周とサキと京一

 咲子を探すために、周は通学路を逆戻りしていた。その途中、佐々木りょうという咲子のクラスメイトに会った。


 りょうは何度か咲子の家へ遊びに行ったことがあり、周とは面識があった。


「あ、サキのお兄さん。どうもこんにちは」


「おう、佐々木さん! 今日は、サキと一緒じゃないの?」


「はい、今日は、私、お母さんにお使い頼まれたんで、サキとは途中で別かれましたけど……」


 少女の提げている手提げの中から、スーパーの袋が見えた。


「サキが、まだ家に帰ってないんだよ。サキ、何か言ってなかった?」


「え? そういえばサキ、大事にしてたポシェットを失くしたって、最近ずっと言ってて……この前の遠足のときにポシェットを落としたかもしれないって、それで、今日学校の後、探しに行くって言ってたような……」


「ポシェット? 遠足?」


「はい、お母さんからもらったウサギのポシェットだって……」


 周は唇を噛んだ。そして考えた。


「それってどこ? あ! セントラルパークか!」


 周は咲子から二週間程前に遠足のことを聞かされたことを思い出した。


「ありがとう!」


 周はりょうに礼を言うと、今来た道を駆けて行った。


「サキのお兄さんて、結構シスコン?……でも、サキって幸せもんじゃん!」


 りょうはひとりほくそ笑んだ。


 周は走りながら、最近の咲子の様子を思い出そうとしていた。


 本当のところ、周は咲子がポシェットを失くしていたことは、本人から聞いて知っていた。しかし、何をしてやるわけでもなかった。そしていつの間にか、すっかり忘れてしまっていたのだ。


 ここ数週間、周は自分が何かに追われるように忙しくて、妹の面倒をみてやれなかったことを後悔した。


「ちくしょう……」


 周には自分が何に忙しかったのか、分かっていた。そして、その答えに激しく嫌悪した。


「ちくしょう!」


 彼が二度目の悪態をついた時、ちょうどセントラルパークの入り口が見えて来た。


 周は一旦走るのをやめて、早歩きで園内を観察しはじめた。


 ブランコ、ジャングルジムを通り過ぎると、その先のベンチに座っているポニーテールをした女の子が視界に入ってきた。


「サキー!!!」


「あっ! 周兄ちゃん!!」


 咲子はベンチから立ち上がると、周に手を振った。


「バカ! 何でこんなところにひとりでいるんだ! お兄ちゃんすげー心配したんだぞ!」


「……ごめんなさい」


 咲子は素直に謝った。


 妹のそんな素直なところが、周は好きだった。


「あっ! おまえウサギのポシェット見つけたのか? よかったなー」


 咲子の頭を周はなでてやる。


「うん! 京兄ちゃんが見つけてくれたんだ!」


「キョウニイちゃん? 誰だそれ?」


「私の新しいお友達!」


「あっ! 京兄ちゃん戻ってきた!」


 周が咲子の指差す方に目を遣ると、眼鏡をかけた少年が公衆トイレから出てくるところだった。


「京一!?」


 周は一瞬で凍りついた。


「よう! 周じゃん!」


 京一は周に気づいたらしく、手を振りながら笑顔で近づいて来る。


「京一……」


「あれ? お兄ちゃん、京兄ちゃんのこと知ってるの?」


 咲子の質問が聞こえないかのように、周はじっと京一の方を見ていた。


「うん、そうだよ。お兄ちゃんと僕は同じクラスで、お友だちなんだ」


 京一は周の代わりに答えると、爽やかに笑った。


 そして、咲子の頭にぽんと手をのせた。


「サキちゃん。ウサちゃんポシェットもみつかったことだし、暗くなる前にお兄ちゃんとお家に帰りな」


「うん! ばいばい、京兄ちゃん!」


「ばいばい! またな、周!」


 京一は手を振ると、二人に背を向け歩き出した。


「おい、きょうい……」


 周は何かを言おうとしたが、言葉が続かなかった。


 京一が咲子と一緒にいたこの現実を目の前に、以前彼が言った遠回しの脅し文句が甦る。


「帰ろっ!」


 咲子の声に周は我に返った。


「あ、ああ」


 周は咲子に手を引っ張られるまま黙って歩いた。


「ねえ、お兄ちゃん?」


「ん?」


「京兄ちゃんとは仲良しなの?」


 周は一瞬考えてから返事をした。


「……ああ」


「明兄ちゃんくらい仲良し?」


「……」


 周は下を向いたまま何も答えることが出来なかった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


「……」


 二人は暫く黙って歩いた。


「……サキ、ここからひとりで帰れるか?」


「え? うん、帰れるけど……」


「悪い。お兄ちゃん、ちょっと用事思い出した。家に着いたら鍵かけて待っててくれ。晩御飯までには戻るから」


 きょとんとしている咲子をひとり残し、周は来た道を逆に駆け出した。

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