火の章

第27話 新年を寿ぐ事、家族の如し

 ――天文四年正月、晩冬。


 金山開発にテコ入れをしてからおよそ二か月が過ぎ、年が明け天文四年になった。

 季節は晩冬、現代の日本でいうと二月だ。


 この時代のこよみは現代の暦と違って太陰歴だ。太陰暦は、月の満ち欠けをベースにした暦なのだ。

 月の満ち欠けがベースで、一月を29ないし30日と定義する。


 そうすると一年が354日になるんだよ。

 おかしいだろ?


 一年は365日だ!

 その差が11日もある。

 一年で季節が11日単位でずれていってしまう訳だ……。


 そこでよ!

 四年に一回うるう月を入れて、調整するのだ。

 四年に一回13か月にして季節と暦のずれを修正する。


 どうよ!

 驚いた!?


 そんなわけで天文四年の元日は、現代日本のカレンダーだと、おそらく二月十三日。

 甲斐国かいのくには寒いです。


 躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたでは、盛大な宴会が催され、俺と香は上座に座って家臣達からの挨拶を受けまくった。

 飯富虎昌おぶとらまさ甘利虎泰あまりとらやすと飲み比べをして負けたとだけお伝えしておこう。



 ――そして一月四日。


「では、幹部会議を開催します!」


 俺の号令で天文四年初の幹部会議がスタートした。

 史実通りなら天文四年は干ばつになる。

 いつまでも酒ばかり飲んでいられないぞ!

 主に飯富虎昌おぶとらまさな。


 出席メンバーは以下の通りだ。


 武田晴信たけだはるのぶ  :俺です。

 武田香子たけだかおるこ  :奥様。技術研究開発担当。

 板垣信方いたがきのぶかた  :俺の補佐。昨年は北条家と諏訪家への外交で活躍。

 甘利虎泰あまりとらやす  :軍事担当。昨年は井戸掘りで活躍。

 飯富虎昌おぶとらまさ  :軍事騎馬隊担当。金山担当から俺と香の護衛にシフト。

 小山田虎満おやまだとらみつ :軍事と内政担当。昨年から本栖城の整備を実施中。

 馬場信春ばばのぶはる  :軍事と内政担当。昨年は溜池造りで活躍。途中から金山担当も兼務。

 駒井高白斎こまいこうはくさい :内政担当。昨年は文官をまとめ俺の補佐もこなす。

 富田郷左衛門とみたごうざえもん:情報担当。忍び三ツ者の頭領。new!


 富田郷左衛門は幹部会議初参加だ。

 この戦国時代で忍びは身分がかなり低い。


 幹部会議に富田郷左衛門が出席する事に他の幹部連中が良い顔をしなかったのだが、そこは俺が強引に押し切った。


 甲斐国武田家の周りは強敵だらけなのだ。

 情報を軽視してはいけない。


 会議は板垣さんが議長役で進行した。


「では、まずわたくし板垣から報告をいたします。ご存知の通り相模の北条家とは一年間の和睦を結んでおります。そして信濃の諏訪すわ家とも昨年無事に和睦が結ばれました。現在は国境の確定作業を行っております」


 妖怪じじいの小山田虎満おやまだとらみつが板垣さんの話を膨らませて行く。


「ふむ。御屋形様の寄進が効きましたかの? それともあの『わーいん』なる酒の力ですかな?」


 どっと笑いが起こる。

 かなり良い雰囲気だ。

 

