告白
明仁の父親に車で家へと送ってもらっている車内、助手席に座っていた淳は、沈黙に耐え切れず切り出した。
「あの……」
「ん? どうしたんだい?」
父親は運転中のためか、正面を向いたまま淳の方を見ないで返事をした。
「実は、明仁くんのことなんですが……あれは、事故ではないんです」
「……」
「……明仁くんは、いじめを苦に自殺しようと屋上から飛び降りた、と思うんです」
淳はそう言いながら、まるで自分が新聞の記事か何かを棒読みしているような、不自然な響きを、自分の声に感じていた。
「なぜ、そう思うんだい?」
父親の声は酷く落ち着いていた。
「そ……それは……知っ……分かるん、です」
淳は言葉に詰まってしどろもどろになる。そして、鼓動が高まり、耳鳴りが始まる。さらに、胸と喉と、頭のあたりが熱くなる。
「なぜ、分かるんだい?」
「……それは……僕が、その、明仁くんをいじめていた子のひとりだから……です」
車は交差点手前で、信号待ちのために停止した。
父親はそのとき初めて、淳の方に顔を向けた。
「キミが? 明仁を?」
父親の表情は声と同様にとても落ち着いていた。
「……はい。す、すみませんでした! 申し訳ございません! ご、ごめんなさい!」
シートベルトに上半身が固定されているため、お辞儀する度にロックがかかった。
それでも、淳は頭だけを前に倒した状態で、何度も何度も泣きながら謝った。車内に、淳の震えた声が、まるで誰か別の人の声のように響いていた。淳は生まれて初めて、恥ずかしくて死にたいと思った。
信号が青に変わり、車はゆっくりと発進した。
「なぜ、明仁をいじめたんだい?」
父親の声は、先程と変わらず落ち着いていた。
「……え? あ、その、それは……」
淳は必死に理由を探した。必死に何かを思い出そうとした。しかし、何ひとつ明確な理由を思い出せなかった。
暫くの間、二人とも何も言わず、沈黙が続いた。
淳が何かを言おうとしたとき、父親の方が先に口を開いた。
「明仁はキミに何か酷いことをしたのかい?」
「……いえ、特に……」
「キミは川上淳くんだね。明仁から聞いているよ」
「え?」
「四年生の春に転校してきて、五年生の時、明仁と同じクラスになった。それから明仁や石川周くんと仲良くなったんだろ?」
「……は、はい」
「驚いたかい? 明仁は、家でよく学校のことを私や家内に話すんだよ。私はそれをいいことだと思って、いつも喜んで聞いていたんだがね」
父親は少し照れくさそうに笑った。
淳は、どう反応していいのか分からないまま、ただ下を向いて頷くだけだった。
父親は続けた。
「六年生になった四月のある日、明仁は自分のクラスに転校生がやってきたことを、私たちに話してくれた。明仁は大喜びだったよ。確か名前は神辺とかいったかな。彼が自己紹介の時、好きな本に「巌窟王」を挙げたと言ってね。明仁はその作家が大好きなんだよ。だから、彼ともきっと仲良くなれると、大張り切りだったんだ……まあ、結局はうまくいかなかったようだが……」
「え? それじゃあ、いじめのことも知ってたんですか?」
淳は本気で驚いた。まさか明仁が親にいじめのことを言っていたなんて、想像すらしていなかったからだ。
「ああ。……明仁は初めはこう言っていたよ。川上くんも石川くんもちょっとふざけているだけだと。神辺くんだっけ? 彼もきっと転校してきたばかりで、ストレスが溜まっているだけだと。私も家内も、明仁のその言葉を信じたよ。それに今が平和で平等な時代とはいえ、理不尽なことや、突然の不幸に見舞われることはよくあることだ。それでも私たちは、強く生きていかなくてはいけない。だから明仁には、どんなことがあっても負けて欲しくなかった。乗り越えて欲しかった。そう思って、今まで明仁を見守ってきたつもりだったが……もし今日のことが、淳くんの言うように本当にいじめを苦にして屋上から飛び降りたというのなら、私たちは明仁の限界に気づいてやれなかった。親として完全に失格だ……」
父親の表情は、少しだけ哀しそうに見えた。
淳は、このとき初めて明仁の父親は、あまり感情を表情に出さない人なのだと思った。
「川上くん、着いたよ」
いつの間にか、車は淳のアパートの前で停まっていた。
車から降りると、半袖から出ている淳の腕をひんやりとした空気が包み込んできた。
「……本当にすみませんでした」
淳は運転席の父親の方にもう一度頭を深く下げた。
ガラス越しに見える父親は、しばらくひとりで何かを考えているようだった。
「……それでも、私には明仁の飛び降りた理由がいじめだけとは思えないんだがな……」
彼はそう呟くと、淳に別れを告げ車を走らせた。
淳はポケットに手を入れると家の鍵を探した。ポケットに入れた指先が鍵ではない何かに触れる。
「あっ!」
それは屋上で見つけた明仁の手紙だった。病院で明仁の両親に渡すのを淳はすっかり忘れていたようだ。
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