第49話 紅の剣と呪いの魔剣 2


 ここは、いったい……。

気が付くとやわらかい何かに包まれている。

温かい、ここはどこだろう?


 目を開けると天井が見えた。

暗くない、明るい天井。なんか見たことのあるような……。


 そうか、ここはギルドの一室だ。

ここでアクトさんと初めて会話したのを思い出した。


 アクトさん? ……そうだ、アクトさんは!

ベッドから起き上がり、あたりを見渡そうとする。


「痛っ!」


 首元に走る痛み。

そうだ、私ウルフに噛みつかれたんだ……。

恐る恐る痛みのあった場所を手で触れてみる。


 傷が、ない?

そんな馬鹿な。確かに噛まれたはずなのに。


「あら、起きて大丈夫なの?」


 誰? リリアさん?

声のした方に視線を向けると、私を見て微笑んでいる。


「お、お母さん?」


 私はベッドから起き上がり、床に素足のまま足をつく。

そして、流れる涙を感じながら、目の前にいる人の胸に飛び込んだ。


「お母さん、お母さん、お母さん! 会いたかった! 私、お母さんに会いたかった!」


 やわらかい手のひらで私の頭をなでてくれる。

この感触、ずっと昔に感じていたぬくもりと同じだ……。


「あらあら、ニコアさん。そんなに抱き着いたら苦しいですよ」


 ニコアさん? おかしい、お母さんは私の事を『ニコ』と呼ぶ。

違和感を感じ、抱き着いていた手を放して、少しだけ距離を取る。


 よく見ると、お母さんじゃない?

でも、似ている。その仕草、話し方、声、そして、その金色の髪。


「……誰? お母さんじゃないの?」


 目の前に立っている女性はゆっくりと私に歩み寄り、優しく頬をなでてくれる。


「半分あたりで、半分はずれ。でも、私の名前はエレイン、あなたのお母さんと同じ名前よ」

「そ、そんな事って……。一体どういうことなの?」

「そうね……。私から話してもいいけど、アクトさんやリリアちゃんが戻ってきたらでいいかしら?」

「今は話せないって事かしら?」

「そうね、今は話せない。でも、すぐに聞けると思うわよ」


 扉の向こうから声が響いてくる。

何度も聞いた声、聞いていて安心する声だ。


『だから、買い出しはまだ早いって!』

『大丈夫ですよ。どうせ明日には引越します! 買い出しして家で騒ぎましょうよ!』

『いや、それは引っ越し後だろ? 今日はみんなで酒場に行こう!』

『ニコアさん、大丈夫ですかね?』

『そうだな。まだ寝ているけど、きっとすぐに起きるさ』


――ガチャ


 扉が開く。

扉の向こうにはアクトさんとリリアさんが立っている。


 二人とも傷だらけで、アクトさんは左腕に血の跡が残っている。

リリアさんも全身傷だらけ、特に頬に着いた傷跡が目立つ。


「ニコア……。起きたんだね」


 なぜだか私はアクトさんに無言で走り寄っていった。

そして、何も言わずアクトさんを力いっぱい抱きしめる。


「良かった……。無事で、良かった……」


 私の肩にアクトさんの手が乗る。

アクトさんは私に向かって話し始めた。


「ニコアも無事でよかった。心配したよ……。怪我、大丈夫か?」

「はいっ、大丈夫です!」


 頬を伝わって流れる涙を感じながら、アクトさんの胸に顔をうずくめる。

この感じ、なんだか以前も感じた気がする。


 アクトさんが私を抱きしめる。


「ニコア、話したいことがあるんだ」


 真剣な声でアクトさんは話しかけてきた。

私は涙を拭き、アクトさんの目を見る。


「はい……」

「リリアもエレインさんも一緒にいいかな?」


 アクトさんは私から離れ、部屋の真ん中に進んでいく。


「アクト様、もしかして……」

「あぁ。ニコアには話す必要があるだろ?」


 しばらく沈黙の時間が流れる。

一体どんな話が待っているのだろうか。


「ここでですか? ギルド内ですよ? できれば家で話しませんか? セーラさんも家にいるので」

「そうだな。ニコア、もう歩けるのか?」

「大丈夫です。傷も深くありませんし、一緒に行動しても問題ありません」


 本当は少し痛い。

でも、そこは我慢しなければ。


「よし、じゃぁ一度みんなで家に行きますか。ニコアの荷物は俺が持つよ」


 アクトさんはさりげなく、優しい。

そんなところが、きっと私は……。


「ありがとうございます。優しいですね」


 ちょっと褒めてみる。

アクトさんは少し照れながら、苦笑いしている。


「怪我人に荷物持たせるわけにはいかないだろ?」

「ですよねー。だったら私の荷物もよろしくお願いします!」


 リリアさんの荷物もアクトさんの首に引っかかる。


「ぐぇ! リ、リリアは自分でもて!」

「私も怪我人です! ニコアさんだけひいきは良くありません!」


 騒がしくなった部屋。

ここにいると、落ち着くし楽しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る