1-2 出会い、あるいは遭遇

 暗い水面に明るい光が落ちる。その輝きを追って大きな影が走る。


『食いつきました』


「よし。あとはタイミングだな」


 川面を照らしながら走る電導二輪の上で、コーヤは右手を突き出し泳ぐ影へと慎重に狙いを定めた。バイザーディスプレイには、電導二輪を示す青い点と械物メカニスタを示す赤い点、そしてそれぞれの予測進路を示す輝線が映し出されている。青は流れるように距離を詰め、赤も電導士の拡張された視界に映った照準に捉えられる。


輝光弾テジャスバレット


 腕輪に電導法の呪文、電言コマンドを音声入力。ブレスレットに輝きが灯る。


「シュート!」


 コーヤの手から光の弾が放たれた。


『命中!』


 暗闇の中に煌めく水柱が立つ。


 だが影の方は、多少スピードが落ちたものの健在だ。


 驚いたように暴れ、強靱な鰭と尾が川岸をえぐる。今度は濁った泥柱が立った。


「さすがに一撃じゃ無理か。もう一発……!」


 不意に、械物メカニスタの泳ぐ向きが変わった。見る見るうちに、予測される進行方向と実際の進路がずれてくる。最初の動きを維持しようと川上へ誘導していたのに、相手は下流へと動き始めてしまった。


「なんだ……?」


『予測アルゴリズム修正開始。補正のために周辺情報を再収集……! 目標の後ろ、何かいます』


 言われて注視すると、水面が不自然に波立っている。その動きから逆算される道筋は、械物メカニスタの進んできた方向とほぼ一致した。まるで何者かが機械の魚を追ってきたようだ。


『既に水中行動に特化した誰かが、交戦状態に入っているのでしょうか』


 パティが、海の械物メカニスタを川まで追い込んだ狩人の可能性を示唆する。もしそうなら、コーヤの放った一撃はむしろ妨害だ。


「一応、相手に呼びかけてみてくれないか。無断で横槍を入れるのはまずい」


『分かりました』


 電子の妖精は一つ頷くと沈黙し、そしてすぐに首を振る。


『駄目です、マスター。全チャンネルを試しましだが、いずれも応答ありません』


 ならば専用の通信しか受け付けない対械物用のオートンか。なんにせよ、もう変に気を回している時間はない。心配していたことが現実になりつつある。水中を走る影が橋へと近づくにつれ、徐々に大きくなってきているのだ。さきほどと同じように、光に向けて飛び跳ねる気なのは間違いない。


「出頭を叩く。電装の解放を」


『はい、マスター!』


「ランディング、雷神インドラ


 情報から物質へ。


 電導具を介した電素の状態変化が、大気中の風素を土素へと変える。さらにその構造を規定されることにより、腕輪周辺を取り巻く空気は金属の槍と化す。船に積まれた荷物が港へ陸揚げランディングされるように、電導具に格納されていた情報が現実の装備、電装としてコーヤの手に収まった。


『電圧正常。いつでもいけます』


「よし!」


 相棒の報告を合図に槍を振りかざす。砂利を巻き上げながら走る電導二輪が水面ぎりぎりまで近づいていく。シートの揺れに気を取られることなく、コーヤは今まさに水中から飛び立とうとしている影へ――。


雷霆鎗フルグランス!」


 電言コマンドを唱えながら槍を投げつける。穂先が雷を帯び、一条の閃光となって宙を駆ける。ゆっくりと浮上していた影は、一瞬で稲妻に切り裂かれた。異形の魚が痺れたように震え、跳ねることもできずに川面で悶える。


「よしっ! ……ん?」


 械物メカニスタが口から何かを吐き出す。それが川べりに落ちると同時に、どこからともなく声がした。


『ねえさんっ……!』


「え?」


 あたりを見回すが誰もいない。むしろ耳元で囁かれたような気さえする。


 械物メカニスタへの警戒を緩めないまま、コーヤは眉をしかめた。


「なんだ? 今の声」


『救難信号です』


「救難?」


 つまりは誰かが助けを求める通信を発し、それをウェアコンが受信したということか。


「もしかして、もう誰か襲われて……」


『マスター。あそこ!』


 コーヤが不安を口にするより早くパティが気付いた。バイザーに示してくれたガイドをたどると、さきほど機械の魚が吐き出した物体が砂利の上に転がっている。それが人の姿をしていると気付き、コーヤは慌てて槍を消すと電導二輪を降りた。


「お、おい。あんた! 大丈夫……か?」


 抱き起こしてから気付く。見た目こそ自分と同じ人間の少女だが、種族的なものとはまた違うその特徴に。


 彫刻を思わせる均整の取れた身体。宝石にも似た輝きを秘めた滑らかな肌。氷柱の先から滴り落ちるように流れる銀の髪。どこか現実離れした雰囲気をまとう彼女は――。


電子人形サイドール、なのか?」


『そのようですね。この人はヒトではありません』


 それはヒトに似せて造られたオートンだ。主にサービス業や医療福祉の分野で、ヒトの姿をした労働力が望まれる場に用いられている。また、民間でも生活補助のため導入している家庭は少なくない。いずれにせよ、救難信号を発した点からすると、パティのように高度な人工知性を搭載しているのは確実だ。


「これは……どうしたもんか」


『そうですねえ。勝手にいじるわけにもいきませんし、このまま警察に届け出るのがいいと思います』


「そっか。そうだな」


 いくらヒトの姿をしていても、人形である以上は持ち主がいる。通報すれば、すぐ回収しに来てくれるだろう。


「よし。頼む」


『はい』


「否。ソウはいかナイ」


「!?」

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