ウサギさん

 京一が焼肉弁当とスナック菓子の代金を店員に払って、コンビニを出ると、背後から突然声をかけられた。


「ねえねえ、キミ? ちょっと待ってよ」


 振り向くと、高校生くらいの少年が二人、気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべながら立っていた。


 一人は派手なアロハシャツを、もう一人はセンスの悪い迷彩色のタンクトップを着ている。


「どこ行くの?」


 アロハシャツを着ている方がそう言って、大袈裟な小走りで京一のすぐ隣まで近づいてきた。


「……家に帰るところですけど、何か用ですか?」


 京一はぶっきらぼうに答えた。


「キミ、さっき焼肉弁当買ったよね? 子供のくせにお金持ってんだ。ひょっとして、お金持ちの子?」


 アロハシャツの細長い腕が京一の肩に馴れ馴れしく巻きつき、臭い息がモアモアと顔に吹きかかる。


「ねえねえ、お兄さんたち今月ちょっと金欠なんだぁ。そこで、相談なんだけど、ちょっとお金貸してくんない?」


 京一はその嘘くさいその笑顔を見ないように、俯いたまま何も答えないでいると、迷彩色のタンクトップが京一の視界に無理やり割って入って来た。


「おい? ビビッて声も出ねぇか? あ?」


 タンクトップが自分の顔を、俯く京一の顔の前に持っていき、無理やり視線を合わせようとする。


「おいおい。あんま少年を怖がらせんなよ」


 アロハシャツはタンクトップを制止する。


「だってショウちゃん、こいつ、だんまり決め込んで、なーんか気にいらねぇんだもん」


 一瞬、京一に馴れ馴れしく巻きついていたアロハシャツの腕の力が緩んだ。


「んがああぁああっ!?」


 突然アロハシャツは、驚きと苦痛の入り混じった怒声を漏らすと、膝から崩れ落ちた。


「ショウちゃん!? おい!? どうしたんだよ!? 血出てるじゃん!!」


 タンクトップが狼狽している隙に、京一は一気に駆け出した。


「あ!? おいこら!! 待てよ!!」


 京一は全力で走った。しばらくの間、何も考えずに必死で走った。


 たくさんの人とぶつかりながら、京一は理科の授業を思い出していた。水槽にお玉じゃくしを二匹入れ、餌を与えないまま放っておきます。すると数日後、お玉じゃくしが一匹になっていました。食べるものがなかったお玉じゃくしは、生きるためにもう一匹を食べてしまったのです。強いお玉じゃくしは弱いお玉じゃくしを食べてしまったのです。


 京一はもう少しで同種に「共食い」されてしまうところだったのです。「でも待てよ? あいつらがオレと同種? アロハと迷彩? まさか。そんなわけないでしょう」


 京一はそう呟くと、我に返った。


 そして歩を緩め、ゆっくりと辺りを観察した。


 故意に舗装されていない道、手入れされた名前も知らない大きな木々、小奇麗なベンチがあちこちに見える。


 どうやらここは街の中心に位置するセントラルパークのようだった。


 どうやってここまで来たのか思い出せない自分に、京一は少し驚いたが、近くに小奇麗なベンチを見つけると、腰を下ろした。


「ちぇっ、お茶かなんか買っときゃよかったぜ」


 いつも通り声に出して毒づきながら、焼肉弁当の蓋を開ける。走ってきたせいで中身はぐちゃぐちゃだった。


 京一は嫌いな沢庵を割り箸で掴んで、放り投げようと振りかぶった。しかしその手は途中で止まってしまった。


「なんだありゃ?」 


 数メートル先の小奇麗なベンチの上で、ウサギさんが笑って座っていた。

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