第43話 黒き聖女と聖なる光 13


 母は優しかった。

孤児院の院長をしており、親を亡くした子供を引き取り、育てていた。

そんな母は冒険者の父と結婚し、やがて私が生まれた。


 母は教会の仕事もしながら、街の奉仕活動もしており、街の人々から愛されていた。

癒しの魔法を使い、無償で人々の怪我や病気を治していく姿は、本当に聖女のように見えた。


 だが、いつの日か母は倒れ、起き上がることができなくなった。

医者にも見てもらったが原因不明の病。

父はそんな母を助けるために、万病を癒すといわれる霊薬を探しにダンジョンを深く潜るようになった。


 ある日、いつもと同じように私に笑顔を向け、玄関から出ていく父を見送った。

『今日こそは見つけてくるからな。みんなと仲良くして待っているんだぞ』

それが父とかわした最後の言葉だった。


 二日、三日、十日。

何日経過しても父は戻ってはこなかった。

ギルドにも捜索願を出したが、見つかる気配はない。


 ある日、ギルドから連絡をもらいギルドを訪問した。

そこで見たのは父が使っていた一振りの剣。

赤い刀身が真っ二つに折れた剣だった。


 私は直感した。もう、父は戻ってこないのだと。

形見の折れた剣を布にくるみ、泣きながら孤児院へと戻った。


 母にも話をして、その日は一晩二人で泣き明かした。

弟はまだ小さい。話すには早いだろう。

私は父の事を弟に話す事はなかった。



 私も年を重ね、孤児院では最年長となった。

母の代わりに教会へ仕事をしに行くことも多くなり、街の奉仕にも参加する。

しかし、私には母のように癒しの力はない。

できる限り母と同じように、母と同じことをしていった。


 母の容体が悪くなった。

目がうつろになり、言葉も話せないくらいに。

教会に行き、祈った。毎日毎日祈った。


 そして、神に祈りが届いたのだ。

教会にやってきた冒険者の方が、薬を分けてくれた。

半信半疑で母に飲ませると、呼吸が安定し、少しだけ話すことができるくらいに回復した。


 時同じく、弟も母と同じような病気にかかった。

どうしても、薬が欲しい。あの、薬さえあれば母も弟も助かる。


 ある日、冒険者の人からお願いを頼まれた。

街で炊き出しをするときに、ある人物に飲ませてほしいものがあると。

本人は嫌がっているが、体の為に必要な薬だと。

嫌がっている本人に飲ませるため、協力してほしい。

それが彼のお願いだった。


 私はすぐに了承し、炊き出しの時に使うお皿に薬を混ぜ、言われた人に飲ませた。

そして、気が付いた。数日後、薬を飲ませた人が来なかったこと。

周りの人に聞いてみると、最近具合が悪くなったようで、昨日亡くなったと。


 不安に思った私は薬をくれた冒険者に聞いた。

何を飲ませたのかと。彼は平然として、私に言う。


 彼には必要な薬だった、と。


 私は母と弟の薬をもらい、そしてまた新しい別の何かを渡される。

次はこいつだと、知らない人の名前を言われる。


 そうか、炊き出しに来ていた人を殺したのは私なんだ。

私は母の為に、弟の為に人を……。


 しかし、薬を飲んでいる母も、次第に弱っていき亡くなってしまった。

もっと、早く薬を手に入れていれば、こんな事には。

弟はきっと大丈夫。あの薬さえ手に入れていれば、きっと助かる。


 したくない。もう、人を殺めたくない。

助けたい、困っている人を助けて、母のようになりたい。

薬が欲しい、弟を治せるあの薬が欲しい。その為にだったら、なんでもする。

こんなことはもう嫌だ。何の罪もない人を……。


 私には必要なこと。でも、もうしたくない。

必要だけど、したくない。したくないけど、やるしかない。

やりたくないけど、しなければならない。

どうしたらいい? どうしたら。私は出口のない迷路に迷い込む。


 お母さん、助けて。お父さん、助けて。

きっと私は、また人を。


 アクトさんの事を……。


――


 目が覚める。涙が流れた感覚があり、頬を触ると涙に触れる。

泣いていたのか。まだ、朝の早い時間。出かけるには少し早い。


 嫌な夢を見た。まだ子供のころ、父さんも母さんもいた頃の夢。

私は母のように、強く優しい、みんなを助ける人になりたかった。


 でも、実際はその逆。私の心はすっかりと黒くなってしまった。

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