 昨年は父信虎が死亡し、若年の俺が武田家の跡を継いだ。

 だが、俺の一芸『ネット通販風林火山』を駆使し、内政、外交に目に見える成果を出した。

 それが効いているのだろう。


「どちらも効果があったようです。それに丁度諏訪家当主が諏訪頼重すわよりしげ殿へ代りましたからな。新しい当主同士よろしくという事で、問題なく話がまとまりました」


「ふん! 先代の安芸守あきのかみはどうしておる!」


諏訪頼満すわよりみつ殿でしたら、隠居されて悠々自適です。最近出家されたとか」


「クソ坊主が勝ち逃げしおって!」


 武田家と諏訪家は、父信虎の代にかなり激しくやり合っている。

 それも武田家が負ける事もしばしばあったのだ。


 俺に運があったのは、昨年が天文三年だった事だ。

 天文三年に諏訪頼満殿は高齢の為、孫の諏訪頼重殿に家督を譲って引退している。

 これは史実通りの出来事だ。


 もし父信虎の死去が天文二年なら諏訪家の頭領はイケイケどんどんの諏訪頼満殿だ。

 彼なら間違いなく武田家に攻め込んで来ただろう。


 代替わりした諏訪頼重殿だから和睦が成立したと言える。


 だが、武田家側の全ての人間が諏訪家との和睦を歓迎している訳ではない。

 小山田虎満おやまだとらみつのように諏訪家と刃を交えた人間が幹部にも兵士にも大勢いる。


 小山田虎満おやまだとらみつなど心中では、諏訪家との和睦には今も反対だろう。

 諏訪家の話が感情的になる前に誤魔化してしまおう。


「あー! その話題沸騰中のワインだが、今日の土産に人数分用意してある! 帰りに一人一本持って帰って楽しんでくれ!」


 再び場がどっと沸いた。

 特に板垣さんがニンマリとしている。

 ブドウ栽培やワイン開発はなるべく早めに着手してあげよう。


 俺が諏訪家の話を誤魔化そうとしたのを板垣さんがすぐに気が付いて話題変更をする。


「それから金山の方は馬場殿からご報告を頼みます」


「結論から言うと金が出ました。これをご覧ください」


 馬場信春ばばのぶはるは懐から親指大の金貨を取り出した。

 碁石ごいしの様に厚みのある円形に金を加工し、表面に武田家を示す印を打ってある。


 史実でも武田信玄が流通させた碁石金ごいしきんだ。


 馬場信春ばばのぶはるが取り出した金は一両金貨だ。

 史実では百種類以上の金貨が鋳造されたそうだが、金市場が混乱するといけないので俺は一両の碁石金一種類に統一する。


「これが我らの国の金貨か……」


 幹部たちは、感無量といった感じでジッと金貨を見つめている。

 戦国時代の武田家の懐事情は厳しい。

 だが、自領で金貨が産出されれば、武田家の懐事情が大幅に改善される。


 懐事情つまり資金力。

 資金力があれば、戦、外交、領内開発、様々な分野に投資が出来る。

 強豪ひしめく関東甲信越で他家を出し抜き、天下に覇を唱えるのも夢物語ではなくなる。


「これで酒を飲み放題だ……」


 誰だよ!

 良い雰囲気が台無しじゃないか!


 馬場信春ばばのぶはるが報告を続ける。


「金はまだ掘り出し始めたばかりですので、これから生産量が上がるでしょう。金山の坑道を出た所から甲府までコンクリートで舗装した道を普請ふしんしました。掘り出した金は甲府までリヤカーで運んで碁石金に加工しています」


 チェーンソーとパワーショベルを投入した事で作業スピードが飛躍的に上がった。

 おまけに馬場信春ばばのぶはるは一芸『土木達者』持ちだ。

 あっと言う間に金山道路を開通させて金山を掘り始めたのには驚いた。


 俺も毎日現場に通ってチェーンソーで切り倒した木を『上大蔵じょうおおくら』に仕舞い込み、セメントや軽油を届けた。

 俺の『上大蔵』の中には大量の『木』が死蔵されている。木材にする職人が足らないのだ。


 えっ?

 最初の担当者飯富虎昌おぶとらまさはどうしたって?


