第12話 道を歩み始める事、戦国乱世の如し!

 自室に戻り小山田虎満おやまだとらみつを待つ。

 しばらくして、甲冑かっちゅう姿の小山田虎満おやまだとらみつが板垣さんに連れられて来た。


 小山田虎満おやまだとらみつはスルリと無駄のない動きで、重い甲冑を身に着けたまま音を立てずに座った。

 妖怪っぽいな。


「若様! 小山田虎満おやまだとらみつただいま戻りました!」


「ご苦労様。どうでしたか?」


「そうですな……。若様から頂いた書状のお陰で私が総大将になるのは、スンナリ受け入れられました。書状は助かりました。ありがとうございました」


 小山田虎満おやまだとらみつは深々と頭を下げた。

 父信虎が討ち死にしたとの報せを受けて、すぐに小山田虎満おやまだとらみつを総大将にすると書状を早馬で送ったのだ。

 どやらその書状が役に立ったらしい。


「いや。今回は苦労を掛けた。……」


 ここまで小山田虎満おやまだとらみつの受け答えにはおかしな所が無い。そこで『色々と』に力を込めて、『何かあったのだろ? 言え!』と言葉に意思を込めてみた。

 しかし、小山田虎満おやまだとらみつには、あっさりかわされてしまった。


「いえいえ。私のような年寄りがお役に立てたなら、望外の喜びですじゃ」


 もっと直球で聞かないとダメかな?

 板垣さんと目を合わせる。板垣さんも俺と同じ気持ちのようだ。

 それならもっとダイレクトに聞こう。


「父上に何があった?」


「敵の素破すっぱが陣中に忍んでおりまして……残念ながら……お守りできず申し訳ございません」


 素破すっぱ……忍者の事だ。

 ああ、そうだったのか、敵の忍者に父上は討たれたのか。

 板垣さんが味方に討たれたと言うからてっきり……裏切り者がいたのかと……。


 俺がホッとしたのもつかの間、板垣さんが鋭い声で小山田虎満おやまだとらみつただし始めた。


「お待ちを! 信濃しなのとの国境くにざかいには素破すっぱの類はおりませんぞ!」


「ひょほ! そうじゃったかのう……」


信濃しなの素破すっぱがおりますのは、木曽きそ木曽家きそけのみです。おかしいではありませんか?」


「と言われてものう……。事実素破すっぱにのう……」


此度こたびの戦は信濃しなの国境での国人衆相手の小規模な争いでしょう? そこに素破すっぱなど! あり得ません!」


「……」


「小山田殿……あなたが信虎様を討ったのではありませんか?」


「……じゃったらどうする?」


 ああ……やはりそうなのか……。

 父上武田信虎は味方に……小山田虎満おやまだとらみつに討たれたのか……。

 いや、何となくだが、そうじゃないかという気もしていたが……。


 板垣さんと小山田虎満おやまだとらみつは言い争いを始めた。


「ああっ! なぜそのような事を!」


「若様の為じゃ! 板垣! お主もあの場にいたであろう! 信虎様は若様を廃嫡はいちゃくすると、三条家のご使者がいる前で明言したんじゃ!」


「だからと言って! 主君にやいばを向けるとは!」


「ワシの主君は若様じゃ!」


「だとしても信虎様は武田家のご当主! 時間をかけて太郎様の素晴らしい所を信虎様にお認め頂き、太郎様をご嫡男として認めて頂く道もあったでしょうに!」


「そんな悠長ゆうちょうな事を言っていられるか! 今まで信虎様によってお手打てうちになった者が何人おる? 板垣も存じておろうが! 若様がお手打ちになったら手遅れじゃったのだぞ!」


「だからと言って、主君を討つなど!」


「黙らっしゃい! 板垣は傳役もりやくのクセに危機感が無さ過ぎるわ! そもそもお主が若様を信虎様にもっと売り込んでおけば、此度のようにワシが動く事はなかったんじゃ!」


「なんですと!」


 板垣さんと小山田虎満おやまだとらみつは、もうののしり合いに近い強い言葉でお互いを責め合っている。


 目をつぶり……、腕を組み……、ジックリと考える。

 小山田虎満おやまだとらみつが父武田信虎を討った。

 それは武田家の当主を殺した……つまり、謀反……。


 いや!

