第18話 真島伊織は後悔する
「何だよ氷菓のやつ……」
怒ったのはわかるけど、帰る必要ねえだろ。いつもみたいに罵倒もしねえで……。なんで急に……。
「伊織……ちょっと言い過ぎだったよあれは……」
陽が、寂しそうな顔で俺を見る。
「……氷菓の肩持つのかよ」
わかっている。今回だけを見れば俺の方が100%悪い。わかってはいるが……今までのことを考えればトータルでプラマイ0のはずだ。なんで俺が攻勢に出ただけでこうなるんだよ。
「そういうつもりじゃないけど……私氷菓ちゃんの友達だもん……」
「でも俺たちは幼馴染だろ?」
「尚更だよ……。どっちかと言ったらもちろん私は伊織の味方だけど……。だからこそ……私は伊織に人を傷つけて欲しくない……。私は伊織が人が悲しむようなこと簡単に言う奴じゃないって知ってる……。だから事情はわからないけど……何かのきっかけで言いすぎちゃったんだろうって思うけど……」
「…………」
「伊織が転校して行ってから最近までの伊織のこと全然知らないのが凄い悔しいけど、氷菓ちゃんとの仲がただの幼馴染じゃないってのは見ていればわかるよ。私の知らない氷菓ちゃんと伊織の関係っていうのがあるんだと思う……。だから伊織が、幼馴染じゃないとか、会うのも嫌だったとかどこまで本気で言ったのか分からない。反対に、氷菓ちゃんがどんな罵倒とか態度を伊織にとってきたのか、私に知るすべはないし……まあ前伊織の家に行ったときは氷菓ちゃんの言い方にちょっと私も怒っちゃったけど……」
そう言って少しだけ苦笑いし、陽は話を続ける。
「――でも、口から出た言葉は簡単に消せないよ。嘘でも本当でも。嫌だとかいがみ合ってるとか、幼馴染じゃないとか……あの氷菓ちゃんの様子からしても寝耳に水って感じだったし、少なくとも氷菓ちゃんはそうは思ってなかったんじゃないかな」
「知らねえよ、氷菓の気持ちなんて……俺は……」
俺にあるのは、言ってやったという達成感と、言ってしまったという罪悪感。
氷菓からの罵倒だったり、余計な弄りだったり……こいつうぜーなとか思ったりムカつくことはしょっちゅうだ。
でも、俺は氷菓を嫌いにはなり切れなかった。なってたらそもそも俺はここまで氷菓からの罵倒だったり雑な扱いを我慢したりしてない。
理由は……正直わからん。下手したら理由なんかないのかもしれん。幼馴染だったから? 実際ボッチの俺に構ってくれるのは氷菓だけだったから? 何がきっかけで氷菓が俺を無視するようになったのか分からないから? 実際はたいしてあいつの言う事まともに聞いてないから? こういう距離感だと諦めてるから?
……どれもしっくりこない。まだ俺は、自分の心の中でさえよくわかっていない。
なのに、どうして氷菓の気持ち何かわかるというのか。
だが、実際にムカつくものはムカつく訳で……ここぞとばかりに本音と誇張と嘘が入り混じった言葉を吐いてしまったと、陽に言われるまでもなく実感していた。陽という幼馴染が別にいる、ということをダシにしてまで、俺は氷菓を追い詰めたいと思ってしまった。今がチャンスだと、弱らせるなら今だと、そう思ってしまった。
「伊織が突発的に言ちゃったんだとしても、それが日頃の鬱憤を晴らすとかそう言う意味だったとしても…………それが良いことだとは、私言えないよ……」
「…………」
陽の言うことは、ぐうの音も出ない程正論で。俺自身も理解できる程明解で。
心では陽の言ってることが正しいことだとわかっている。けれど、どこかで認めたくないのも事実だった。
どっちが悪いかなんてわからん。
なんならやっぱり今までのトータルで俺の悪いは相殺されるとすら思ってる。
けど……氷菓が見た事もない表情で、悲しそうに席を立つなんて結末は、俺も求めてはいなかった。
陽の顔はさっきまでの元気ハツラツとは打って変わり、どんよりと曇っている。
「……電話でないね。電源切ってるみたい」
「しょうがねえ……。折角だし二人で続き回ろうぜ。もしかしたらあいつも戻ってくるかもしれねえし」
「そうだね……。行こっか」
◇ ◇ ◇
「い、いいんじゃねえか? この服とか。何か、キラキラしてるしー……」
「どうかな……」
女物のアパレルショップは正直居心地が悪すぎる……。男物でさえ店員の目が怖くて十秒以上滞在できないってのに、ハードルが高すぎるんだよ!