 飯富虎昌おぶとらまさは俺と香の護衛にコンバートした。

 まあ、元々飯富虎昌おぶとらまさは、金山開発を部下任せて、香隊かおるたいをメインにやっていたので、問題なくすんなりといったよ。


 チェーンソー部隊だけ馬場信春ばばのぶはるに貸す形を取っている。

 なんでもチェーンソーは実戦で使うから手放したくないそうだ。


 実戦でチェーンソーは使うなよ。スプラッターが過ぎるだろ。

 飯富虎昌おぶとらまさが何を考えているのか恐ろしいよ。


 続けて馬場信春ばばのぶはるが年に似合わぬナイスミドルな落ち着いた口調で香に礼を言う。


「掘り出した岩から金を取り出す方法は、香様にご指導を頂きました。ありがとうございました」


「あの精錬方法ねえ~。私納得してないのよ。もっと効率的な精錬方法があるのだけれどね~。再現が難しくて……」


 香がブツクサ言い出した。

 金は掘り出しても鉱石の中に含まれているだけで、『精錬』つまり金だけを取り出す作業が必要だ。


 駿河屋喜兵衛するがやきへいに金山職人を探す様に依頼していたのだが見つからなかった。

 そこで我らが理系女子香ちゃんの出番となった。


 最初、香は炭素と水酸化ナトリウムを使って電気分解がウンタラカンタラする現代の方法で金を取り出そうとした。

 だが色々ハードルが高く挫折。


 そこで戦国時代に実際に行われていた『灰吹法はいふきほう』という精錬方法に切り替えて成功した。


 まず鉱石をすり潰す。

 これは水車を設置して石臼いしうすを回転させて省力化した。


 水車はネット通販『風林火山』で本と小さな模型を買って職人に見せて作らせた。

 さすがに水車現物は売ってなかったよ。残念。


 次に砕いた鉱石から金をより分けて、なまりと一緒に高温で熱する。

 そうすると不純物が酸化して金だけが浮き上がり、純度の高い金が抽出出来る。


 抽出した金を鋳型に流し込めば、碁石金の出来上がりだ。


 俺としては高純度の金貨が生産できる様になったので満足しているのだが、香は『灰吹法では効率が悪い』と納得していないのだ。

 とは言え他に開発して欲しい物もあるので、一旦これでプロジェクト終了にしていただいた。


 香がブツクサ言っている横で馬場信春ばばのぶはる小山田虎満おやまだとらみつが話をしている。


「ふむ。甲府から金山の坑道までは何日位かかる?」


「それがわずか半日です」


「そんなに近いのか?」


「いえいえ。山の奥ですから普通なら丸二日はかかるところかと……」


「それが半日で行けるのか?」


「はい、コンクリートで舗装した道ですので。それにリヤカーに鉱石を積んで移動しますので、早いのですよ」


「ふーむ……御屋形様! 本栖城もとすじょうとここ甲府もコンクリートで道普請をしてはいかがでしょう? ひゃひゃ! 金山開発で銭も入る事ですしい。いかがです?」


 軍用道の開発か。

 うん、その話題とリンクするし、今川攻めの事をみんなに伝えよう。


 それに天文四年は大きな事件が起こる。

 その事についてみんなの意見も聞きたい。



■作者補足

金の精錬方法ですが、アマルガム法と灰吹法がこの戦国時代の技術レベルで実行可能です。

アマルガム法は環境へのダメージがかなり酷いらしいので灰吹法を選択しました。(水銀中毒を誘発するらしい。怖い)


灰吹法からさらに発展して効率の良い精錬方法が開発されていったようです。


ただ、この時代とそれ以前の精錬方法は調べてみたのですが今一つわかりません。


灰吹法は今話の天文四年より後の時代に南蛮人からもたらされたようです。

飛鳥時代にアマルガム法が使われた可能性があるという文献を見つけましたが、確定ではないようです。(江戸時代に入ってから、佐渡金山でアマルガム法が試されているという史実はあります)


一応、銀の精錬方法としては、鉛と一緒に鉱石を入れて焼く。

これを繰り返す事で不純物が酸化して、純度の高い銀が残る……という方法を行っていたようです。

(ベースの原理は灰吹法と同じなのだが手順が違う)

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