 謀反ではない!

 謀反というのは自分の主君を殺して、主君に取って代わる事だ。


 小山田虎満おやまだとらみつはあくまで俺を助ける為に、俺を武田家の当主の座につける為に行動を起こした。

 実際に父信虎は諫言かんげんした家臣を手打ちにしている。

 難癖をつけられて俺が手打ちにされる可能性は確かにあった。

 そうして考えると……今回の事はある種の緊急避難……と見る事も出来ないだろうか?


 板垣さんの主張、時間をかけて父信虎に俺の良さを知ってもらう……これは正論……。

 だが、確かに悠長に過ぎるかもしれない……。


 小山田虎満おやまだとらみつが正しいのか……、板垣さんが正しいのか……。

 いや! 違う!

 どちらが正しいか間違っているかの問題じゃない。


 俺は武田家の当主になると決めたのだ。

 だから、金をばら撒いて派閥工作を行ったのだ。

 小山田虎満おやまだとらみつは俺の意思――武田家の当主になる――にそって行動したに過ぎない。

 今回の小山田虎満おやまだとらみつの行動を、俺が受け入れるかどうか?

 ただ、それだけだ。


 胸に手を当てて自分の心に問いかける。

 オマエは小山田虎満おやまだとらみつの行動を恨んでいるのか?


 答えはノーだ。

 父信虎が死んで不謹慎ながら、俺はホッとした。

 これで廃嫡を恐れる事は無いし、命をとられる心配もないと考えた。

 夜も良く眠れた。


 父信虎の死を積極的に喜んではいないが……俺は確かに父信虎が死んで安堵していた。

 ならば少なくとも小山田虎満おやまだとらみつの行動を非難する事は出来ないのでは?


 板垣さんと小山田虎満おやまだとらみつの激論は続いている。

 俺は両手を叩き合わせて、二人の議論を止めた。


「俺は今回の小山田虎満おやまだとらみつの行動を受け入れる。ご苦労だった……」


「太郎様!」


 板垣さんが驚いた顔をしてこちらを見た。


「板垣さんの言いたい事はわかります。ですが……小山田虎満おやまだとらみつも俺の事を考え、俺の為に行動をしてくれたのです」


「それは……」


「それに事の是非を論じているヒマはありません。これから俺が武田家の当主として、どう行動するか。武田家の家臣、甲斐国の国人衆、近隣の有力大名が見ています。前を向きましょう」


「かしこまりました……。太郎様がそうおっしゃるのでしたら……」


 板垣さんは矛を納めてくれた。

 俺は小山田虎満おやまだとらみつに向き直る。


「誰と誰だ?」


「ひょ?」


「今回の行動は誰と誰が関わっている?」


 父上の背中の傷は複数あった。

 小山田虎満おやまだとらみつ一人の仕業とは思えない。


「さて……それをお聞きになってどうなさるおつもりですじゃ? 聞いた所で詮無い事ですじゃ」


「そうだな……」


 確かにそうだ。

 誰と誰が今回の行動に加わったか知った所で、罰するつもりはないし、かといって褒美を与える事も出来ない。

 あくまでも表向きには、敵方の素破すっぱの手によって父信虎は殺されたのだから。


「あいわかった。そなた達の忠義はしかと受け取った」



 ――翌日。


 俺は元服し武田太郎改め、武田晴信となり武田家の当主になった。

 家中に俺の派閥を増やしていたのが幸いして特に反対は無く、母の大井の方も弟の次郎も祝ってくれた。


 俺はこの世界に転生して武田家の歴史を変え、武田家に漂う闇、暗い雰囲気を払いたいと思っていた。

 だが、出だしから父信虎の謀殺というごうを背負う事になった。


 行くのは血の道か、光の道か。

 いざ、戦国乱世を生き抜かん!

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