幕間.傷跡──結∶指輪.
「失くした腕が痛むのかい、紫蘭」
「──……どうなんでしょう。鈍い微弱な痛みはありますけど、そんなに気になるようなものでもありませんし」
嵐が過ぎ去った日の晩、私はソフィさんと過していた。その最中、私は無意識の内に断端部を撫でていたらしい。
「そうか。少し診せてくれないかな?」
短くなった左腕を彼女へと向けると、優しい手付きで断端部へと触れてくる。時折、指の腹で強く押し込まれたりもしたけれど、痛みや痺れもなく、経過としては良好とのこと。ただ、腹部については今だ予断を許さない状況らしく、食事はペースト状のものを接種している状態である。
「紫蘭」
「なんですか、ソフィさん」
「これを返そうと思ってね」
触診を終えて少し経った頃、彼女が小振りな箱を取り出しその中身を見せてきた。それはシンプルなデザインの指輪であり、何処か見覚えがあるデザインをしている。
「これは……?」
「───君の左腕から回収してきたんだよ」
ソフィは私の右手を取ると、その指輪を薬指へと指輪を嵌めてくれた。真鍮製のそれは綺麗に磨き上げられており、私の顔が薄っすらと写り込んでいる。ほぼ新品同様の見た目をしているが、確かに見覚えのあるものだった。
「──……踏み砕かれた腕はどうしようもなかったけれど、それだけは回収出来たんだ」
「……! ありがとう、ございます!」
「どういたしまして」
左腕を失くした時に、諦めていた物が帰ってきた。ティムがくれた、彼から貰った贈り物──結婚指輪を彼女が見つけてくれたのだ。
「これ……っ、本当に……ありがとう、ございます」
私が他人から愛された証、ティムに愛してもらえた証──こんな私を選んでくれる人がいたという数少ない大切な物。それが今再び帰ってきたのだ。こんなにも嬉しい事はない。その喜びと、指輪を見つけてくれた彼女への感謝の気持ちで、私の胸は一杯だった。
「腕ごと失くして、もう諦めていたのに……本当、本当に見つけてくれてありがとうございます」
「メネから聞いていたからね。そういう事情があるのなら極力見つけてあげたいじゃないか」
優しい声でそういうと、彼女は気恥ずかしそうに笑っていた。
あれだけ酷い損傷を受けた教会から、こんな小さなものを探し出すのは相当な苦労だった筈だ。崩落した天井の範囲だって相当な物だったというし、瓦礫の撤去はまだ終わりきっていないという。
……本当に、彼女には感謝してもしきれない。
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