第47話 黒き聖女と聖なる光 17


 ニコアを置き去りにする?

そんな事できるはずないだろ!


 俺は自分の服を破り、ニコアの首元にあて止血する。

こんなんじゃダメだ、もっと、何かないのか!


「ニコア! しっかりしろ! 俺が、俺が絶対に助けてやるから!」


 微笑む彼女。

瞼にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「こんな、私で、ごめんなさい……。一緒に、もっと、アクトさんと、一緒に冒険、したかった……」


 目を閉じるニコア。

頬に一筋の涙が流れ、その輝く雫は地面に落ちた。


「ニコア? おい、ニコア!」


 ニコアから返事が無い。

そ、そんな……。俺はニコアの肩を強く、抱きしめる。


『助けたい?』


 頭に声が響いてくる。


「助けたい! 何でもする、ニコアを、ニコアを助けてくれ!」

『彼女は、あなたたちの事を――』

「そんなことはどうでもいい! 俺にできることがあれば、言ってくれ!」

『名前を。私の名前を――』


 名前、そんなものわかるか!

突然頭に響く声に戸惑いながらも、頭を回転させる。

何か、名前になるようなヒントはないのか!

思い出すんだ、何かあるはずだ!


『私はずっと彼女を見てきた。彼女が生まれたときも、その全てを』


 全てを見てきた?


『笑った顔も、泣いた顔も全てを。つらい時も、悲しい時も、うれしい時も。私はずっと、あの子のそばで……』


 優しい声、温かい声。

そう、まるで母親が娘を見守るような、そんな声。


 淡く光りだしたリングが、少しだけその光を強くする。

俺の目には、ニコアを抱きかかえるような、大人の女性の姿がうっすらと見えた気がした。


 優しいまなざし、温かいぬくもり。

それを感じることができた。


「ア、アクト様!」


 リリアも限界に近い。

はやく、早く何とかしなければ!


『私は見守ってきた。いつでも、ずっとそばで。アクトさん、この子を、何があっても守ってくれますか?』

「あぁ、俺は守るよ。何があっても、どんなことがあっても守ってみせる。だから、力を貸してくれ『エレイン=ノーフェス』!」


 名前を叫んだ瞬間、リングがまばゆい光を解き放ち、あたり一面光で覆いつくされた。

温かい光、温かいぬくもり。優しい光に、包み込まれていく……。


「ありがとう。アクトさん、あなたを信じます」


 うっすらと見えていた大人の女性。

リングの光が次第に収束し、はっきりと目の前に女性の姿が現れた。


 白いローブを着た、金色の長い髪の女性。

そして、金色の瞳はニコアに向けて微笑んでいる。


「すっかり大きくなりましたね」

「エレインさん……」


 エレインさんは俺に向けて微笑み、手を伸ばしてくる。


「この子を助けてもらえますか? 私に、あなたの力を貸していただけますか?」

「あぁ、助けたい。ニコアを助けてくれ。俺にできることなら、なんでも……」


 エレインさんの手が、俺の頬にふれる。


「少し借りますね」


 突然体から何かを吸われる感覚におちいる。

頭がグラグラし、目の前が真っ暗になった。

 

「な、なにを……」


 地面に倒れた俺は、顔だけエレインさんに向けながら言い放つ。


「あなたの魔力を借りました。『エクストラヒール』!」


 エレインさんの体がひかり、その光はニコアを覆い包む。

首元についていた傷が治っていき、出血も止まった。


「ふぅ、これで大丈夫かしら」


 立ち上がったエレインさんは、ニコアを地面に寝かし、リリアの方に向かって歩き始める。


「リリアちゃん! こっちに!」


 リリアもエレインさんの存在に気が付き、こちらに向かって走り始めた。

腕も足も、顔も傷だらけ。俺に力が足りなかったから……。


「アクト様!」


 エレインさんの横を通り抜け、俺に向かって走り出している。

倒れた俺を抱き起し、頬をなでてくる。


「アクト様、大丈夫ですか? あの人に、何かされたのですか!」


 リリアのきつい目がエレインさんに向けて放たれている。

おまけに殺気も。


「大丈夫です、ほんの少しだけ魔力を借りただけですので。とりあえずこの場を何とかしましょう。アクトさん、後の事は頼みましたよ」


 ほんの少しの魔力? いやいや、多分根こそぎ吸われたと思いますよ。

エレインさんは一人でモンスターの群れに向かって歩き出した。

武器もなく、装備もなく一人で歩いていく。

その数のモンスターを相手に無茶だ!


 足を止めたエレインさんは左手を天に上げ、モンスターの群れに向かって叫ぶ。

その左手には銀色に輝くリングが見えた。


「私の名前は『エレイン=ノーフェス』。神の祝福を受け『聖光のリング』の名を与えられし者。聖なる光にて、その全てを癒す者なり! 『シャイニング・アロー』!」


 広間の天井に向かって放たれた光は、天井すれすれで拡散し、その光すべてが矢の形に変わっていく。

天井付近で浮かんでいる光の矢はその向き先を地面にいるモンスターに標準を合わせたようだ。


「これで、終わりです!」


 天に向けて、あげていた手を地面に向けて振り下ろす。

次の瞬間、浮かんでいた全ての矢はモンスターめがけて降り注いだ。


 一瞬。あの一瞬でモンスターが殲滅した。

エレインさんはそのまま地面に座り込んでしまい、立つことができない。


「流石に、きついですね……。何体か、打ち漏らしてしまいました」


 地面から煙が出ている中、数体のウルフがこちらに向かって走り出している。


「させるかぁ!」


 俺は無理やり起き上がり、エレインさんのもとに走り寄る。

そして、エレインさんに飛び掛かってきたウルフに向かってナイフを突き出し、何とか倒す。

リリアの方に向かっていったウルフも、何とかリリアによって倒された。


 追い込まれた広間に、モンスターはいなくなり一時、あたりは静寂を取り戻す。


「終わりか?」


 周りを見ても、俺たち以外に動いている気配を感じない。

あ、俺もダメそう。体もボロボロだし、何より頭がくらくらする。


 エレインさんも俺も、ニコアとリリアのいる場所に移動し、少しだけ休む。

疲れた、初めてこんなに戦ったよ。本気で死ぬかと思った。

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