第17話 場所を言い当てる事、怪しげな超能力者の如し

 きんを掘って来い!

 ……と命じると飯富虎昌おぶとらまさは大口を開け大声を上げて卒倒しそうになった。


 板垣さんがフォローに入って来る。


御屋形おやかた様、流石にそれは無茶かと……きんを掘れと言われても、そもそもどこに金山があるのかわかりませぬぞ」


 ふふふ。その言葉を待っていました。

 俺は一冊の本を取り出し、あるページを開いた。


 本の名前は『山梨県の産業史』。

 ネット通販『風林火山』で、俺が勉強する為に買った本だ。


 この本の中に廃坑になった鉱山について説明したページがある。

 地図も載っている。


 廃坑と言ってもこの本が出版された現代日本では廃坑になっているだけで、戦国時代はまだ掘られていない。

 未発見の鉱山だ!


 皆が見えるように本を開いて床に置く。


「この地図を見て欲しい。このバツ印がついている所に鉱山がある」


 皆食い入るように地図を見ている。

 略図だから正確さにかけるけれど、大体の位置はわかる。

 住所も載っているから、現地へ行く時に詳しい地図を渡せば大丈夫だろう。


「ここに金山が!?」

「うーむ。この場所は山深いな……ちと厳しい……」

「ここなら掘れるのでは?」


 色々と意見が出ている。


 この本を見て驚いたのだが、甲斐国かいのくに、現代の山梨県は、かつて鉱山が沢山あった。

 採掘できた鉱石も多種で、金、銀、銅、鉄鉱石、鉛、水晶などだ。

 史実では武田信玄が金の採掘を数か所で初めて、江戸時代から昭和初期までに掘り尽くされて閉山している。


 どこも山の中で街に近い鉱山はない。

 俺が地図上で見た限りだとすぐ掘れそうなのは数か所だ。


 水晶やタングステンの出る乙女おとめ鉱山という所もある。

 戦国時代にタングステンとかロマンがあるけれど、山深い立地だし水晶の加工が大変そうだから後回しだ。


 それに戦国時代の道路や地形は、現代日本とはかなり違うだろう。

 俺はわからないので、どこを掘るかは皆にお任せだ。


 幹部連中があれこれと話している所に、かおるがスーッと割って入り地図の一か所を指さした。


「ねえ。ハル君! そんな遠くに行かなくても、ここに金山があるよ」


「えっ!?」


 俺はあわてて地図を覗き込む。

 香が指さしているのは、甲府の北東側の山地だ。


 近いな……。

 武田家のすぐ裏にある山って感じだ。


 だが、本にはそんな場所に鉱山があるとは書いていない。

 香は自信満々に話を続ける。


「もっと大きい地図があれば、詳しい場所を教えられるよ。私が現場に一緒に行っても良いし」


 その自信はどこから来るのだろう?


「香……ここに金山があるのか?」


「うん、間違いないよ」


「どうしてわかる?」


「私の一芸を忘れたの?」


「あっ! 『真実の目』か!」



【真実の目 全てを見通し、真実とウソを見分ける】



 なるほど香の一芸でわかるのか……。『全てを見通す』からか?

 板垣さんが不思議そうな顔で香に質問した。


香子かおるこ様は金山の位置が分かるのでしょうか?」


「そう。人がどこにいるとか、物がどこにあるとかが分かるの」


「それが香子様のお一芸でいらっしゃいますか?」


「『真実の目』っていう一芸よ」


「なるほど。それなら間違いなくここに金山がありますな」


 何? その圧倒的な信頼は?

 この世界の人は一芸に対して、それ程信頼を置いているって事か。


 だが、俺はイマイチ心配だ。

 ちょっとテストしよう。


「なあ、香。香の侍女じじょがどこにいるかわかるか?」


「わかるわよ。えーと……。ああ、お台所にいるわ」


「板垣さん。人をやって確かめさせて下さい」


「かしこまりました」


 板垣さんが部屋の外で控えていた若い侍に指示を出した。

 しばらく無言で待つ。


 廊下から足音がする。

 香付き侍女の居場所を確認にいった若い侍が戻って来たな。


「お待たせいたしました。香子様の侍女殿は、台所におりました」


 すごいな。

 台所ってピンポイントで的中させたな。


 もう、少し試したいな……。


「じゃあ、三条麻呂仁まろひとさんが、今どこにいるかわかるか?」


 実は三条麻呂仁とは、この会議の前に立ち話をした。

 これから屋敷の外へ見物に出かけると言っていた。

 もしも香が当てずっぽうで『部屋にいる』とか言ったら、すぐにウソがばれる。


「わかるわよ。麻呂仁はね……あっ! 屋敷の外にいるよ。あっちの方だ。そんな遠くない感じ」


 そう言って香は屋敷の東側の方を指さした。

 正解だな。


「なあ、それって、どれ位までわかる物なの? 例えばザビエルがどこにいるとかもわかるの?」


「ザビエルって、フランシスコ・ザビエル? これの?」


 そう言うと香は教科書でお馴染みのポーズをした。

 フランシスコ・ザビエルは、イエズス会の宣教師で戦国時代に日本に訪れている。

 ヨーロッパの知識人だから会えるなら会ってみたい。


「うーん、無理ね。もやが掛かったみたいにわからない。私の一芸はね。会った事のある人や見た事のある物。具体的にイメージ出来る人や物で無いと無理なのよ。ザビエルは絵しか見た事がないから、イメージする材料が足りないわ」


「あーなるほど……」


 そうか、何でもわかる訳じゃないだ。

 でも、まあ、それなら金山の位置は信憑性しんぴょうせいが高いか?


 板垣さんが会話に入って来た。


「御屋形様。香子様の一芸がしらせるのであれば、金山の位置は間違いないと存じます」


「そうか……なら、ここの金山からだな」


 板垣さんの口調は、現代人がインターネットの地図を信じるのと同じ感じだ。『ここにコンビニがある。ここでお金を下ろそう』位の確信を感じる。

 いや、自分で言ってみて良く分からないが、とにかく板垣さんは『一芸がそう言っているから、間違いないよ』と。


 香が指し示した金山の位置は、この本には載っていないが……やはり、この世界が異世界だから、金山の位置も多少は違うのだろう。


 飯富虎昌おぶとらまさはどうかな?

 ……と飯富虎昌おぶとらまさを見る。

 腕を組んで目をつぶりジッと考えて……ないな。


 寝ているなあ……。

 首がカックンカックンなっている。


 ま、まあ、良い。

 金山はあります!


 みんなのやる事が決まった。


 板垣信方 :外交。相模の北条家へ和平交渉を行う。

 甘利虎泰 :干ばつ対策。各所で井戸掘りを行う。

 飯富虎昌 :金山を掘る。

 小山田虎満:本栖城の整備を行う。

 馬場信春 :干ばつ対策。溜池を造る。

 駒井高白斎:干ばつ対策。来年の雑穀の作付け量を計算する。


「それでは各自行動を開始してくれ!」


「「「「「「「はっ!」」」」」」」

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