第12話 再会



 村へと戻る道すがら、私達は色々な話をした。しかし良い話よりも悪い話のほうが多かったのは言うまでもない。村は教会と役場の一部を除き、その他は全て焼け落ちてしまった。加えて村長姉妹を残して村人は全て亡くなったとのことであり、埋葬は全て二人で済ませたと言う。


 ──それを彼女は淡々と語ってくれた。


 当事者であった彼女は辛い筈なのに、それを隠すように明るく振る舞っている。けれどその明るさの裏に潜んでいるかげだけは隠しきれていなかった。彼女がそれを自覚した上での振る舞いなのかどうかは解らないが、その姿が痛々しい事に変わりは無い。

 けれど彼女はその姿勢を崩さなかった。村が見えてくるまでずっと、明るい調子で振る舞っていた。


「──紫蘭、そろそろ村に着く。

 状況はさっき話した通りだ、一応準備はしていてくれ……魔物が居ないとは限らないからな」

「わかりました」

 彼女は腰に下げた剣を抜き、腰を少しだけ落としていた。それにならい私もリブラから受け取った剣を抜いておく。

「──……酷い」

 覚悟は出来たつもりだったが、現実を目の当たりにして足を止め言葉を漏らしていた。砕け内装を露出した家屋、そこから見えたのは千切れた手縫いのぬいぐるみ。赤黒く染まった家具の破片の残骸や、ひしゃげたフライパンといったものがそこらかしこに転がっている。当然、そこには魔物の死体も混じっていたが少々違和感を覚える殺され方だった。

「……紫蘭、足を止めるな」

 それらに近づこうとした瞬間、メネが私の肩を軽く叩いて進んでいく。一先ずは彼女に着いていくのが懸命だろう、死体の確認なら後ですれば良い。村には私達と彼女達しか居ないのだ、一晩で死体が消えると言う事もない筈だ。


 役場へと続く通りには更に多くの魔物の死体が転がっており、先程と同様に傷口は霜に覆われている。何故傷口だけが霜に覆われているのか、そこだけが疑問であった。

 死骸から流れる血液は既に黒く固まりつつある。つまりこれらは死んでからそれなりの時間は経っていると言う事、なのに霜は溶けること無く傷口に付着している。この霜は自然現象としての霜では無い、魔術によるものだと言うことは明らかだ。

「けど、これは……?」

 それでも疑問は尽きない。この村で魔術を扱える人は極端に少なく、実戦で使えるほどの技量を持つ者となるとセレネさんだけだ。しかし、彼女一人でこれだけの数の魔物を殺して回ったとは到底思えない。

 それにもし、村長姉妹が遊撃に当たってしまったら避難所の守りはどうする。彼女らに鍛えられた自警団とは言え、彼等だけでこの規模の魔物を押し止めるのは無理だ。魔物の群れが想定外の規模だった場合、自警団は村長姉妹のどちらかを基軸にして動くよう訓練されている。二人が居ないのなら、自警団は三人一組で魔物を一体殺せる程度の実力しかない。

 であれば残る選択肢は一つ、天使様の助力──

 けどそれは、それだけはありえない。天使様の武器であればこんな傷跡にはならない筈。あの武器は膨大な熱量を孕んだ殲滅装置であり、死体に残す傷痕は熱傷なのだから。

「気になるのはわかるが後回しにしてくれ、紫蘭」

「……すみません」

 いつの間にか傍らに立っていた彼女の声が私を思考の海から引き上げる。不服そうな表情の彼女に謝りつつ立ち上がり、再び役場へと向かう。しかし役場周りには魔物の死骸は殆んどなく、そこから避難所への道に向かって魔物の痕跡は増えていた。

「避難所にはもうなにもない、残ったものは全部教会へ移したからな……少し休むか?」

 そう言って彼女は役場前の広場にある噴水へと視線を向ける。所々砕け、明後日の方向へと水を吹き出してはいるが座れそうな場所はあった。あの噴水のヘリや石畳に付着したシミは人と魔物のどちらだろう、泥と血にまみれ片腕を失い腹から綿を露出した小さなぬいぐるみの持ち主はどの魔物に殺られたのか。

