第44話 黒き聖女と聖なる光 14


 今日、言われた通り三階層でアクトさんを……。

そんなことを考えながら弟の寝る部屋にやってくる。


「おはよ、姉さんもう起きていたの?」

「あら、バイスも起きていたの? 今日もいい天気になりそうよ」


 ベッドから起き上がろうとしているバイスに布団をかけ、もう一度寝かせる。


「まだ、早いわ。もう少し眠りなさい」

「うん。姉さん、今日も行くの?」

「えぇ、みんなの為に稼がないとね」

「危険なこと、できればしてほしくない……」

「大丈夫よ。今は一人ではないもの、アクトさんとリリアさん、三人で行っているのよ」


 ベッドに腰掛け、バイスの頭をなでてあげる。

私と同じ金色の髪。触った髪は自分の髪を触っているかのように、同じ感触。


「姉さん。笑うようになったね」

「そう? そんなことはないわよ」


 懐から小瓶を出し、ベッドの隣にあるテーブルに置く。


「これ、今日の薬ね。また貰ってくるから」

「うん。姉さん、いつもありがとう。早く良くなるように、僕も頑張るね」


 笑顔で見送ってくれたバイスのためにも、もっと薬が必要。

その為だったら、私はアクトさんを……。


 自然と流れる涙。

私は、どうしたらいいの……。


 母の形見であるリングをつけ、いつもと同じ装備を準備する。

今日はそれに、一本のナイフをバッグにしまい込む。

いつも使っているナイフとは別のナイフ。


 リングを握りしめながら、目を閉じる。

お母さん、今日一日みんなをお守りください。


 かすかに光を放つリング。

目を閉じているニコアはそれを知ることはない。


 いつもより少し早い時間、待ち合わせには早いけどギルドの正面で待つことにする。

準備はできている。あとは三階層に行って、いつも通りにしていればきっと大丈夫。

高鳴る鼓動を感じ、落ち着くように深く深呼吸する。


 きっと、大丈夫。


「おーい! ニコア、ごめん遅れた!」


 アクトさんの声が聞こえた。


「ニコアさん、お待たせしました! 今日もお弁当持ってきましたよ!」


 リリアさんもいつも通り、元気そうだ。

私は今日この二人と……。


「大丈夫です。私も今来たところですから」


 私は満面の笑顔で二人を迎える。

私はエミールの聖女。街のみんなはそう言ってくれる。


 でも、本当はエミールの黒き聖女。

この手も心も、黒くなっているの。

ごめんなさい、お母さん。

私はやっぱり、お母さんのようにはなれない。


――


 ギルドでクエストを受注し、初の三階層へ行ってみる。

二階層も三人だと問題なくクリアできていたし、無理をしなければ三階層も大丈夫だろう。

数匹のモンスターであれば、俺とリリアだけでもなんとかなるし、ニコアも結構強い。

何気に俺たちは強くなっていると実感する。


 三階層までは無事に来ることができ、周りを気にしながら奥に進んでいく。


「少し緊張しますね」

「だな。ここからウルフとかも出てくるし、人型のモンスターも――」

「来ます!」


 ニコアが叫び、俺たちは戦闘態勢に入る。

いつも見るラットが三匹にウルフが一体。

いきなり強敵出現だ。


「俺がウルフを引き付ける! その間に二人でラットを!」

「了解!」

「わかりました!」


 ナイフでウルフを威嚇しながら、距離を取る。

横目でリリアとニコアを見てみると、かなり優勢に戦っている。


 二人に戻ってきてもらえば三対一。かなり有利に戦うことができるはず。

俺は二人にラットを任せ、目の前のウルフに集中する。

前の俺とは違うところを見せてやるぜ!


 唸るウルフにゆっくりと歩み寄り、突き出したナイフで威嚇しながらウルフの目を見る。

大きく跳躍したウルフは、そのまま俺に噛みつこうと大きな口を開けて飛び掛かってきた。


 俺はウルフの動きをよく観察し、ナイフを飛び掛かってきたウルフに向かって突き出す。

そして、前足と牙をうまく避け、突き出したナイフを流れるようにウルフの胸へ深く突き刺さした。


 しばらく動いていたウルフは次第に動かなくなり、魔石となって床に落ちる。

一人で倒せた。しかも一撃で。

すぐに交戦中の二人に目を向け、サポートに入ろうとする。


 しかし、そこにはこちらを見ている、二人の姿が。


「アクト様、お怪我は?」

「いや、特にないな」


 駆け寄ってくる二人。


「ウルフを一撃で倒すなんて、アクトさんはやっぱりお強いんですね」


 ニコアに褒められ、少し照れる。


「二人がいたから集中できたんだ。助かったよ」


 周りを警戒しながらあたりを散策する。

俺達よりも後に来たパーティーとすれ違う、装備を見る限りかなり強そうに見える。


「初心者か?」


 リーダーらしき人物に声をかけられた。


「はい、初めて三階層に着ました」

「そうか。聞いていると思うが、変異種の情報がある。気を付けるように」

「わかりました。ありがとうございます」


 一言かわし、そのパーティーはさらに深く先に進んでいった。


「強そうですね」

「まぁ、俺たちはまだ駆け出しだからな。でも、いつかあんな装備を身に着けて、もっと深いところまで行ってみたいよな」

「焦らずに、ゆっくり行きましょう」


 そう焦ることはない。

時間はまだあるんだ。

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