第65話 魂の力と想いの力 3


「バイス、しっかりしろ! お前はバイスだろ!」


 少し、フラフラしながらバイスは後退する。


「そう、僕はバイ――。姉さんと一緒に、姉さんの為に……」


 バイスの握った剣から黒いモヤが生み出される。

そして、ゆっくりとバイスを包み込み始めた。


『おいおい、ここまできてそりゃないわよ。もう少し頑張ってくれないと困るわ。さぁ、お楽しみはこれからよっ! 私をあなたの体から追い出した奴らを殺せ! 目の前にいるのはあなたの姉さんの敵よ!』


 アクトには聞こえた。

バイスでもなく、リリアでもない声を。

いま、この場で声を出せるもの、あの黒剣しかいない。


「その剣、魔剣だろ! おい、お前俺の声が聞こえるよな! バイスから離れろ!」

『私の声が届くのね! 嬉しいわ、もっと早くあなたに私の美しい声を届けたかった。でも、それもおしまいね。私はこの子と一緒になるの、あなたたちを始末して、私を脅かすあなたたちは消えるのよ!』


 黒いモヤがバイスを包み込み、バイスは黙り込んでしまった。


「アクト様、なんかまずいような気がしますよ。どうしますか?」

「あの剣だ、あの剣を破壊すれば……」


 ナイフではあの剣を破壊できない。

かといって奪い取るのも難しいだろう。


「主様!」

「アクトさん!」


 セーラとエレインも騒ぎに気が付き、庭にやってくる。

黒いモヤに包まれたバイスを見て二人とも呆けている。


「バイスさん……」

「主様、いったい何が」


 バイスと距離を取りながらみんなで一か所に集まる。


「あの剣だ。多分あの剣がバイスを操っていると思う。そして、あれは魂の宿った魔剣、さっき声が聞こえた」

「アクト様、バイスさんが……」


 バイスはゆっくりと目を開きアクトたちを眺めている。


「ふぅ……。四人かですか……。練習にはいいかもしれませんねっ!」


 突然視界から消えたバイス。

気が付くとリリアが遠くに飛ばされている。


「ぐぁぁ!」

「遅いですね。練習になりませんよ?」


 ただの体当たりでリリアを飛ばしたのか。


「アクト様!」


 セーラが包丁を手に持ち、バイスに切りかかる。


「待て! セーラに戦闘は――」


―キィン キィン キィン 


 黒剣とセーラの握った包丁がせめぎ合っている。


「私だって戦えます! リリアさんと特訓していたのは、主様だけではありません! 家を守るのも、主様を守るのも、私の大切な仕事なんですよ!」


 手に握った包丁。

その包丁の描く軌跡は美しく、そして早い。


「エレインさん! リリアを!」

「大丈夫です! 任せてください!」


 リリアに向かって走りだすエレイン。

そして、ぐったりしているリリアに手のひらを向け、淡い光が放たれる。

リリアを包み込んだ淡い光は、傷を癒し始めた。


「アクトさん、少し時間がかかります!」

「わかった! 治療に専念してくれ! こっちは何とかする!」


 黒剣を握ったバイス。

禍々しい黒いオーラを出しながら、セーラと刃を交差させている。


「いいぞ、なかなか早いな。だが、軽いっ!」

「きゃぁぁ!」


 セーラもバイスの力に押し負けてしまい、俺の後ろの方に吹き飛ばされる。

セーラは服が乱れ、傷ついていた。


「主様、このままだと……」


 ナイフでは無理だ。

しかし、家にナイフ以外の武器はない。

もっと大きな武器があれば、武器が……。


「セーラ! ノックスさんのところに行って剣をもらってきてくれ! もしかしたら直っているかもしれない」

「ノックス様のところに? しかし、アクト様が!」

「大丈夫だ、これくらい俺一人で抑えている! 早くいけ! そして、紅の剣を持ってきてくれ!」


 セーラは体を起こし、ふらつきながら走り始めた。


「必ず戻ります! どうか、それまでは……」

「任せろ!」


 セーラは振り返らず、そのまま門から出ていく。


「さて、二人っきりになったな」

「あっちの二人は退場か?」

「ここの主は俺だ。みんなを守るのが当たり前だろ?」

「お前に守ることができるのか?」


 バイスの意識はもうないのか。

さっきから顔つきも口調もずっとあのままだ。


「できるさ。ここは俺の帰る家、みんなの帰る家なんだ。その家も家族も守って男ってもんだろ?」

「できるもんなら、やってみるんだな! 『ダークネスファイア』!」


 手のひらから放たれた黒い炎はアクトではなく、エレインとリリアに向かって放たれた。


「リリア! エレインさん!」


 今から俺が走って行っても間に合わない。

二人とも、逃げるんだ!


「エ、レインさん。逃げて。私の事はいいから逃げて!」


 エレインはリリアの肩を抱き、二人で移動し始める。

だが、間に合わない。

あのままだと、二人が……。


 どうすれば、どうすれば避けられる?

どうすれば……。

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