第23話 Rp, Fortitude.


 皆が寝静まった頃、小さなハミングが流れた。その主はベッドに腰かけたエーギルであり、何時になく上機嫌である。彼女の優しく静かなハミングはある種の子守唄を思わせたが、その内にくらい闇のような不気味さを孕んでいた。

「エーギル、その歌は子守唄なの?」

 歌に反応したのはソフィ、皆を起こさないように小さな声で彼女へと問う。

「……さぁ、どうでしょう。これは月の綺麗な夜に、私の育親おやが歌っていたものですから。子守唄とは違うのかもしれません……けれど、私の心によく馴染むのです」

 目を閉じて柔らかな笑みを浮かべたままそう答えると、彼女は静かに立ち上がり窓辺から月を見上げる。そしてゆっくりと、ソフィを手招いていた。誘われるままに傍らへと立ち、促されるまま月を見上げる。そこにあった月は真ん丸の見慣れたものであり、青く柔らかな光に包まれていた。


「──ソフィ様は月の満ち欠けが、人の精神と関わりがあるという話を聞いた事はありますか?」

 暫し二人で月を見上げていると、唐突に質問をされた。知り合ってまだ間もないが、今まで感じていた狂気的な部分はなりを潜めている。

「昔どこかで聞いた記憶はあるよ。

 ……人の性格も時には満月のように丸々としているかと思えば、細い月のように変わる。常に丸く変わらない太陽からすると、形を変えていく月というのは変化する人の性格というのを表しているとね」

 この答えに満足したのか、彼女は軽く忍び笑いを漏らし一息ついてから話を続けた。

「その通り。

 ……そして貴女様のことです。既知の事とは思いますが、夜に輝く月という存在が人間の心の奥底を照らしているという考えもあったのですよ。人格を含め、理性の奥底にあるのはヒトという獣としての性。故に秘めたる獣性こそが人の本質である、との教えを耳にした日もありました。

 ……もし、奥底にあるものを照らすのが月光であるのなら。今宵の私こそが正しく私であるのでしょうね……けれど──」

 憂いと悔恨の入り混じった声はふつりと途切れ、その横顔は何かを期待しているけれどそれを自ら諦めている者のソレであった。何か訴えようとして、言葉を詰まらせ俯いた彼女は暫くそのまま。絹織物のように淡く柔らかな月光に包まれたその姿は、贄として捧げられた少女を思わせる何かを秘めていた。

「……すみません、今の事は忘れてください」

 彼女は顔をゆっくりとあげると、諦観の滲む笑顔ともとれない痛々しい微笑みと共にそう告げる。その顔に狂気の欠片は一片もなく、ソフィは静かに頷きそれ以上踏み込むような事はしなかった。彼女は“そうはいかないよ、話すだけでも楽になるから話してみてよ”などと軽々しく言葉をかけられるような人ではなかったのだ。


「……貴女は、優しいんですね」

 雲一つ無い闇夜に浮かぶ満月を見上げながら、ぽつりとエーギルは言葉を漏らした。

「いや……君の思う程僕は優しくはない、ただ臆病なだけだからね」

 彼女と同じ様に月を見上げながらソフィが答え、それに対して彼女は“そうですか”とだけ返した。それから二人は暫く同じ夜空を見上げ、特に会話をすることなく朝を迎えた。







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