幕間──紫蘭──深度零

幕間.傷跡──深度壱

 目覚めたのは深夜、月の光すら無い真っ暗な夜。目醒めて最初に感じたのは、重く纏わりつくような酷い倦怠感。そんな状態では、首を少し動かすだけでも重労働に匹敵するような気さえした。

 覚醒したばかりの頭で考えるのは、娘の安否だけ。

 私がここで寝ている理由はどうだって良い。娘を、ゆかりを助けられたかどうか。ただそれだけが気がかりだった。

「……ゆかり──? ……ゆかりは……っ!?」

 けれど──娘の姿はない。そう認識した瞬間、勝手に身体が動いていた。そして、ベッドから盛大に転げ落ちた。両腕を支えに上体を起こしたつもりだったが、何故か左側へ転がっていたのである。

 もう一度、身体を起こそうとした時に気づく。気づいてしまったのだ。


 ────…………左腕が、無いという事実に。


「っ、ぁ……あぁ……………!」

 瞬間、あの日の事を鮮明に思い出してしまった。何もかもを奪われたあの日。大切な物が容赦なく壊されて、傷つけられてしまったあの日。それら全てが、一斉にフラッシュバックした。降り頻る雨粒記憶が一つの流れとなり、やがて大きな濁流となって私を打ち据える。

「うぅ、あ……ぁあ…………!」

 思考はもう殆ど回っていない。あるのは身を焼くほどの後悔と自責の念だけ。そんな状態では、荒れ狂う感情の手綱を握る事なんて出来なかった。

 自分の意志とは関係なく漏れる嗚咽と涙。

 あの日、私はどうしたらよかった?

 あの時どうしていれば、何も失わずに済んだのだろう?

「なん、で……どう、して……!」

 そう。あの日と同じだ。

 セレネさん達の世話になる前──旦那ティムと過ごしたあの村でも同じ想いをしたじゃないか。

 あの時の私は──守るべき者が居た。だから逃げ延びる事を選択したんだ。理不尽だと、許せないと泣きながら逃げた。彼と共に戦ってやろうと思ったけど、あの時は彼がそれを許さなかったから。勝ち目なんてないって解ってるのに、男達は誰も逃げようとしなかったのだ。家族を守る為、次の世代を繋ぐためにと──彼等は逝ってしまった。

「ごめ、ん……なさい……ごめん、なさい……! ごめんなさい、ティム……、わたっ、私が……私、が、弱い……っ、から……!」

 ──なにも守れなかった。魔王ナラカと似ていたのは姿だけ。なんの力もない私はただ惨めに負けて、自分一人生き延びてしまった。

 謝る相手は居ない。許されることもない。

 この懺悔に意味はないとわかっていても、止める事ができなかった。子供のように、ただただ声を上げて泣き喚く事しか出来ないのだ。どうしたって変わらない、この現実を受け入れるだけの余裕がないから。


「────紫蘭」

 柔らかな声で名を呼ばれた次の瞬間、私は誰かに抱きしめられていた。

「……いいんだ、紫蘭。今は泣いていい」

「ソフ、ィ……さん……」

 細く、柔らかな腕に抱かれ。諭すような優しい声とともに頭を撫でられた。唐突に与えられた人の温もりは、じんわりと強張った心を溶かすような気さえした。その瞬間に、張り詰めていた何かがプツリと切れたような感じがして────



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