陽の中ではきっと氷菓と二人でワイワイ見て、俺はそれを外からのんびり眺める……みたいな予定だったんだろうな。
しかし、案の定と言うべきか。陽のテンションは氷菓が帰る前とは雲泥の差で、どの服を適当に良いんじゃね? と言ってみても、反応が薄い。
「……次行くか?」
「そうだね。あっちにいい雑貨屋があるんだ。ちょっと気になってて」
「そっち行くか」
洒落た雑貨屋には、皿やコップに始まり、ちょっとした小さな家具や、キッチン用品まで幅広く取りそろえられていた。引っ越してきたばかりの陽にはちょうどいい店だ。
「そう言えば陽ってこっちでどうやって暮らしてるんだ?」
「アパートだよ。一人暮らし」
「まじかよ……羨ましいな」
「だから今物が全然ないんだ。ちょっといろいろ見たくて」
やっぱりな。
一人暮らしとは予想外だったが。すぐに俺と再会したのも寂しさがあったのかもなあ。
しかし、雑貨を見る目はやはりどこか悲し気で……。
「氷菓ちゃんとも来たかったな……」
「……あぁもう、悪かったよ! 俺が悪かったって!!」
「そんなこと――」
「わかってるよ、自分で……はぁ。なんであんなこと言っちまったかな……」
「……氷菓ちゃんって結構物怖じしない性格だよね」
「ん? まあそうかもしれねえけど……」
「私、転校生だからなのか、皆からまだ距離があって……。男の子は話しかけに来てくれるけど、女子は殆ど話してくれなくて」
あ~……これだけ美人だと男は寄ってくるけど、女は嫉妬で近づかないって訳か。
「でも氷菓ちゃんは私と友達になってくれた初めての女の子だから。……まあ殆ど強引にだけどね、えへへ」
「……氷菓も満更じゃない様子だったけどな。あんな素っぽい氷菓はクラスじゃ見れないぜ?」
「素っぽい?」
「あぁ。あいつクラスだとカースト上位勢のリア充と絡んで、いつも楽しそうに話してるぜ。でも、多分ありゃ無理してるな。普段俺に言うような暴言とかも無くて、誰かに強く反対したり意見したりしてるわけでもねえし、ただいつもニコニコしてると言うか――」
……あぁ、そうか。
その時、ハッとする。俺もなんやかんやわかってるじゃないか。
「…………」
「伊織?」
「早くあいつと話した方がいいな、多分」
すると、陽の顔がパーっと明るくなる。
「うん……うん! やっぱり、二人は話し合うべきだよ!! そうと決まれば行こう! 今すぐ!」
「そうだな。行こう」
◇ ◇ ◇
『ピーンポーン』
『ピーンポーン』
チャイムを鳴らすが、誰か出てくる様子はない。
まだ帰っていないのか、居留守なのか……。
「出ないな」
「そうだね……明日出直そうか?」
「だな。ここで粘っててもしょうがねえし」
「……今日はありがとね。途中からああなっちゃって残念だけど……映画は楽しかったよ」
「あぁ。俺もすげー久しぶりに土日に外出たよ。意外と悪くねえな、幼馴染も」
「あはは、良かった。また遊ぼうね。今度は家に遊びに来てよ」
「おう、陽の家――って一人暮らしじゃねえの!?」
「そうだよ? 遊ぶなら丁度いいでしょ?」
「そ、そうだが……」
こいつ、余りにも無防備すぎねえか……?
こんな美人の家にホイホイ人上げてどうするんだよ……悪い男に騙されそうだな……。
「もう少し警戒心もてよな。一人暮らしはあぶねえぞ。人なんてポンポン上げてたら何かあってもしらないぞ」
「誰でもじゃないよ。伊織だから家に入れるの抵抗ないだけだから」
「…………」
「――あと、氷菓ちゃんもね」
「だっ、だよな!?」
あぁ、びっくりした……本当こいつはよくわからん……。
「それじゃあね。明日また氷菓ちゃんと話そう。夜一応もう一回電話かけてみるよ」
「あぁ、頼む。それじゃあな」
そうして陽と別れた。
無人の家の鍵を開け、自分の部屋へと上がる。
シーンと静まり返った家。置手紙には、瑠香は夕食の買い出しに行くと書いてある。
「…………」
氷菓……くっそ、何で俺があいつの為にこんなモンモンとしなきゃいけねえんだ。
「……はあ。当然か。あれは俺が悪かった」
――だめだ。
明日になったら、きっと俺はまた氷菓との距離が戻る気がした。
せっかく陽との出会いがきっかけで、また氷菓との距離が縮まった気がしたのに。明日の俺はきっと、そんな気持ちなんか忘れてまたどうでも良くなるんだ。俺はそういう男だ。
明日やればいいやって思ったことを、翌日出来たためしがない。
部屋の窓から隣を見ると、カーテンが閉まっていた。
この時間からカーテンが閉まっている……つまり、部屋に
「…………今しかねえよな。踏み出すなら」
俺は鍵を開け、そっと窓を開いた。
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