第40話 今川家が甲斐に向け出陣
――天文四年初秋の深夜。
シャンシャン! シャンシャン!
シャンシャン! シャンシャン!
遠くで鈴の音がする……。
マウテンバイク隊だ!
俺と香はベッドから飛び起きた。
「ハル君! この鈴の音! 」
「急な報せだ! 誰かある! すぐに着替えを! 使者が来たら通せ!」
「ハハッ!」
廊下から気合に入った声が返って来た。
深夜に鈴の音……残念な事にサンタクロースではないのさ。
『ご注進! ご注進! 至急! 至急! 御屋形様にお取次ぎあれ!』
館の中が一気に騒がしくなる。
渡り廊下を足早に進む足音が響く。
夜番の若侍が取り次ぎ、マウテンバイク隊員が廊下で膝をつき報告する。
「今川家が
ついに今川家が動いた!
情報担当の富田郷左衛門から、
「あいわかった! 大将は誰か?」
「
「やはり、来たか! 義元!」
後に東海一の弓取りと言われる男、今川義元。
今は今川家の後継者候補の一人にすぎない。
「すぐに幹部を集めろ!」
「ハハッ!」
若侍とマウテンバイク隊が去って行く。
着替え終わった香が、奥の部屋から顔を出した。
「香! 始まったよ!」
「大丈夫! こちらの準備は万端!」
「よし!」
腹の底からふつふつと何かが沸き上がって来る。
興奮、闘志、そして少しの恐怖。
俺と香の初陣だ!
しばらくして幹部が集まった。
いつもの俺の部屋で車座になる。
出席者は、俺、香、板垣さん、
妖怪ジジイ
俺は出席者全員を見渡してから、意識してゆっくりと話し出した。
こういう時は、まず、大将の俺が落ち着かなきゃね。
「深夜にも関わらず素早く集まってくれて、ありがとう」
みんなマウンテンバイク隊の鈴の音を聞いた瞬間から、行動を開始しているのだろう。
寝ぼけた顔をした者はいない。
全員引き締まった顔をしている。
「今川家が動いたぞ!
俺は簡潔に事実だけを告げる。
会議の場がざわつき各々自由に発言を始める。
「やれやれ……。今川家が来るとは思っていましたが、稲の刈り取りが終わった瞬間を狙って来ましたな」
まず、板垣さんがボヤキ交じりに発言した。
今年は干ばつだったが、みんなの協力もあって何とか乗り越えられた。
先日、初秋の収穫が、無事終わったばかりだ。
米の出来はイマイチ。
それでも全体の五割は収穫出来たので、干ばつの中で全滅しなかっただけ上等と言えよう。
サツマイモは、結構な量が収穫できた。
煮て食べてみたところ、甘みも強く、幹部連中にも大好評だ。
これで食料不足の心配は無さそうだ。
「我が領の食料を狙っての事だろう。ご苦労な事だ」
「まったくですな。こちらは準備を整えておりましたが……」
「今川義元殿には、気の毒な事になるな」
俺の強気な発言に場がどっと沸いた。
いや、だってさ。
知ってたから。
富田郷左衛門の配下が毎日のように、今川家の情報を送って来ていた。
俺たちは
そして、対今川戦の準備を着々と整えていた。
本栖城に今川家を引きずり込み、これを撃破するのだ。
若侍が湯漬けを運んで来た。
最近は会議で湯漬けが出ると、お茶漬けにするのが、俺たちのブームになっている
俺はインスタントのシャケ茶漬けを、湯漬けにかけて、お茶漬けにして流し込む。
香はたらこ茶漬け、板垣さんは梅茶漬け。
「このお茶漬けなる物は、いつもながら美味ですな!」
「左様! 左様! それがしは、このタラコ茶漬けが一番でござる」
「梅茶漬けもお忘れなきよう」
「これはしたり!」
各々インスタント茶漬けを楽しみ、場が和らぐ。
みんな負ける事は、考えていない。
全ては想定内。
予想通りに事態は進行している。
廊下から若侍の声がした。
「富田郷左衛門様に書状が届いております」
書状を富田郷左衛門が受け取り、サッと目を通し、すぐに報告を始める。
「申し上げます。今川軍の詳細がわかりました。
駿府は今川家の本拠地、今の静岡市あたりだ。
蒲原は駿河の東の端にあり、富士川沿いの防衛拠点として蒲原城がある。
数は四千か……。
予想より少ない……。
これなら問題なく撃破可能だ。
横をみると香と飯富虎昌が目を合わせ、二人でニンマリと笑っていた。
この! 正直者め!
富田郷左衛門が報告を続ける。
「大将は今川義元。今川家中の後継者争いで優位に立とうと、我が国への侵攻を企図したよしにございます」
あせったな。義元!
今川家当主の
後継候補は二名いる。
兄の
史実では来年天文五年に、花倉の乱と言われる後継者争いの内戦が今川家で勃発する。
恐らく、今川家中の後継者争いは、水面下で激しさを増しているのだろう。
実績作り、家中のアピール材料、そして干ばつによる食糧不足解消の為に、今川義元は出陣した。
俺たちが網を張る甲斐に……、そこが死地とも知らずに。
「主だった将は、
「
俺の言葉を板垣さんが引き継いで、みんなに説明をする。
「左様でございますな。
言ってみれば、バリバリの義元派だ。
しかし、十三年後の永禄三年桶狭間の戦いで織田信長に討たれるのだ。
死期が早まったな。
南無阿弥陀仏。
幹部連中の話が一通り終わった所で、俺は宣言した。
「かねてからの計画通りに行動してくれ。この機に今川義元殿には、ご退場を頂く。そして、甲斐国内の裏切り者も始末する。出陣の支度をせよ!」
「「「「「ははっ!」」」」」
今川義元から甲斐国に調略の手が伸びていた。
俺は富田郷左衛門を通じて、誰が裏切るのかを知っている。
やつらの行動は筒抜けなのだ。
そう、俺の気分は映画ゴッドファーザーのマイケル・コルレオーネ。
映画のラスト近くで、自分と敵対する五大ファミリーのボスと裏切り者を皆殺しにするのだ。
妹コニーの子、自分の甥の洗礼式の日に、血の雨を降らせたマイケル。
『マイケル・コルレオーネ。悪魔を退けるか?』
マイケルは静かに答える。
『アイ・ドウ』
そして誰もいなくなった。
マイケル・コルレオーネ以外は。
俺の体がブルリと震えた。
マイケル・コルレオーネのセリフを口にしてみる。
「アイ・ドウ……」
全ては計画通り。
甲斐、駿河に血の雨を降らせる。
そして、俺、武田晴信が率いる新生武田家が、戦国時代の覇権を握るのだ。
「アイ・ドウ……」
夜の闇が俺の暗い衝動を隠してくれるさ。
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