「……お気遣いありがとうございます、メネさん。私は大丈夫ですから」

「なら教会へ向かおう、紫蘭。姉さんが待ってる筈だ」


 役場を離れ、村で唯一無事であった教会へと向かう。教会は小高い丘の上に建てられており、そこからは村を一望する事が出来た。

 固く閉ざされた正門を避け、裏口から教会内にある中庭へと入る。そこに争いの痕はなく、噴水からは静かに水が流れていた。何時もと変わらない風景なのにどこか場違いというか、なんとも言い難い違和感を感じてしまう。

「ぅん……ここ、教会……?」

 そんな中庭を抜け礼拝堂へと向かう途中、背で眠っていた娘が目を覚ました。それと同時に淡い光を灯した環状発光帯リング、隣を歩いていたメネが足を止めるのも無理はない。

「おまっ……は?!」

「……メネお姉さん、なにしてるの?」

 瞬きを繰り返し私と娘を交互に見る彼女を見て、娘は不思議そうな声を出していた。

「あー……その、待ってくれ。

 こりゃタチの悪い夢か、そうなのか?」

 片手で額を押さえつつ、此方をみる彼女の顔には強い困惑の色が見える。目前の状況を理解し難い、認めようとしても出来ない、などといったものではなく認めたくないけど認めざるを得ないという感じだ。至極真っ当な反応だと思う。

「メネお姉さん、また二日酔い?」

 彼女の頭を撫でようと娘は手を伸ばすが、あと一寸のところが届かないようだった。彼女は一歩近付いて娘を抱えあげ、そのまま見上げている。

「昨日は飲んでない……ってそうじゃなくて。

 その、君はゆかりちゃんで良いんだよな」

「そうだよ?」

 それ以外の誰に見えるのか、とでも言いたげな表情のまま娘は首をかしげる。彼女は「そうだよなぁ」と気の抜けた言葉と共に娘を降ろし、大きな溜め息と共に私へと視線を向けてきた。

「説明は後でしてもらうからな、紫蘭」

 後頭部を掻きながら一人、先に礼拝堂へと向かう彼女を見つめている娘を抱えあげ追いかけた。


 礼拝堂の扉を開くと、教壇近くの長椅子に座っていた姉のセレネがゆっくりと立ち上がる。彼女は驚嘆した表情を浮かべると、片手で口元を覆いながら立ち尽くしていた。

「……紫蘭ちゃんと、ゆかりちゃん……?

 本当に貴女達なの?」

 未だ信じられないといった表情のまま、彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。

「はい、お二人とも無事なようで良かっ──」

 私が話しきる前に、彼女は腕に抱いた娘ごと私達を抱き締めてきた。そしてそのまま「良かった……良かった……!」と涙混じりの声を漏らしている。

 普段の彼女であれば取らないような行動に驚きを隠せずにいると、傍らで見ていたメネがやんわりとした言葉と共に姉を引き剥がす。

「姉さん……嬉しいのはわかるが離してやれ。紫蘭はともかく、ゆかりちゃんが潰れるぞ」

「ご、ごめんなさい……!

 ゆかりちゃん、大丈夫だっ……え……?」

 慌てて離れ、腕の中の娘の頭を撫でようとした途端に彼女の動きが止まる。彼女もまた、妹と同じような分かりやすい反応を見せてくれた。

「ほ、本当にゆかりちゃんなのよね?」

「そうだよ。ね、おかあさん!」

「そうだね」と元気に答える娘に相槌を返しつつ、手櫛で乱れた髪を調えてやってから娘を地面へと降ろす。その頭上に輝く環状発光帯リングも背中の羽も全て見た彼女は、額に手を当て凭れるようにして手近な長椅子に腰をおろした。

「セレネお姉さんも具合悪いの?」

「大丈夫、少し疲れていただけよ」

 心配そうな顔で駆け寄る娘に、彼女は笑顔で答えて居たが内心穏やかではないのだろう。

「ねぇ紫蘭ちゃん、一体なにがあったの?」

 娘を撫でつつ彼女は率直な疑問を投げ掛けてきた。私はメネさんと娘にも座るよう伝え、事の顛末をわかる範囲で話しを始める。


「──……という事があったんです」

 一通りの出来事を簡潔に伝えたが、二人の反応はあまり良くない。

「謎の図書館と司書の女性ねぇ……」

 そう言って腰かけたまま頭の後ろで両手を組み、天井を見上げるメネ。対してセレネは何かしら思い当たる節があるのか、顎に手を当てて深く考え事をしているようだった。


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