第46話 黒き聖女と聖なる光 16


 どれくらいの時間が経過したのか、途中まで倒したモンスターの数を数えていたが、もう覚えていない。

床には倒したモンスターの魔石がゴロゴロ落ちている。


「はぁはぁはぁ……。リリア、大丈夫か?」

「ふぅ……。ちょっときついですね」


 少し離れた後ろにニコアもいる。


「ニコア!」

「はい! 私は大丈夫です!」


 ニコアも無事なようだ。

しかし、数は減ってきたがまだまだモンスターは目の前にいる。

ウルフはこちらの様子を見ながら、距離を取り始めている。

学習したのか、一気に襲ってくる気配はない。


 こっちから行くか……。


「リリア、俺が前に出る。サポート、よろしくな!」

「おまかせを!」


 一番近いウルフに近寄り、ナイフを振りかざす。

一撃目はよけられてしまったが、そのよけた先にはリリアが待っている。


「このぉ!」


 リリアのナイフがウルフの首に突き刺さり、絶命する。

いい感じだ。このままいけば、何とか……。


 リリアに気を取られ、死角からウルフに左腕を噛みつかれる。


「うぐぁぁ! この、やろう!」


 右手のナイフでウルフの眉間を突き刺す。

すぐにウルフは息絶えたが、左腕の傷は浅くない。


「アクト様!」

「来るな! 俺は大丈夫だ! 自分の身を守れ!」


 リリアはナイフでウルフを威嚇し、少しずつ俺に近寄ってくる。

俺も少し後退し、ポケットから一枚の布を取り出した。


「アクトさん、今――」


 駆け寄ってきたニコアに布を渡し、左腕の傷にあててもらう。

少しきつめに結んでもらい、戦闘再開だ。


「ありがとう。ニコアは下がって」

「アクト様、時間を稼ぎます。その間、ニコアさんから回復を」

「いや、大丈夫だ」


 リリアに左腕をたたかれる。


「いたっ! 何するんだよ」

「その傷を早く治してください。深手になったら、そっちの方が大変です。戦いはまだ続きます。早く治療を」


 俺とニコアを残し、リリアはウルフの群れに突っ込んでいく。


「待て!」


 立とうとした瞬間、ニコアに腕をつかまれた。


「すぐに。少し待っててください」


 俺の左腕に手をかざし、何かぶつぶつ言い始める。


「――この者の傷を癒したまえ。『ライトヒール』!」


 次第にニコアの手が薄っすらと光りだし、左腕が温かい光に包まれた。

痛みが引き始め、ずいぶんとましになる。


「ごめんなさい、これが私の限界です……」

「大丈夫だ、ずいぶん楽になったよ。ありがとう」


 立ち上がり、俺はリリアのもとに行こうとする。


「アクトさん! これを」


 ニコアはバッグから一本のナイフを取り出し、俺に手渡してきた。


「これは?」

「ナイフです。予備で持ってきました、使ってください」


 俺はニコアから一本のナイフを受け取る。


「ありがとう、これで少しはましになるかな」

「ですが、モンスターの数が多すぎます、何とかこちらの戦力を増やすことができれば……」

「戦力か……」


 このナイフをリリアのように……。

もし、リリアのように具現化できるのであれば、この窮地を脱出できるかもしれない。

そんな事を考えながら、左右の手にナイフを握りしめる。


「きゃぁぁぁ!」


 リリアの叫び声が聞こえる。


「リリア!」


 リリアはウルフの群れに今にも襲われそうになっている。


「待ってろ! 今行く!」


 ニコアに渡されたナイフを握り、リリアのもとに駆け寄る。

元々持っていたナイフ。そして、新しくニコアに渡されたナイフ。

左右の手にナイフを持ち、ウルフの群れに突っ込む。


「はぁぁぁぁ!」


 右手のナイフはウルフの額に。

左手のナイフはウルフの首に突き刺さる。


「ア、アクト様……」

「悪い、待たせたな。もう大丈夫だ」


 倒れかかっているリリアを抱き寄せ、ニコアの近くまで後退する。


「回復、できるか?」

「大丈夫です。いま回復を……」


 リリアをニコアに任せ、俺は一人でウルフの群れに立ち向かう。

もし、もしこのナイフの声が聞こえれば。

俺は歩きながらナイフに向かって声をかけてみた。


「おい、聞こえるか?」


 返事がない。


「もし、俺の声が聞こえるなら返事をしてくれ」


 左手に握ったニコアのナイフに向かって声をかける。

だが、そう都合よく返事をするわけでもない。


「やっぱりだめか。しょうがない、自力で何とかしますかねっ!」


 左右のナイフでウルフを牽制しながら一体一体仕留めていく。

モンスターは俺に集中しているが、すべてのモンスターを引き寄せられるわけではない。


「このぉ!」

「やぁぁぁ!」


 少し離れた所から二人の声が聞こえてくる。

リリアもニコアもそれぞれナイフを片手に、ラットとウルフを相手に戦っている。

まずい、このままだと……。


 俺は目の前のウルフにナイフを突き刺し、無理やり二人のもとに走りこんだ。


「きゃぁぁぁ!」


 ニコアの叫び声。

ウルフに襲われ、首元を噛みつかれている。


「ニコアさん! このぉ!」


 それに気が付いたリリアは真っ先にニコアへ噛みついているウルフの首元にナイフを突き立てる。

二人のもとに着いた俺は、後ろからラットの群れを攻撃し、その場に見える群れを一掃する。


「はぁはぁはぁ……。だ、大丈夫か?」

「わ、私は何とか。でも、ニコアさんが……」


 地面に倒れこんでいるニコア。

地面にはおびただしい血が流れている。


「ニ、ニコア?」


 冗談、だよな?

こんなところで……。


「おい! ニコア!」


 俺はニコアに駆け寄り、抱き寄せる。


「ア、アクトさん……。に、逃げて。これは、私が、招いた、こと……。私の、ことは、いいから、早くここから……」


 口元から血を流し、今にも目を閉じてしまいそうなニコア。


「待ってろ、今すぐ――」

「やぁぁ!」


 後ろからリリアの声が聞こえてきた。


「アクト様、囲まれています……」


 逃げようにも回りは囲まれている。

それに、瀕死のニコアを抱えたままこの場を脱出するのは難しい。

ニコアの言う通り、置き去りにするか?

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