勇者の剣
木船田ヒロマル
石
「またここかよ、リリーメイ」
「おはよう、ジャンリュック」
朝の水汲みの帰り道、少年と少女はいつもの軽口をかわす。
「毎朝よく飽きねーな。年寄りの昔話を信じてるのか?」
「あなたの口からまだおはようが聞こえてこないけどジャンリュック」
「……おはよう」
「おはよう」
リリーメイはお祈りの姿勢から立ち上がり、ジャンリュックを振り返ってにっこりと微笑んだ。
シュールグラヌの村は、王都から二週間、麓の街ヘンドラバーグからも一日掛かるドーラフェンヘルス山脈の山あいの小さな村だ。
酪農と岩塩の採掘で細々と暮らす民の間には、一つの伝説が言い伝えられていた。
「魔王なんているわけねーよ。俺たち子供に言うことを聞かせるための、大人たちの作り話さ」
「そう?」
「そんな石の剣に祈ったって無駄だぜ。そんなのたまたま剣に似た形の石をそれらしく立てただけだよ。魔王も、それを封じた勇者もいないに決まってら」
「だといいのだけれど」
「……なんかあるのかよ」
「夢を、見るのよ」
「夢?」
「勇者様が魔王を封印した時の夢」
「ただの夢だろ」
「全力で戦い、傷だらけのボロボロで片膝を付く勇者様。発動する封印の魔法。三十の魔力の檻が魔王を縛る。魔王の絶叫」
リリーメイの語り口は淡々としていたが、それが返って真実味を帯ているようにジャンリュックは感じられた。
「最後に魔王が叫ぶの。一つの縛を十年! 三十の縛を三百年!」
ジャンリュックはゴクリ、と喉を鳴らした。
「なあんて、ねっ」
リリーメイは表情を崩して笑って見せた。
「なんだよ、冗談かよリリーメイ。おどかすな」
「あら、魔王も勇者もいないんだったら怖がることないでしょ?」
「俺は別に怖かねえよ、リリーメイが悪い夢見て寝不足なら可哀想だと思っただけさ」
「優しいのねジャンリュック」
「優しくねえっ、もうっ、先に行くからな!」
少年は坂道を駆け下りて行った。
少女はその背中を見送って、小さくため息をついた。
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