あれ見よ! ほれ見よ! 今川義元殿のお帰りじゃ!」
「わーはははっ!」
「おととい来やがれ!」
調子に乗った小山田虎満が、足場城壁の上で扇子を持って歌い舞い始めた。
「あれ! 見よ!
今川の~、
御大将~、
勇ましきい~、
姿を~!
童に~、
ぶたれて~、
あれ、痛し!
あれ、痛し!」
小山田虎満が、朗々と歌い上げながら舞い、『あれ痛し!』で情け無さそうに頭をおおって、飛び跳ねながら逃げる
俺も板垣さんも腹を抱えて笑った。
武田軍の雰囲気は最高だ。
惣太のお陰でグッと盛り上がり、小山田虎満が笑わせてリラックスさせた。
「御屋形様。あの童は、良くやりましたな」
「板垣さん、本当ですね。玄武隊の惣太が、一番槍って事でどうでしょう?」
「よろしいでしょう! 玄武隊惣太の一番槍を確認せり! 各々方、励まれよ!」
板垣さんが、大声で惣太の手柄を軍中に知らせる。
武田軍中がさらに湧く。
今川義元との距離は200メートルあった。
投石は届くが、命中させるには難しい距離だろう。
惣太は、さすが玄武隊の隊長だ。良く当てた!
それに、後の言葉も最高だった!
義元がグダグダ理屈を並べるのに比べて、惣太はストレートに自分の気持ちと決意を言い放った。
どちらが兵の心に響いたかは、一目瞭然だ。
騒々しい中でトランシーバーから、緊迫した声が聞こえて来た。
『こちら見張り台、馬場信春! 今川軍が前進して来ましたぞ!』
前を見ると土煙を上げて、今川軍が突撃して来た。
■作者補足
■戦国時代の山城について
戦国時代の山城は、斜面の木をかなり切り倒していたそうです。
現在、我々が見る山城の跡は、人の手があまり入っていないので、斜面に大きな木が沢山立っています。
しかし、戦国時代当時の山城は、軍事拠点として人の手が入ってメインテナンスされており、斜面の木はかなり切り倒されて麓まで良く見渡せるようになっていたそうです。
書いている時の、雰囲気は下記を参考にしています。
長野県千曲市の城山史跡公園「荒砥城跡」
https://www.city.chikuma.lg.jp/docs/2013071800378/
※鉄パイプとコンパネを使った足場城壁は、あくまで作者の創作です。上記のお城にも戦国時代のお城にも存在しません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます